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地球環境
4月29、30日にイタリア・トリノで主要7カ国(G7)の気候・エネルギー・環境大臣会合が開催された。地球は気候変動、生物多様性の損失、汚染という三つの世界的危機に直面していることを明らかにした。これを踏まえ、初めて石炭火力発電の段階的廃止のための年限明記や、パリ協定が定める透明性報告書の提出目標が採択された。世界の再生可能エネルギーによる発電量3倍を目指すため蓄電システムやスマートグリッドなどの導入拡大を確認した。そうした中、日本ではPPA(電力販売契約)方式をはじめとした再生エネの普及拡大や、水素のサプライチェーン(供給網)確立に向けた取り組みが加速している。また、教育機関でのカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けた研究や環境への取り組みも進んでいる。地域で環境・社会・経済の課題を解決する〝ローカルSDGs〟も広がりつつあり、各自が持続可能な社会を実現するために挑戦を続けている。
森林から産業創出
【執筆】静岡大学 グローバル共創科学部 准教授 青木 憲治
【略歴】東大院工学系研究科化学システム工学博士課程修了、博士(工学)。2001年に日本化薬入社(化薬アクゾ出向)。12年、東京理科大院総合科学技術経営研究科技術経営専攻(MOT)修了。17年10月静岡大農学部ふじのくにCNF寄附講座特任教授。23年4月から現職。専門は安全工学、火薬学、高分子化学、複合材料科学。
セルロース/樹脂複合材料開発
脱炭素社会の実現にはエネルギー、材料、システムなどさまざまな分野でイノベーティブな技術開発が必須である。材料分野では草や木の主成分であるセルロースとプラスチックとを混ぜ合わせた「セルロース/樹脂複合材料」の社会実装に向けた開発が活発に行われている。
木を循環、コンビナート形成
草や木は地球上に豊富に存在し、光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸収、酸素(O2)を排出する。吸収した炭素(C)は葉を茂らせたり、幹を太くしたりするために使われる(炭素固定)。よって、燃やしても光合成で固定した炭素がCO2として排出されるため、大気中のCO2濃度を上昇させないカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)な材料である。
セルロースは細い繊維が束になった構造であり、近年、これを最小構成単位の3-5ナノメートルまで解繊する技術が確立され、これをセルロースナノファイバー(CNF)と呼ぶ。髪の毛を1万本くらいに割いた時の太さである。CNFは軽量、高強度、低熱線膨張率、網目状構造形成などさまざまな特徴を持っており、これを樹脂に付与することで新たな複合材料としての期待が高まっている。
新素材のCNFを含めセルロースが自動車や家電製品の材料として使えれば、プラスチックの削減につながり、ひいては石油、石炭などの化石燃料の消費を抑えられる。「木を切って、余すことなく使い、植える」このサイクルを実現することで、森が化石燃料に代わる資源となり、脱化石燃料のシンボリックな「森林コンビナート」が形成されると思っている。この理想が実現するか否かはセルロースを活用した材料が社会実装され、新たな産業を興せるかにかかっている。
しかし、セルロースを自動車や家電製品に使えるようにするためには、乗り越えなければならない技術課題も多い。そもそもセルロースは親水性であり、汎用プラスチックであるポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)は石油を原料としている。いわば「水と油」の関係で、均一に混ぜることが難しく、セルロースと樹脂の界面接着性が悪いため機械的強度が劣る。
このような非相溶系複合材料の場合、「相溶化剤」と呼ばれる界面接着性向上剤が添加される。青木研究室では相溶化剤の合成手法をバックグラウンド技術とし、ナノからマイクロといったサイズの異なるセルロースに適した相溶化剤を設計することにより、この課題の解決を目指している。ナノについてはCNFが均一分散することにより得られる「網目状構造」を利用し、「寸法安定性向上」や「溶融張力制御」など樹脂添加剤としての実用性について検討している。
社会実装に向け企業と連携
東洋レヂン(静岡県富士市)と共同でPP製3次元(3D)プリンターフィラメントの開発に取り組んだ。PPは結晶性高分子であるため、冷却時の熱収縮によるヒケ、反りが起きるため造形できなかったが、CNFを均一分散させ、網目状構造を形成させることでこの現象を抑えることができた。また熱変形しないフィルム、リサイクル可能な非架橋PE発泡体など社会実装に向けた取り組みを進めている。
マイクロサイズ太さのミクロフィブリル化セルロース(MFC)を用いた検討では、TENTOK(静岡県富士市)とガラス繊維代替を目的とした高弾性率かつ高い耐衝撃強度のバランスを持つMFC/PP複合材料の開発を行っており、ガラス繊維10質量%のガラス繊維強化(GFR)PP相当以上の曲げ弾性率/シャルピー衝撃強度のバランスを達成している。
プラ依存に疑問を/草木を車材料に 児童が体験
一方、セルロースを活用したセルロース/樹脂複合材料はCO2削減に貢献できる材料であることをより多くの人に知ってもらうための活動も行っている。その一つが、「Cotton Flower Pot」プロジェクトである。これまで当たり前に使われてきたプラスチック製品が「100%プラスチックである必要があるか?」と疑問を持つこと、また、草や木が自動車の材料になり得ることを体験してもらうものである。
このプロジェクトは富士市の協力で行うもので、綿花とPPの複合材料で作製した植木鉢を提供して児童に綿花を育ててもらい、収穫した綿花は使用後の植木鉢のリサイクルに使用するという循環モデルの体験型実証である。今年度、掛川市立倉真(くらみ)小学校(全校児童60人)でプロジェクトを開始した。
これまで私たちは安くて、軽くて、便利なプラスチック=化石資源に依存してきた。あらためて「本当にプラスチック100%で作る必要がある製品か?」という視点で見渡すと、その必要性がないものがたくさんあることに気が付く。プラスチックを完全に使わないことは現実的には考えにくいが、近い将来、さまざまなプラスチックがバイオエタノールから作られる時代も来るだろう。
50年にはバイオプラスチックとセルロースの複合材料が当たり前に使われていると思う。森林が新たな資源となり、セルロースを活用した新産業が創出され、「森林コンビナート」という理想系を達成するためには多くの専門分野の人たちとの共創が必要である。筆者の研究は材料作りをしているだけではなく、未来を創っていると自負しながら突き進む決意である。
植物由来素材を工業利用/静岡・富士市で産学官プロ推進
静岡大学と連携する静岡県富士市は富士山からの豊富な地下水を利用して、古くから紙のまちとして発展し、田子の浦港の築造や東名高速道路の開通などを契機に、輸送機械や化学工業、薬品などの進出によるモノづくりのまちとして発展してきた。基幹産業である製紙産業は、人口減少に伴う経済規模の縮小やペーパーレス化の影響による需要減少などに直面している。製紙産業の強みである木質バイオマスを生かした新たな事業展開や産業構造転換が求められるとともに、再生産可能な森林資源の有効活用による脱炭素・カーボンニュートラルの実現に向けた一翼を担う産業となっている。
このような中、富士市では製紙産業の持つ技術とノウハウ、CNFやセルロース素材の活用が期待されるユーザー産業の立地、静岡大や静岡県の研究機関などの支援を背景に、CNFをはじめ、植物由来の素材を工業的に利用する取り組みを推進している。これを社会実装し、新たな産業創出を実現するための産学金官の連携・ネットワーク構築の場として「富士市CNFプラットフォーム」を組織している。プラットフォームは200を超える国内の事業者らが会員となっており、静岡大と複数の企業との連携による実用化に向けたプロジェクトなども進められている。
富士市はCNFやセルロース素材の活用による地球環境問題の解決と、用途開発・工業的利用による技術革新や事業構造転換、新産業の創出といった環境と経済を両立することで、新しい価値を生み出し、持続的な発展を遂げるモノづくりの街を目指す。