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地球環境特集
〔4面〕 ネイチャーポジティブ実現に向けたわが国の取り組み
【執筆】 環境省 自然環境局 自然環境計画課 課長 西村 学(にしむら・まなぶ)
東北地方環境事務所、那覇自然環境事務所などの現地勤務、復興庁および奈良県庁への出向、環境省環境影響評価課、国立公園課などを経て、2025年7月から現職。
生物多様性の損失が世界規模で深刻化する中、世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に位置付けられた「ネイチャーポジティブ」という概念が、国内外で急速に広がりを見せている。これは自然を回復軌道に乗せるために、生物多様性の損失を止め、反転させるというもの。ネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みについて、「自然共生サイト」を中心に紹介する。
深刻化する生物多様性の損失
私たちの暮らしは多様な生き物が関わり合う生態系から得られる、食料や水、気候の安定などの自然の恵みによって支えられている。しかし「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES)」の2019年の地球規模評価報告書によると、世界の陸地の75%は著しく改変され、調査されているほぼ全ての動植物の約25%の種は絶滅が危惧されている。過去50年の間、人類史上かつてない速度で自然が変化していることが指摘されている。
また21年に公表された「生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2021(JBO3)」では、わが国の生物多様性の損失速度は過去50年間で緩和されてきたものの、損失を回復するには至っていないと評価された。
こうした状況を受け、22年12月、生物多様性保全の新たな世界目標である昆明・モントリオール生物多様性枠組が採択された。ここでは“自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止めて反転させること”いわゆる“ネイチャーポジティブ”を、30年までのミッションとして掲げた。わが国では23年3月に「生物多様性国家戦略2023—2030」を閣議決定し、「2030年ネイチャーポジティブ」の実現に向けた40の目標を設定した(図1)。
40の目標の中でも注目されるのが、30年までに陸域・海域の30%以上を効果的に保全する「30by30目標」である。25年8月時点では、陸域21・0%、海域13・3%が保全されている。
この30by30目標を達成するには、国立公園などの保護地域に加え、人の生活空間に近い自然も含めて国土全体で保全を進めることが不可欠だ。例えば、環境省が全国1000カ所で多様な生態系を長期継続調査する「モニタリングサイト1000」の近年の調査では、農地・草原などの開けた環境を好むスズメ、ヒバリなどの減少が確認されている(図2)。こうした身近な自然環境の保全に中心的な役割を果たすのが「自然共生サイト」である。
自然共生サイト 民間の取り組みを後押し
自然共生サイトは里地里山、企業林、市街地の緑地など、民間の取り組みにより生物多様性が保たれている区域を環境大臣が認定する制度で、23年度に開始した。企業、自治体、民間非営利団体(NPO)などの多様な主体が参画し、従来の保護地域では十分にカバーできなかった身近な自然を取り込み、生物多様性保全の裾野を広げている点が特徴だ。
25年4月からは「地域生物多様性増進法」に基づく認定制度に移行し、25年12月時点で485カ所が認定されている。従来の「生物多様性の価値を有する場所の維持」に加え、管理放棄地などで生態系を「回復・創出」する取り組みも対象に含まれ、自然共生サイトはネイチャーポジティブ実現に向けた機能の強化が図られた。
自然共生サイトでの取り組み内容は、里山や人工林での下刈りや間伐、モニタリング、シカによる食害防止、外来種対策、環境学習の実施など、地域特性に応じてさまざまだ。申請主体の約半数を企業が占め、自治体やNPOなど多様な主体が参画している点も重要である(図3)。
環境省では認定やその後の活動を後押しするため、交付金による支援のほか、自然共生サイトの認定者以外の者が活動を支援した際に、その支援内容を証明する「支援証明書」制度や、自然共生サイト管理者と支援を希望する者をつなぐマッチングなど、さまざまな支援策を実施している。
25年10月に公表された「生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2028(JBO4)に向けた中間提言」では、特に二次草原や里地里山といった、人の手が入ることで維持される生態系の衰退が指摘され、多様な主体による保全・再生・創出の重要性が改めて強調された。
自然共生サイトを含め、30by30目標の達成に向けて取り組む企業や地方公共団体などの有志連合「生物多様性のための30by30アライアンス」には、26年2月6日時点で1196者が参加しており、多様な主体による取り組みの加速化がますます期待される。
自然共生サイトは衰退しつつある生態系を回復するためのカギとなる取り組みであり、今後もさまざまな主体の協力を得ながら、ネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みを進めていきたい。
【メッセージ】 人とクマが共存できる未来に向けて/北海道大学大学院 獣医学研究院 教授 坪田 敏男 氏
昨今、ニュースをにぎわせているクマ被害。人とクマがうまく共存するために、我々にできることは何か。北海道大学大学院獣医学研究院の坪田敏男教授にメッセージをもらった。
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2025年はかつてないほどクマ問題が顕在化し、社会の関心を集めた年となりました。年が明けた今でも、本州、特に東北地方ではクマの出没が続いている状況です。人里への出没の主因は、冬眠前時期のドングリ(ブナ科堅果類)の実なりの悪さでしたが、それ以外にもいくつかの要因が関係したと言えます。
中でも、人を見ても恐れず、人の存在を気にしないクマが増えています。いわゆる“人馴(な)れ”が進んでいるのかもしれません。背景には、ハンターの数が減り高齢化していることに加えて、中山間地から人が撤退し、そこにクマが侵入していることが挙げられます。山の中でハンターに追われなくなったことに加え、かつて人の活動がみられた中山間地から人がいなくなったことで、クマが人の存在を意識する機会が減ったことが人馴れを助長していると考えられます。
人の存在を気にしなくなったクマが、山で食物が足りなくなると、人里まで簡単に出てくることができます。山の中のクマが人里に“だだ漏れ”している状況と言っていいかもしれません。
さらに北海道のヒグマも、本州のツキノワグマも、全体的に生息数が増加し、分布域が拡大傾向にあることも大いに関係しています。これらの要因が複合的に絡んで人里への出没傾向が進んでいる中で、25年はドングリが凶作だったことでクマの出没が顕著に増大したと考えられます。
では、このような問題に対して、我々一人ひとりは何をすればよいのでしょうか。まずはクマの生態や、被害に遭わないための知識を持つことが大事です。私が所属しているヒグマの会や、日本クマネットワークでは市民向けの情報を発信していますので、ぜひご覧ください。
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【プロフィール】 つぼた・としお 北大院獣医学研究科博士課程を修了。獣医学博士。岐阜大農学部獣医学科教授を経て、2007年4月より現職。専門は野生動物医学。特にクマ類の繁殖と生態に関する研究は40年来の仕事。
