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第55回機械工業デザイン賞 IDEA
専門審査委員 講評
マシン生態学/人—物—環境・相互作用の確認
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機械工業デザイン賞IDEA/専門審査委員代表 東京藝術大学名誉教授 尾登 誠一
機械工業デザイン賞IDEA 専門審査委員代表
東京藝術大学名誉教授 尾登 誠一
デザインは人—物—環境という関係性の上に開発の近未来を描くことにこだわる。いうまでもなく、この概念を基底とした本賞の現物審査は「企画力・社会性」「機能・性能・品質」「操作性・安全性・保守性・経済性」「造形・造系処理」「総合評価」をよりどころとし、企業理念を背負う製品の臨場感ある評価場といえる。毎回、コアコンピタンスにより開発された製品は、それぞれが創意工夫をもって気概を錬磨修練し、最適解のカタチ化をもって語りかける「企業生命」として映る。おのずとその評価は、厳粛性を孕(はら)み、緊張感のある五感総動員で見据える製品への真摯(しんし)なる返答を義務づける。
ちなみに今回は、自動車EV化によるギガキャストや半導体製造装置、多品種・少量生産へのシフトチェンジなどが気を引き、ダイナミックな社会状況変化の中で触発されたモノゴトづくりへの挑戦、すなわちハードとソフトのバランス解の提示であった。その具体を要約すると、まず「人」を中心に据え、省人化を見据え自動化を反映したインターフェースは、働く人への配慮再認識であり、ヒトとマシンのコミュニケーションのありようを示すソフト要因であるGUIへのこだわりが焦点としてあった。次に「物」というハードは、機能・性能の高度化を指標に、高精度・高効率・高生産性にかなうコンパクト化というテーマを遡上させ、さらに省資源や省エネを担う環境性能を搭載しつつ、長時間無人化運転やフレキシブルな生産を前提とした拡張性や展開性を装備することを必然づけた。これらは全て「生き残るための知恵」であるが、単なるハードではなくソフト・オン・ハードのありようの明示でもある。
そして、これらを大きく包含する総合概念の「環境」は、水や空気という媒質、多様な素材、エネルギーなどに関わる生産—消費—還元のシステムが連鎖し、リデュース、リサイクル、リユースによるサーキュラーエコノミー(循環経済)を標榜させ、カーボンニュートラルや持続可能な開発目標(SDGs)というグローバルテーマの地平を指標化させる。私の半世紀にわたるデザインの帰結点は、生命観に根ざすモノづくりであり、自然が示す生態学的視座を本意とする。生態学は「生物と環境」、または「生物同士の相互作用」を理解しようとする概念であり、生物はさまざまな形で周囲の環境と関わりを持つと同時に、多数の生物種とも相互作用しながら存在する。唐突ながら、このコンテクストの生物をマシンに置き換えてみると「マシン生態学」なる視座が成立し、開発の起点に深く関与することを興味深く想うのである。
ハード開発の新潮流と操作性評価の実態
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専門審査委員 千葉大学名誉教授 青木 弘行
専門審査委員
千葉大学名誉教授 青木 弘行
今回の現物審査を総括すると、課題解決型のインベンション開発が大多数を占めていた。要素技術におけるイノベーションの事例は、別掲「現物審査で注目されたデザイン技術開発」を御覧いただきたい。
今回は工作機械において、新たな潮流を予感させる開発事例に遭遇した。それは、ハードにおけるコモディティー化打開策としてソフト開発に軸足を移している業界において、この次元をさらに進化させている。具体的には「高精度・高生産性」に代表されるハード開発と、「脱炭素・省エネ」に昇華できるソフト開発に対して、前者をソフト化、後者をハード化の視点から再解釈し、両者を融合させるシステム開発を可能にしている。その内容は、「ハード開発のサービス産業化」という表現に翻訳でき、業界を牽引(けんいん)するモノづくりのあり方、ありようを提示している。
本賞はデザインの特質上、ハード開発の成果に加えて、「使う側の視点」に立脚した操作性を重要視している。操作性向上に資するGUI開発においては、昨今の社会情勢を反映して「スキルレス化」を可能にした内容が大半を占めていた。スキルレス化は注目すべき成果ではあるが、半面、モノづくり工程における思考力や判断力、機能を的確に把握し、合理的な生産工程を見抜く洞察力を阻害する危険性を内包している。
どうすれば良いか。解決策の一例として、操作の習熟度に応じて難易度を自在に変化させるインターフェース開発が挙げられる。なぜなら、スキルアップの過程において、ハード開発のヒントが「顕在化」してくる可能性が内包されているからである。ヒトが機械に操られるのではなく、機械がヒトを育てるインターフェース構築策に期待したい。
一方、これはすべての応募製品に共通しているが、提出されたカタログはハード機能・性能の優位性や独自性の主張に終止しており、操作性に関連した内容を明示している事例は皆無に近い。マシンを使用するヒトの存在を軽視している証左でもある。
このことは、プレゼンテーションにおいても同様で、操作性に関する説明不足を問うと、実機での説明という回答が返ってくる。操作性の実態は機能の多寡に比例して複雑化しており、短時間で核心を理解できるような単純な構成ではなく、資料の再提出をお願いして再検討することになる。カタログは製品の特質を訴求するマーケティング媒体であると同時に、ブランドイメージ醸成の源でもある。カタログ構成のあり方を再検討していただきたい。
高速高精度化する計測・検査機器
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専門審査委員 日本工業大学理事 松野 建一
専門審査委員
日本工業大学理事 松野 建一
今回も初応募の企業、機種がかなりあり、書類と外観写真による一次審査では不明だった点を確かめるべく、現物審査に参加した。
開発の意図・目的から、機能・性能・品質の独創性・優位性、さらに操作性・安全性・保守性、そして造形処理まで、担当者の説明を聞いた後、実機の稼働・操作状況を確認し、質疑応答を行った。さらに追加資料の提出も求めて総合的な評価をした。
近年は熟練作業者の減少、作業者の負担など、納入先の課題を十分認識して開発に取り組むのが常識であり、機器本体の機能・性能・品質に加え、操作・制御系の向上も意識した製品が多く、操作盤の機能・性能・表示方法の改善が著しかったが、今回はさらにその傾向が強まっていた。また省エネ・脱炭素・環境などの社会的課題への対応を強く意識した製品も多かった。
世界トップレベルを維持中の工作機械など生産機械類では、自動化が進む現況でも避けられない、段取り時間、安定加工、遠隔監視など、作業者の負担をさらに軽減するとともに生産性も向上する工夫が随所に見られた。
一方、電子機器類の分野では、製品の構成要素が非常に微細化しており、加工・組み立てや検査段階での位置決めや計測にさらなる正確さと高精度が求められている。計測機器も最新の光学技術・画像処理・AI(人工知能)技術などを駆使して大きく発展しているが、今では抜き取りでなく全数の高速計測・検査が必須になっているので、今後もさらなる技術革新が要求されるだろうと感じた。
今回は建設機械、重機、大型設備の応募も例年より多かった。長寿命で高価な機器では、使用済み製品や部品を生産元が回収して分解し、必要に応じて修理や交換をすることで、新品と同等レベルの品質を確保し、保証も付けて再販売する、リマニュファクチャリング(リマニ)が以前から行われてきた。
最近は複合機などの電子機器や自動車、家電の領域でも、海外では義務化も含めて導入され始めており、わが国にも影響が及んで来そうである。今回、小型電子機器のリユースの普及を目指す計測判定装置も申請されたが、現物審査で完成度が低いと判定されて受賞に至らなかった。
しかし、今後これまでの「売り切り」主体からリユースやリマニが生産財全体に広がると、部品調達企業は困ることになるが、省エネ・省資源、脱炭素・環境などの社会的課題も考えると、本賞の審査基準に「リマニへの対応」も含める必要が生じるのではないかと思われる。
感動の理論式:(∃製品)[感動(製品)]⇐ (∃製品)[共感(製品)∧驚き(製品)]
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専門審査委員 慶應義塾大学名誉教授 松岡 由幸
専門審査委員
慶應義塾大学名誉教授 松岡 由幸
上記の式は感動の理論式である。ある製品における感動は、その製品に対する「共感」と「驚き」が共存する際にはじめて生まれる、を意味している。この「共感」と「驚き」、どちらかが欠けても感動は生まれない。このことは私にとって、本賞の審査における一つの指標にもなっている。
「共感」は製品のコンセプト、機能、品質、操作性、造形性などが最適化され、完成度を有している場合に生まれる。一方「驚き」はその新規性、独創性、さらに新たな波及効果の可能性を有する場合に生まれている。
一般に感動の種類には、以下の三つのタイプが存在する。
一つ目のタイプは、美しい夕日や風景、絵画、音楽など対象そのものに対する「オブジェクト型」の感動。これはモノづくりにおいては、製品そのものの機能性や造形性などに対して生まれる感動である。この感動は、製品開発が目指す基本であるともいえるのではないだろうか。
二つ目のタイプは、対象の背景にある能力や努力などを強く感じることで生まれる「バックグラウンド型」の感動。この感動は自分では到底不可能な能力や努力などを感じる時に多く発生する。これは製品開発でいえば、製品そのものの評価を超え、その製品のメーカーに対する評価につながる。そのため、ユーザーの安定的な信頼感や価値観を生みだすことから、製品開発にとっては重要な感動といえるだろう。
三つ目のタイプは、友人や家族など人との関係においてよく現れるものであり、その対象(出来事)に出会うまでの文脈(経緯)が大きく関与する「コンテクスト型」の感動である。製品開発においては、その新製品が生まれる絶妙な時代背景、社会動向やユーザー個人の需要変動予測を的確にとらえたタイミングなどで生起する感動である。
そして、これらのタイプを複合することが、深い感動につながることも、私たちの研究でわかっている。
ここで、「共感」と「驚き」の関係に注目する。一般に、改良に改良を重ね、極めていく製品開発は共感しやすい。しかし、改良型の製品開発には驚かないことも多々ある。つまり、「共感」と「驚き」は二律背反の関係にある場合も多く、少ない共通部分で人は感動することになる。そのため、感動的なモノづくりを行う際には、この少ない共通部分を見つけ出し、それを具現化するという難しさとその面白さがあるといえる。
多様性—日本の機械工業デザインの強み
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専門審査委員 東京大学大学院教授 村上 存
専門審査委員
東京大学大学院教授 村上 存
今回の審査を通して印象に残ったことは、日本の機械工業デザインの多様性である。
多様性の一つ目は、世界の技術動向の最先端から、モノづくりの地道な足元までを対象としている点である。例えば、これまで多数の部品を組み合わせて作っていた超大型部品を1工程で一括成形する鋳造技術であるギガキャストは、EV時代の自動車の製造技術を大きく変える可能性を秘めている。
「大型立形NC機」は、ギガキャストの1メートルを超える大きさのワークの加工において、車体であるためエンジンに比べ加工精度は厳しくなく、加工速度を上げられる点、左右の対称性が高いことから加工主軸を2軸搭載することでプロセスを並列実行できる点などを利用し、技術動向の最先端をとらえている。
一方、けがや事故、組み立て不良、製品の不具合などを生じる部品のバリを取る作業は、モノづくりの地道な足元として重要であるが、多くの現場で手作業に頼っている。これを自動化する「バリ取り機」は、新開発の技術やさまざまな工夫により、幅20ミリ—1220ミリメートルの部品に対応するものであり、作業の効率化、現場のやりがいの向上をもたらす。
多様性の二つ目は、管理された最先端施設から、人々の生活空間までを対象としている点である。近年、AI技術の急速な発展、自動車のSDV(Software Defined Vehicle)化など、半導体製造技術は非常に重要になっている。最先端のクリーンルーム設備内で使用される「半導体製造装置」は、装置全体を構成する大きな8角形とそこに取り付けられる小さな6角形のユニットで構成された、機能と意匠を両立した最先端のデザインである。
一方、都市圏においては小さな土地、住宅密集地に住宅を建設する場合も多いが、狭小地は一般に道路幅も狭いためクレーンなど建設に必要な重機が入り込めないなどの問題がある。それに対して「住宅建築用ミニ・クローラクレーン」は、3階建てまでに対応するクレーンのブームのテレスコピック伸縮と、作業時の安定のための張り出し脚である4本のアウトリガーを2段折曲式とすることにより、それらの収納時には全幅約1500ミリメートル、全高約2400ミリメートルのコンパクトな形態となり、幅2メートルの直角道路の通行が可能であるため、優れた機械工業技術を生活空間に持ち込むことができる。
このような多様性は日本の機械工業デザインの強みの一つであり、今後もそれが維持、展開されていくことを期待している。
