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地球環境
4月29、30日にイタリア・トリノで主要7カ国(G7)の気候・エネルギー・環境大臣会合が開催された。地球は気候変動、生物多様性の損失、汚染という三つの世界的危機に直面していることを明らかにした。これを踏まえ、初めて石炭火力発電の段階的廃止のための年限明記や、パリ協定が定める透明性報告書の提出目標が採択された。世界の再生可能エネルギーによる発電量3倍を目指すため蓄電システムやスマートグリッドなどの導入拡大を確認した。そうした中、日本ではPPA(電力販売契約)方式をはじめとした再生エネの普及拡大や、水素のサプライチェーン(供給網)確立に向けた取り組みが加速している。また、教育機関でのカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けた研究や環境への取り組みも進んでいる。地域で環境・社会・経済の課題を解決する〝ローカルSDGs〟も広がりつつあり、各自が持続可能な社会を実現するために挑戦を続けている。
水素利活用、実証進む
【執筆者】新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 水素・アンモニア部 大規模水素利用ユニット長兼水素SCチーム長 坂 秀憲
【略歴】2006年4月NEDO入構。企画部門でNEDO全体の研究開発マネジメントシステムの高度化に従事するとともに、スマートコミュニティー関連技術開発、リサイクル関連技術開発・実証、エネルギー・環境技術の海外実証などに従事。22年7月燃料電池・水素室長、24年7月より現職。
NEDO、経産省と一体
日本は早くから水素利活用を重要な国家戦略と位置付け、2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現に向けた明確な目標を設定し、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を中心としてさまざまな技術開発を実施してきた。近年の水素関連政策を振り返るとともに、NEDOの水素関連プロジェクトの取り組みと方向性を紹介する。
水電解装置の大規模化加速
日本の水素関連政策は、世界で初めての水素推進に向けた国家戦略となる水素基本戦略(17年12月)が取りまとめられたことを皮切りに大きく躍進した。その後、20年10月の50年カーボンニュートラル宣言に合わせて「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定された。総額2兆円のグリーンイノベーション基金が造成され、水素社会構築に向けた技術開発がさらに加速した。
その後、23年6月に社会情勢の変化を踏まえて水素基本戦略が改定された。S+3E(エスプラススリーイー)の考え方の下、エネルギー安全保障(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)の3E達成のための水素製造から利活用に至る取り組みに加えて、産業競争力強化のための水素産業戦略、S(安全性、Safety)に対応するための水素保安戦略が一体となった戦略が示されている。
また、24年5月には水素社会推進法案が通常国会において成立し、低炭素水素などの供給・利用を早期に促進するための価格差支援、拠点整備支援などが今後取り組まれていくことになる。
海外に目を向けると、23年までに世界では41カ国が国家の水素戦略を策定しており、これらの国で世界のエネルギー起源CO2排出量の約80%をカバーしていることになる。先進国に限らず多くの国々で水素利活用に向けた取り組みが加速している。このような政策的な後押しや国際的な盛り上がりの中で、NEDOは経済産業省と一体となった研究開発・実証を継続してきた。
福島で地産地消プロセス
水素のサプライチェーン(供給網)は、製造、輸送・貯蔵、利用に大別される。
「製造」では、国内の再生可能エネルギーを最大限活用した水素製造技術実証に取り組んでいる。福島県浪江町では10メガワットのアルカリ水電解装置を備えたシステムを、甲府市では炭化水素膜による固体高分子(PEM)型水電解装置(合計1・5メガワット)のシステムを導入。異なる方式でのコスト低減、効率・耐久性の向上、効率的な運用技術の確立などの技術開発を進めている。
さらに水電解装置の大型化に向けて、アルカリ水電解では、旭化成が川崎製造所でパイロット試験設備の運用を5月から開始した。また、PEM型水電解装置では、山梨県企業局が中心となるコンソーシアムがサントリーホールディングスの南アルプス白州工場(山梨県北杜市)に16メガワットの装置を導入し、工場の熱需要に向けてグリーン水素を提供する実証を行う予定である。
「輸送・貯蔵」では、将来予想される大量の水素需要に対して安定的に低炭素の水素を供給するための国際水素サプライチェーン構築が必要となり、水素キャリアが注目されている。NEDOは液化水素およびMCH(メチルシクロヘキサン)による貯蔵・輸送技術の開発を進めており、将来の商用化への基盤技術の確立にめどを付け、サプライチェーン大規模化・商用化に向けて取り組んでいる。一方、国内のサプライチェーンに関して、NEDOは23年度、国内水素パイプライン構築に向けたグランドデザイン検討調査を実施し、課題を整理した。
「利用」では、自動車向けの燃料電池システム開発をはじめ、その他の適用先として港湾荷役機械、航空機、船舶、建機、農機など、さまざまな研究開発を実施しており、そのアプリケーションの多様化が加速している。
また水素発電に関しては、要素技術開発や実フィールドでの試験に取り組む。1メガワット級のコージェネレーション(熱電併給)システムによる水素燃料100%のガスタービン発電実証や大規模発電事業向けの燃焼器の技術開発など、社会実装に向けた技術開発のめどを付けつつある。
さらに近年注目すべきは、電化では脱炭素化できない産業分野での水素利活用である。住友ゴム工業の白河工場(福島県白河市)では、タイヤの製造工程に使われる高温・高圧の蒸気を水素ボイラで発生させ活用することで、製造工程の脱炭素化に取り組んでいる。
またデンソー福島(福島県田村市)では、再エネ電力を用いる水電解装置から得られる水素をラジエーター製造工程で使用するアフターバーナー炉で利用するもので、敷地内で水素を「つくる」「つかう」という一連の地産地消プロセスを実証している。この水素利活用のモデルが福島から全国、さらには世界に広がっていくことを期待したい。
研究拠点から情報発信
最後に、情報発信と人材育成について言及する。NEDOはこれまで水素の社会受容性向上に向けて積極的な情報発信を行ってきた。例えば、福島県浪江町の福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)では、年間約360件(海外約40件)視察を受け入れ、水素社会構築に向けた普及・啓発活動の拠点となっている。
一方、中高生向けの教育プログラムの提供、人気YouTuberとのコラボ動画発信、水素に関するホームページ(https://h2.nedo.go.jp/)運営など、若者や一般層をターゲットとした情報発信も強化してきた。
また燃料電池分野に関しては、最前線の全体像の理解と人的交流を目的に23年11月から人材育成講座(NEDO特別講座)を実施している。これまでに計12回開催、学生も含め延べ約4300人の参加を得るなど、将来を見据えた人材育成に取り組んでいる。
これからも持続可能な社会の実現に向けて、日本の水素関連政策はNEDOが支えるという気概を持って業務を遂行するとともに、研究開発成果を一日も早く社会実装させるべく尽力していきたい。