-
業種・地域から探す
続きの記事
地球環境特集
〔2面〕日本でも本格稼働する排出量取引
-
早稲田大学 政治経済学術院 教授 有村 俊秀
【執筆】早稲田大学 政治経済学術院 教授 有村 俊秀
東大卒。筑波大院修士修了。ミネソタ大院博士修了。上智大教授、環境経済・政策学会会長、政府の環境関連委員などを歴任。環境経済・政策学会学術賞、市村地球環境学術賞などを受賞。「カーボンプライシングの経済分析」(日経BP、26年)を公刊。
カーボンプライシング
気候変動問題の深刻化に対応して、二酸化炭素(CO2)に値付けをするカーボンプライシング(CP、炭素税あるいは排出量取引)に関心が集まっている。欧州に遅れてきた日本のCPだが、東京都と埼玉県の排出量取引に続き、日本でも国全体をカバーする排出量取引「GX―ETS」が始まった。ここでは排出量取引に着目し、これまでの日本のCPの歴史を紹介するとともに、今年4月から義務化が始まったGX―ETSの概要を紹介する。
CPとは、CO2を中心とした温室効果ガス(GHG)に価格を付け、排出削減を目指す政策手法だ。経済学では環境問題が発生する理由を、企業や消費者は価格のない自然環境をタダと考えて過剰に使用してしまうことだと考える。そこで、自然環境を悪化させる原因に価格を付け、市場の外にある気候変動の問題を市場の内部に取り入れて解決しようと経済学では考える。
CPの方法としては、CO2に価格を付けて徴収する炭素税・環境税と、CO2の排出枠市場を作り出す排出量取引の二つがある。
日本でも東京都と埼玉県では、GHGの削減を目的として、国に先んじて排出量取引制度が導入されてきた。大規模事業所ごとに排出量の上限を定め、削減できない場合は他事業所から排出枠(クレジット)を獲得して、削減目標を達成したとみなす仕組みである。東京都は2010年、埼玉県は11年に制度を開始し、日本における先駆的な地域型CPとして位置付けられている。
両制度は目標達成とともにCO2排出削減へ貢献してきた。グラフには東京都の第2計画期間(15―19年)と第3計画期間(20―24年)の削減状況を表している。基準年と比べて、16年度は26%、24年度は31%の削減に成功し、それぞれ削減目標を大幅に超えたCO2の削減を実現した。なお、目標より削減できた場合は、超過削減クレジットとして次期まで繰り越すことが可能である。
-
CPは脱炭素技術の普及へ重要な役割を持つ(イメージ)
東京都と埼玉県に遅れた国の政策も、カーボンニュートラル(GHG排出量実質ゼロ)宣言以降、大きく動いた。グリーン・トランスフォーメーション(GX)政策の中で、「成長に資するCP」として23年度からGX―ETS(第1フェーズ)が導入された。また同年成立のGX経済推進法では、脱炭素のための研究開発・投資を目的としたGX経済移行債を10年間で20兆円発行することが決まった。CPは脱炭素技術を普及するため、重要な役割を持つ。
GX―ETS第1フェーズ(23年度―25年度)
第1フェーズは自主的な制度ではあったが、ルールメイキングに参加できることや、GX資金へのアクセスには参加が必須だったため、多くのCO2多排出企業が参加した。その結果、日本全体のCO2排出量の50%を超える企業が参加した。
GX―ETS第2フェーズ(26年度―)
25年の法改正により、GX―ETSは26年度から罰則を伴う義務的な制度となった(第2フェーズ)。第2フェーズは業種にかかわらず排出量10万トン以上の企業が対象で、300社から400社程度と予想されている。またスコープ1のCO2(燃焼およびセメントなどのプロセス排出)が削減対象となる。制度開始時点から、電力・製造業に加え、運輸、不動産なども含む点で包括的と言える。
排出枠の配分方法は無償配分であり、エネルギー集約産業はベンチマーク(BM)、そのほかはグランドファザリング(GF)で行われる(表)。GFでは過去の排出量に基づき排出枠が配分され、重油などから天然ガスへの転換を想定した年間1・7%の削減が予定されている。
一方、BMでは業種ごとの技術水準に基づいて排出枠の配分が行われる。例えば、電力では発電量当たりの排出量、鉄鋼では鉄鋼1トン当たりの排出量が決定され、それに基準活動量(23―25年度の平均)を乗じて初期配分される。BMは欧州連合排出量取引市場(EUETS)でも採用され、脱炭素へ先行投資した企業が不利になりにくく、公平性にも優れている。
27年度秋から開設予定のGX―ETSの排出枠市場は、金融機関の参加も認められる方向で、相対取引が中心であった国内ETSからの転換が見込まれる。
順守ルールとオフセット
排出削減が困難な場合、排出枠の購入に加え、日本政府公認のJ―クレジットと2国間クレジット制度(JCM)を排出量の10%まで使用できる。両クレジットの流動性確保策として、23年10月に東京証券取引所でJ―クレジット市場が本格稼働した。GX―ETS対象企業は排出削減とともに、価格に応じて二つのカーボンクレジットを活用する選択肢も視野に入れる必要がある。クレジットを生み出すためのビジネスの機会も広がるだろう。
なお、制度の未順守に対しては、上限価格の1・1倍の未償却相当負担金が課されることとなっている。
課題は・・・
排出量取引は多くの制度と同様、価格に不確実性が伴う。そこで、GX―ETSは上下限価格を採用し、26年度は下限1700円、上限4300円としている。下限は省エネルギー系J―クレジット価格などを、上限は石炭から天然ガスへの転換費用などを基に決定された。
現行の上下限価格は、経済上の競争相手である中国や韓国と同等もしくは高めの水準である一方、EUETS価格(1トン当たり1万円相当)よりも低い。またカーボンニュートラル達成に必要な水素・アンモニア、CO2の回収・利用・貯蔵(CCUS)などの革新的技術にかかる費用と比べると十分ではない。
環境面では、パリ協定下でのNDC(国が決定する貢献)との整合性も課題である。第2フェーズの削減設計は、省エネ法のトップランナー制度などの国内技術水準から導かれた要素が強く、NDCとの整合性が十分に議論されていない。パリ協定と脱炭素実現の観点からは、25年のGX経済推進法改正の付帯決議で示された、NDCとの整合性の検証が必要である。
義務化されたGX―ETSの下では、企業は市場での炭素価格を踏まえ、省エネ投資、エネルギー転換とカーボンクレジットの利用などから最適戦略を選ぶことになる。一方で、その費用を適正に価格へ上乗せする必要もあるだろう。取引先企業や消費者もCPの負担を受け入れていく必要があると考えられる。
なお、より詳しいGX―ETSの解説は日経BPから6月に出版された拙著「カーボンプライシングの経済分析」で読める。
