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神奈川県特集(2024年7月)
神奈川産業人クラブ特別講演会 激動の世界 未来に備え
日本を取り巻く戦略環境とこれからの安全保障
拓殖大学特任教授(元陸上自衛隊西部方面総監) 番匠 幸一郎 氏
神奈川産業人クラブ(中村幹夫会長=大和ケミカル会長、厚木商工会議所会頭)は6月6日、横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ(横浜市西区)で2024年度の特別講演会を開いた。元陸上自衛隊西部方面総監で拓殖大学特任教授の番匠幸一郎氏が「日本を取り巻く戦略環境とこれからの安全保障」をテーマに講演。戦争や紛争などで緊張の高まる現在の国際情勢を解説した上で、日本の安保の方向性を示した。
世界の安保の焦点がアジアに
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拓殖大学特任教授(元陸上自衛隊西部方面総監) 番匠 幸一郎 氏
私は元自衛官で、1976年(昭51)に横須賀の防衛大学校に入校しました。学生時代は休日に横須賀から横浜によく来たものです。本日は横浜で講演でき、なんとも幸せな気持ちです。お招きいただきありがとうございます。本日は、最近の戦略環境とこれからの日本の安全保障に関して、一個人の考えを述べたいと思います。
まず、我々は今どのような地点にいるのか。時間的、地政学的な現在地を確認します。
今年は2024年ですが、100年前の1924年は第1次世界大戦の直後であり、感染症(スペイン風邪)が流行し、前年には関東大震災がありました。戦争と感染症と災害。100年の時を経て、現在もウクライナ戦争や中東危機、台湾海峡危機、またコロナ禍、そして今年元旦の能登半島地震など、戦争と感染症と災害が相次いで発生し、100年前と同じようなことが起きているのです。
ただ、100年前を繰り返してはならないことがあります。それは世界戦争です。第1次世界大戦の反省で国際連盟が設立されましたが、結局これは機能せず、20年後の第2次世界大戦の発生を防止できませんでした。現在の世界情勢も不安定ですが、第3次世界大戦だけは決して起こしてはいけません。
次に地政学的な現在地を確認します。地球儀の角度を変えて見ると、日本はロシア、北朝鮮、中国と向き合う位置にいることがよくわかります。この3カ国はいずれも専制主義国家で、自国に都合の良いように現状変更を企図していますので、我々はこの3正面を常に緊張感をもって注意する必要があります。
世界の安保の焦点は今、アジア、そしてインド太平洋地域に移ってきたと言われています。東西冷戦時の欧州の軍事的緊張、中東でのテロとの戦いを経て、中国が経済発展を背景に急激に軍事力を強化して活動を活発化させていることから、米国はアジアでの安保に注力するようになりました。世界の安保の関心がアジアに向かうことは、日本としては歓迎すべきことです。そのような中、ロシアによるウクライナ侵攻と中東危機が起きたのです。
激しい戦闘続く ウクライナ・中東
ロシアのウクライナ侵攻開始から2年4カ月がたちましたが、連日激しい戦闘が続いています。6月5日時点で、ウクライナ発表によるロシア兵の死者は51万人以上。この数値の正確性には諸説ありますが、半分と見積もっても25万人以上です。ロシア軍は非常に大きな損害を出しつつも、とにかく攻勢を緩めず、ウクライナ軍は必死の防戦をしています。ウクライナ側の死者は2月時点で約3万1000人と言われ、ウクライナの人口4000万人からすると非常に大きな損害です。
中東情勢も不安定です。2023年10月にガザ地区を統治する武装勢力のハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛け、多くのイスラエル国民が犠牲になり、人質となりました。イスラエルのネタニヤフ首相はハマス殲滅を掲げて戦闘を続けています。これに連動してイエメンの武装勢力フーシ派による攻撃で紅海南側のバブ・エル・マンデブ海峡やアデン湾周辺で緊張が高まるほか、イスラエルとイランの対立も深まっています。
罪のない多くのイスラエル人が犠牲となったハマスの攻撃は許されませんが、情報力も技術力も高いとされてきたイスラエルが奇襲を受けたことも、多くの教訓を示しているように思います。また、ハマスを支援する勢力の存在に注意する必要もあります。
世界の安保の関心がアジア・インド太平洋に移りつつある今、ウクライナや中東で問題が起きていますが、実はこれらは連動していると見るべきです。例えば、中東で問題が起これば、米国の関心はイスラエルに向かいます。そうすると、ウクライナ支援や、アジアでの安保に集中できない状況が生起し、ロシアや中国にとっては圧迫が軽減されることになります。
軍事力を強化する中国
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神奈川産業人クラブは横浜で番匠幸一郎氏を講師に招いて特別講演会を開いた
次に日本を取り巻く情勢を見ていきます。
中国では習近平政権が昨年から3期目に入りました。毛沢東が国をつくり、鄧小平が国を豊かにしたとすれば、習近平は国を強くすることをスローガンに掲げています。
中国には「アニバーサリー・イヤー」とも言うべき記念の年が今後控えています。一つは人民解放軍創設100年の2027年、もう一つが中国建国100年の2049年です。今世紀中頃にかけ、中国は「偉大なる中華民族の復興」や「中国の夢」の実現に向けて国力充実を加速し、軍事力も強化しています。周辺海域では、東シナ海、南シナ海はもとより、太平洋、インド洋、そして北極海まで軍事力を展開しようとしています。尖閣諸島、台湾周辺海空域、インドなど周辺国に対する挑発的な行為も目立ちます。
北朝鮮に対する危機感も高まっています。各種のミサイル発射を繰り返す北朝鮮ですが、最近はミサイル搭載の潜水艦なども開発しているようです。最大の問題はミサイルに搭載する核兵器開発であり、中国やロシアと接近していることも非常に気になります。
日本の同盟国である米国では、バイデン政権が「中国は米国のあらゆる分野に挑戦しうる唯一の競争相手」として国家安保戦略を発表しています。政府も議会も産業界も、中国の存在が最大の懸念であり脅威であることを共有しています。今後の国際安保環境の基調は米中対立になり、これが急に緩和するとは考えにくい状況です。
そこで、日米韓の連携強化や、日米豪印による4カ国「クアッド(QUAD)」などの枠組みも今後は重要性が増すでしょう。
平和・安全はつくるもの
最後に、日本の安保はどうあるべきかの考えを述べます。
日本の陸地面積は世界で61位ですが、排他的経済水域を含めた面積は世界6位です。その日本が、中国やロシア、北朝鮮と非常に近接していることも認識する必要があります。
22年末に「国家安全保障戦略」など日本の安保関連3文書が策定されました。その中で、日本に対するミサイル攻撃などが行われた場合、相手の領域内で反撃を加えることを可能とする「反撃能力」の保有が明記され、2023年度から5年間の防衛費は総額43兆円に増額されるなど、日本の安全保障政策も大きく転換されつつあります。
ロシアのウクライナ侵攻から学ぶべき教訓は、抑止力の重要性です。抑止に失敗すると国民の命は失われ、町も破壊されます。一方で、ウクライナからは、リーダーと国民、そして軍隊が、三位一体となって正義のために自国を必死に守るために努力している姿も学ぶべきだと思います。
最近「経済安全保障」という言葉が良く聞かれるようになりました。今や安保と経済は別物ではなく、安保・軍事と経済が緊密に関連する時代です。安保や軍事を他人事に考えてはいけません。平和や安全は与えられるものではなく、努力して作るものです。この意識を日本人が持つことが今後は重要になると考えます。本日はありがとうございました。