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第54回機械工業デザイン賞 IDEA
専門審査委員 講評
自動化・スキルレス化とナレッジ共有
機械工業デザイン賞IDEA 専門審査委員代表
東京藝術大学名誉教授 尾登 誠一
大学在職中のデザイン講評は、10人10色の個性をもって作品化する学生たちに対し、経験知による評価は説得力を持ち得ず、学生との丁々発止の問答が常であった。そしてこの緊張感のある交換が、相互のデザインマインドの確認とスキル向上に有効であったことを経験する。私見では「JAZZ」ることの必要性、しいて言えば本質を見抜く「洞察力」を駆使したインサイト・デザインの有効性は、人間の五感(視覚・触覚・聴覚・嗅覚・味覚)という知覚、感性を超え、プラス第六感(意=インスピレーション)によりデザイン解を誘発するのではないかと思う。
現物審査は、企業の開発理念に基づき、細やかな技術の裏打ちにより収斂(しゅうれん)された製品評価であり、プレゼンテーションする開発当事者と、ゼロベースのクリティカルシンキング(批判的思考)の審査側とのキャッチボールとして映る。常々感じる審査の醍醐味(だいごみ)は、情報は申請書やカタログなどで事前に開示されるにしても製品とは初対面であり、発表者に増して審査側の知見が問われるという意味で真剣勝負といえる。
今回の審査を通しての印象は、企画力・社会性の視点トレンドに、IoT、DXという技術革新のみならず、環境負荷軽減のカーボンニュートラルやSDGsに加え、労働に関わる省人化、スキルレス、自動化というキーワードが多く爼上(そじょう)されたことを特徴とした。この傾向は、マシンと人間の関わり方の地平がいかにあるべきかの再検証を必然づけるのである。
エンジニアリングにより追求される機能的価値は、性能や品質の向上を目指す問題解決型の客観的形式知であり、マニュアル化可能な知識・情報と言える。翻ってデザインが志向する意味的価値は、問題提起型の主観的暗黙知であり、本質的価値を創造するオリジナリティーを包含する。多くの開発が、インベンションの域にとどまり、イノベーションの域に達していない状況は何が起因するのか。
多様な局面において、有効活用できる情報をナレッジと呼称する。極論すれば、開発の成否は形式知と暗黙知を共有するナレッジ交換場の有無と、余裕ある参画意識に多く起因するのではないかと考える。熟練者が仕事を重ね培ってきた経験知は企業にとって唯一無二の暗黙知である。自動化は、これらの暗黙知がいかに形式知に変換され組織として共有されるべきか、そのプロセスと創発環境を再確認すべきである。
大げさではあるが、ナレッジマネージメントの有効性を洞察した審査であった。
ブランドエクイティとサービス品質
専門審査委員
千葉大学名誉教授 青木 弘行
今回の現物審査を総括すると、大多数が課題解決型のインベンション開発であり、イノベーションに値する事例はわずかで、衝撃波を援用して従来方式を革新的に改善した機能開発や、ARにより使い勝手を大幅に向上させた事例が目を引いた。また、ハードにおけるコモディティー化打開策として、ソフト開発へ軸足を移した開発が多数を占め、20年来主張し続けているGUI構築がほぼ定着してきている。
しかしながら、視認性に優れたフォント種の選定やそのサイズ、色覚障害にも配慮した機能別カラー展開、思考の連続性に従ったレイアウト構築や画面展開等々、その完成度は千差万別であった。中でも、完成度の低いGUIは担当した技術者目線で構築されており、年齢や性別、国籍や熟練度をはじめとした多様化するユーザー層の存在が考慮されていない。昨今の社会情勢を勘案すると、プロのオペレーターのみではなく、素人ユーザーへの配慮が必須となることは論をまたない。多様なユーザーに対するエスノグラフィックな観察行動を基盤とした、明快で美的なGUI構築が望まれる。
一方、開発製品における「オプション設定」のあり方に大きな疑問を抱かざるを得なかった。オプションとは、製品の魅力や可能性を拡張し、技術の完成度を保証する一つの開発成果である。しかしながら、当該製品の基幹技術、アピールポイントを構成する機能開発が標準装備化されておらずオプション設定されているケースが見られた。このような事例は、その製品に対する不信感を誘発し、最終的にはブランドイメージをも大きく失墜させてしまう深刻な事態を招いている。
また、購入率が高い機能開発であるにもかかわらず、オプション設定されているケースも散見された。購入率が高いということは、当該技術に対するユーザーニーズが「顕在化」していることを意味している。このケースは、開発プロジェクトに関わる担当部門間の連携体制不備や、製品コンセプト実現に向けた洞察力不足を露呈している。標準装備化されなかった開発エンジニアのモチベーション低下や、その心中を察すべきである。
標準装備かオプションかの選択は、「サービス品質」に関わる信頼感を醸成し、無形の資産価値「ブランドエクイティ」獲得につながる。コスト回収策の検討は、開発初期段階からニーズマネジメントサイクルを検討しておけば、それほど困難な課題ではないはずである。製品を構成するハードやソフトを単体として位置づけるのではなく、両者の融合策を絶えず念頭に置いておく必要がある。開発責任者には、有形・無形を問わないブランドイメージ構築策の責務が課せられている。
受賞製品を周知し、人材確保・育成を
専門審査委員
日本工業大学理事 松野 建一
本賞の審査に初めて参加してから四半世紀になるが、毎回初応募の企業、機種があると期待が一段と膨らむ。
書類と写真での一次審査後の企業訪問による現物審査では、まず担当者から開発意図・目的をはじめ、機能・性能・品質の独創性・優位性、操作性・安全性・保守性、経済性・環境性、そして造形処理まで、ひととおり説明を聞いた後、実機の稼働・操作状況を確認し、質疑応答を行う。これを踏まえて総合的に評価するのだが、今回も各製品間の差をつけるのに大いに悩んだ。
特に近年は熟練作業者の減少、作業者の教育・負担軽減、海外市場の拡大など、今後のユーザー産業の課題・要望を十分認識し、また省エネ・脱炭素・環境などの社会的課題への対応も意識して、従来機器を超える製品の開発に取り組むのが常識となっている。機能・性能の向上に加え、操作・制御・診断系の改良・革新を意識した製品が多く、操作盤の構成・機能・性能の向上が著しいとの印象があった。
今回はさらにその傾向が強まっていると感じた。
世界トップレベルを維持中の工作機械など生産機械類では、自動化がかなり進んだ現状でも避けられない、段取り時間、安定加工、遠隔監視など、作業者の負担をさらに軽減すると同時に、生産性も向上できる工夫が加えられたものが多くあった。特に操作盤の機能・性能・使い易さ向上には目を見張らせられ、加工品の精度・生産性向上、作業者の負担軽減に間違いなくつながるであろうと実感できた。
また、中小規模の機械加工業の要望に対応して、専門のスキルを持たない作業者でも簡単に使いこなせ、どの機械にでも移設し、架台に積載したワークを安全柵なしで自動加工できる協働ロボットの提案も、作業者の不足・負担の軽減と生産性向上を両立させる効果が期待できると感じた。
さらに、加工される製品の微細化・高精度化を確認・保証するための計測機器も最新の光学技術・画像処理技術等を駆使して大きく発展しており、この分野でのわが国の技術力を再認識した。
これまで長年にわたってわが国の経済発展を支えてきたモノづくり技術・産業に対する若者の関心が次第に薄れてきているようで、大学工学部でもモノづくり系よりデータサイエンス系などへの進学希望が多いと聞く。
今回、わが国機械製造企業の絶え間ない発展を再確認できたことはうれしく思う。受賞製品を広く周知することが今後の人材確保と育成にも効果があり、次回はさらに刺激を受ける機器の応募があることを期待したい。
意匠の「匠」に注目―自動化技術を再考
専門審査委員
慶應義塾大学名誉教授 早稲田大学客員教授 松岡 由幸
デザインを表現する言葉の一つに「意匠」がある。ここで、その「意」と「匠」に注目する。辞書によると、「意」とは、心の動き、考え、物事に込められている内容と記され、広義には、思考活動の一般とされている。これは、デザインにおいては、アイデアの発想や考案に相当する。一方、「匠」は、手先または器械で物を作る仕事、職人あるいはその高い技巧を指し、これも、デザインには欠かせないものである。
しかしながら、近年の「デザイン」においては、前者の「意」の意味で使用されることが多いのではないか。それは、デザインに新たなアイデアが強く要求されてきている上に、その対象が「モノ」だけでなく、体験やソフトウエアなどの「コト」にまでに拡張しており、それらへの注目が関係している。
その一方、デザインにおける「匠」の議論がやや薄くなっており、その点が気がかりなのは、私だけであろうか。
今回の受賞製品を概観すると、熟練作業者の高齢化や作業者の不足という今日的課題を受け、オペレーションの自動化技術の採用に伴う省人化、脱技能化、スキルレス化を図っている製品が散見された。これらの技術は、社会的にも重要であり、今後も促進すべきものと考える。しかしながら、二つの点が気になっている。
一つは、その自動化技術開発において、熟練作業者の「匠」を取りこぼしてはいないかという点である。確かに、それまで作業者が行ってきた仕事を技術が代替し、省人化できている。しかし、熟練作業者の暗黙的ノウハウをすべて洗い出し、自動化技術に還元できているかには疑問が残る。何か大切なノウハウを取りこぼしているとすれば、それは、もったいないことであろう。
もう一つは、熟練作業者の技能をゴールにしている点である。例えば、熟練作業者と若手作業者の技能を比較し、自動化技術を検討する。それは、現実的なアプローチとしては有効である。しかし、そのアプローチでは、熟練作業者の技能を超えることは難しい。熟練作業者を超える「匠」を目指す製品開発こそが、さらなる発展をもたらすのではないだろうか。
元来、「匠」に根ざしたモノづくりは、日本のお家芸だと理解している。確かに、今日新たな製品開発においてイノベーションを生むために、「意」に注目することは不可欠ではあろう。しかし、それのみならず、「匠」を大切に思い、それを生かしたモノづくりを再考することも、今の日本産業には必要なことかもしれない。
量的強化から質的強化への転換
専門審査委員
東京大学大学院教授 村上 存
今回の審査を通して印象に残ったことの一つは、従来よりも人間との関わりが深いと考えられる製品がいくつか見られた点である。
例えば、板金の曲げ加工はその多品種少量性、内容の複雑さから、高度な技能を必要とし、完全な自動化は難しい。それに対して、音声操作とアンサーバック、加工ガイダンス表示、バックゲージと突き当てモニターなど、視覚、音声・聴覚、力覚など多様な方法で作業者と機械が密にインタラクションしつつ、レーザー式安全装置で安全性も担保することで、効率的な技能獲得、加工の高品質、高生産性を実現している。
砥石で高精度な加工を行うプロファイル研削盤においては、アナログ画像よりも高倍率に拡大可能な高解像度デジタル画像を用い、エッジ検出機能によりワークの輪郭を目視に頼らず把握することを可能にしている。そのことに加え、ダミーのワークを砥石で削った形状から砥石の形状を計測し、ワークのデジタル画像に砥石形状をAR表示する技術は、ある意味で現実の現象の拡大や強調を超えて、人間に理解しやすい仮想的な情報を生成し、提供しているとも言える。
ロボットによる人間の労働の代替は重要なアプローチの一つであり、病院における薬剤や医療器具のロボットによる搬送はその一例である。ロボットにおいては、医療従事者との専門的・意図的なインタラクションや最適経路移動だけでなく、人間と混在した通路やエレベーターなどの空間における安全なすれ違い、干渉回避など、患者や一般の人々との非専門的・非意図的なインタラクションも適切な対応が必要とされる。受賞製品では、頭部のLiDARと本体前後左右の遠隔監視カメラによる周囲の状況把握により、安全に行えるようになっている。
産業用ロボットをより人間に近づけた協働ロボットでは、人間と同様な作業が行える双碗にすることに加え、人間の腰の旋回と揺動を双碗ロボットに導入することで、腕だけでなく体幹を含めて、より人間に近い動きを再現可能とした。そのことで、作業可能領域の拡大や所要設置面積の縮小など、機能面の向上と動作の印象との両面でより人間に近い協働ロボットの造系、造形がなされている。
従来の機械工業デザインは、典型的には人間の作業の大量化、高速化、精密化という、数値表現できる量的強化を実現してきたが、近年の生成AIの急速な発展が示唆するように、今後は人間の知的柔軟性など質的強化が実現されていくのではないか。