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地球環境
4月29、30日にイタリア・トリノで主要7カ国(G7)の気候・エネルギー・環境大臣会合が開催された。地球は気候変動、生物多様性の損失、汚染という三つの世界的危機に直面していることを明らかにした。これを踏まえ、初めて石炭火力発電の段階的廃止のための年限明記や、パリ協定が定める透明性報告書の提出目標が採択された。世界の再生可能エネルギーによる発電量3倍を目指すため蓄電システムやスマートグリッドなどの導入拡大を確認した。そうした中、日本ではPPA(電力販売契約)方式をはじめとした再生エネの普及拡大や、水素のサプライチェーン(供給網)確立に向けた取り組みが加速している。また、教育機関でのカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けた研究や環境への取り組みも進んでいる。地域で環境・社会・経済の課題を解決する〝ローカルSDGs〟も広がりつつあり、各自が持続可能な社会を実現するために挑戦を続けている。
地球沸騰化の時代が到来
気候変動には緩和策と適応策の二つの対策がある。近年、気候変動による災害の発生、悪影響が顕在化しており、適応策を講じる必要性が高まっている。ここでは、日本や世界での気候変動適応を展望する。
適応・緩和策不可欠に
【執筆】茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC)副機構長・教授/茨城県地域気候変動適応センター副センター長 田村 誠
【略歴】東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科、茨城大学地球変動適応科学研究機関、日越大学などなどを経て現職。気候変動影響予測、適応・緩和対策評価などの総合気候変動科学を研究。
気候変動2つの対策
2023年は世界全体でも日本でも平均気温が観測史上最高を記録され、歴史的に暑い1年となった。世界気象機関(WMO)によると、23年の世界平均気温は1850-1900年に比べ約1・45度C高くなった。日本でも23年の平均気温は基準値から約1・29度C高く、1898年の統計開始以来の最高記録であったと気象庁が発表した。
そして、世界各地で気候変動に起因する気象災害や悪影響が見られた。23年7月には国連のグテーレス事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」とその危機感をあらわにした。
気候変動には緩和策と適応策の二つの対策がある。緩和策は省エネルギーや代替エネルギーの開発と利用、森林保護、植林などで温室効果ガス(GHG)を削減し、気候変動の抑制を図る方法である。最近では脱炭素やカーボンニュートラル(GHG排出量実質ゼロ)といった用語で説明されることも多い。
一方、気候変動を前提にその曝露(ばくろ)や脆弱(ぜいじゃく)性を下げることでリスクや悪影響を軽減するのが適応策である。沿岸での堤防設置、防災、農業での栽培植物の変更、品種改良など気候変動の存在を前提に社会システムを調整する方法である。
緩和策は世界全体に広く効果をもたらすが、効果を発揮するまでには時間がかかる。たとえ今から最も厳しい緩和策を講じたとしても、既に大気中に蓄積したGHGで今後数十年間は気候変動の悪影響の全てを回避することは困難である。
それゆえ、極端現象などの局所的あるいは短期的な激しい悪影響、農業や水資源、生態系への影響、途上国をはじめとする特に脆弱な地域への対応など、緩和策のみならずさまざまなレベルでの適応策が不可欠となる。
地域・分野ごとに影響把握
日本においても農業、災害、健康などの多くの分野で気候変動影響が顕在化している。18年12月には「気候変動適応法」が施行され、気候変動適応政策は大きな転換点を迎えた。それまでは1998年施行の「地球温暖化対策推進法」が主に緩和策の法的根拠となっていたが、気候変動適応法によって適応策も法的裏付けを持ったことになる。
23年に気候変動適応法は改正され、熱中症警戒情報および熱中症特別警戒情報、指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)などとりわけ熱中症対策が強化されている。近年では、「気候変動関連情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に基づき、財務報告などで事業活動における気候リスクを開示する企業が増加している。
地域での適応を強化するために、気候変動適応法では国立環境研究所に設置された全国の気候変動適応センターと気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)を中心にして都道府県や市町村に地域気候変動適応センターを設置し、各自治体でも地域気候変動適応計画を策定することが努力目標とされた。同法の施行を受けて19年4月から筆者の所属する茨城大学でも茨城県地域気候変動適応センター(iLCCAC)を設置し、全国で5番目、大学としては初となる地域気候変動適応センターの機能を担うことになった。
気候変動のリスクは地域ごとのハザード、曝露、脆弱性に大きく依存するので、地域ごと、分野ごとのきめ細かい影響の把握と適応策の実践が必要となる。地域気候変動適応センターは、県、市町村、そして地域のコミュニティーの適応を支援する役割を担うものである。これまでiLCCACでは茨城県の水稲や水害への影響とそれらの適応策を冊子にまとめるなどして地域の適応を支援してきた。農業分野では、茨城県内での水稲の収量、白未熟粒発生などの影響予測を行い、適応策を提案してきた。また茨城県でも15年9月の関東・東北豪雨、19年10月の台風19号豪雨災害などの大きな被害を受けてきた。
そこで災害分野では県内の水害の影響予測や適応策を提案し、小中学校では災害対応ゲーム教材「クロスロード」や防災行動計画「マイタイムライン」を活用した防災教室なども実施してきた。
既存対策の再点検急務
実は、地域には「隠れた適応策」が既に実践されていることがある。日々の天候によって細かい工夫を重ねる農業は適応の知恵や事例の宝庫である。ハザードマップ作り、避難訓練、防災教育といった地域主体の防災も、気候変動適応につながっている。
ただし、従来であれば十分とみなされていた対策が気候変動影響で見直しを迫られることも少なくない。将来の気候変動を加味した場合に、作物栽培、堤防の設計基準などの既存の対策や政策が今後も適切であるかどうか再点検していかねばならない。その際には、気候変動影響予測をより高い技術と精度で実施することも欠かせない。
気象と気候の変化を日頃から実感あるいは観測して適応策を講じる主体は、地域の地場産業、住民らの地域の人々である。将来的な気候変動影響を考慮した上で既存対策の何を変え、何を守るべきかが問われている。