-
業種・地域から探す
続きの記事
地球環境特集
2025年は国連の「氷河の保護の国際年」。25年から3月21日が「世界氷河デー」に定められた。5月にスイス南部のアルプス山脈で氷河の崩壊による大規模な土石流が発生したように、気候変動により世界中の氷河が融解し災害を引き起こしている。20億人以上が淡水として氷河と雪解け水に依存していながら、2050年までに氷河の3分の1が消滅する可能性があると予測される。また、気候変動や生態系の破壊などに関連して大規模な山火事も増加している。将来の世代に豊かで美しい自然や生態系を残すためには、世界的に気候変動を抑制して地球環境を保護する行動を起こすことが急務となっている。今回は自然写真家の関戸紀倫氏によるメッセージのほか、研究者や企業のさまざまな取り組みを紹介する。
時代を超越する島 —あるがままの自然が残る伊平屋島—
-
毎年観察していた、まるで鹿の角のようなエダサンゴ
【文・写真】 自然写真家 関戸 紀倫
サンゴ礁は海洋生態系の中で最も生物多様性に富むものの一つだが、同時に最も脅威にさらされているものでもある。1900年代以降、サンゴの生息地は劇的に失われていて、多くのサンゴ礁では、わずか30年前と比べてもサンゴの数が40—50%減少している。国際自然保護連合(IUCN)などの調査によると、世界の3分の1のサンゴの種類で絶滅の危険性が高まっていると言われている。
私はこの危機を多くの人に知ってもらうために、今一度自然の美しさ・大切さを知ってもらう必要があると思っている。ネガティブなものではなく、ポジティブな写真や映像といったツールを使って発信している。見たことのない絶景や水中世界、珍しい生き物を紹介し、自然の大切さを改めて知ってもらうことで、人々の意識は変化し自然保護などへの考え方が変わるのではないだろうか。ここでは沖縄本島の北西にある離島「伊平屋(いへや)島」の“あるがまま”の大自然を紹介する。
海と共に生きていく
-
伊平屋島の太陽を浴びるイソバナの群生 -
あるがままの姿が残る美しいテーブルサンゴとエダサンゴの群生 -
サンゴは魚の住処。デバスズメダイが住みつく
世界中の美しいサンゴ礁や海を旅して水中世界を中心に撮影してきた私、自然写真家の関戸紀倫は、2020年のコロナ禍を機に国内を中心に撮影するようになり、あるがままの自然が残る伊平屋島に出会った。沖縄県の海には日本に生息する400種のサンゴの内、約380種が生息すると言われている。私は沖縄本島から石垣島や西表島を中心とした石西礁湖を多く撮影してきた。
ここ数十年の間に世界の観光地ではリゾート開発などが進み、森が伐採され、道が舗装され、干潟が埋め立てられ、環境が変わり、そして海が変化してきている。これが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。地球温暖化が叫ばれている今、海水温が上がり、北極の氷が溶け出していることが果たして人間による影響なのか、それともこの地球が誕生して46億年の間のわずかな変化なのか、それは誰にも分からないこと。
人間による魚類の乱獲や環境汚染は、生き物たちにとって大きな影響を及ぼしていると言われている。ただ生き物の生命力は偉大で、環境が変化すればその変化に応じて進化するなど我々の想像をはるかに超えてくる。しかし我々人間の作り出した現代のテクノロジーはとても影響力が強く、変化についていけない生き物も多いだろう。
美しい自然を知る、感じることが大事
-
干潮の時間帯に貝やタコを捕りにきていたオバー -
伊平屋島では平屋が並ぶ昔ながらの沖縄の風景が見られる -
多くの石垣は死んだサンゴがそのまま積み上げられている
沖縄県で人気の高い観光地、眞栄田岬の「青の洞窟」は、ピーク時には1日約7000人が訪れる。「魚より人が多い」とも言われ、いわばオーバーツーリズムが起こっている。12年ごろ、私はダイビングのインストラクターとして青の洞窟に観光客を案内する仕事をしていた。
サンゴはあるし、魚もいるし、そんなにサンゴの知識がなかったからか、当時は危機感を感じることはなかった。ある日、いつものように青の洞窟にゲストを案内している時、あるオジー(沖縄の方言でおじいちゃん)が言った言葉を今でも鮮明に覚えている。
「昔はもっとサンゴがきれいだったんだよ」—。
当時、よく潜っていた眞栄田岬の海で見ていたサンゴたちは少し丸くて、サイズも小さかった。大きく育っているサンゴはあまりない印象だったが、私はそれが普通だと思っていて、特に危機感にはつながらなかった。
その後、世界最大のサンゴ礁、豪州にあるグレートバリアリーフで、ダイビングインストラクターとして潜る機会があり、衝撃を受けた。それは一つひとつが巨大で、さまざまな形をしたサンゴが群生していたからだ。これが2500万年も前から形成が始まった世界一のサンゴ礁なのかと感動した。
それからはサンゴが大好きになり、世界中できれいなサンゴがあれば撮影をしてきた。コロナ禍で海外に行けなくなってからは、国内を中心に撮影することが多くなった。そんな時、「美しいサンゴが残っている島がある」と聞き、伊平屋島に出会った。
伊平屋島は本部半島から北に41キロメートルのところに位置する有人島で、沖縄県の最も北に位置する島。初めて伊平屋島のサンゴを見た時、グレートバリアリーフで感動したあの日の美しいサンゴの光景と重なった。こんなにもあるがままの姿で美しく群生しているサンゴは沖縄で初めて見た。
なぜこれだけ大きなテーブルサンゴやエダサンゴがきれいに群生しているのか不思議で、この島に毎年通うことを決意した。しばらく通っているとすぐにその理由が分かった。
海水温上昇によるサンゴ破壊と再生を記録
人口も少なく、特に大きなリゾート施設もなければ開発も進んでおらず、古くからある沖縄ならではの平屋が並ぶ光景が島にはあった。観光客がほとんどいないこの島では人為的にサンゴが破壊されることが少なかったのだと思う。
しかし、とても敏感なサンゴたちは少しでも水温が上昇すると、共生している褐虫藻を体内から排出してしまい、栄養が取れなくなってしまう。そして数週間水温が元通りにならなければ死んでしまう。これをサンゴの白化現象という。
大規模なサンゴの白化現象は1980年代以降、急激に増加しており、この増加は地球温暖化によるものだという説がある。97年から98年にかけてエルニーニョの影響で世界的に海水温が上昇し、2007年には沖縄県でも大規模な白化現象が起こった。そこから何度か白化現象の発生が続いたことで、沖縄のサンゴの成長は少し止まっていたようだ。その後はあまり高水温に見舞われず、20年ごろから成長してきたのだと思われる。
特に伊平屋島では人為的な影響が考えられないので、きれいに育ったのだろう。私は島の南にある米崎海岸の浅瀬エリアのサンゴが特に好きで、日中の時間帯や夕暮れの時間帯などのさまざまな表情をするサンゴたちを撮影し続けた。特に日の沈む30分前の時間帯、浅瀬エリアのサンゴに西日が差し込めば、とても神秘的な光景が広がる。
毎年同じエリアに決めて、サンゴたちの成長具合を記録した。目印にしたのはまるで鹿の角のような巨大なエダサンゴ。日本では見たことのないほど大きなサンゴだったので、時には1年に数回、違う季節に訪れては撮影を続けた。
-
死ぬ手前なのにどこか美しく見えたサンゴの力強い姿 -
白化した直後の台風で、大好きだった鹿の角のようなサンゴは折れてしまった -
高水温に耐えきれなかったサンゴは死に、春になれば藻が生える
そのような中、ついに22年9月、伊平屋島でも大規模なサンゴの白化現象が起こった。島の浅瀬の至る所でサンゴたちはパステルカラーになったり、真っ白になったりした。普段は深い青色の水中世界もこの時だけ水色になっていて、普段はあまり見ることのない世界だった。サンゴは死にそうで苦しんでいるはずなのに、どこか美しくも見えてしまった。
不幸にも白化現象が始まった直後に台風が直撃した。定期的に撮影していたエリアが心配だったので見に行ってみると、鹿の角のようなサンゴは折れてしまっていた。とても悲しい気持ちになったが、これが自然の破壊と再生。記録に残さねばと夢中にシャッターを切った。
翌年の春に再度訪れてみると、多くのサンゴたちが死んでしまい、藻が生えて辺りは別世界に変化していた。サンゴたちはこのように破壊と再生を繰り返しながら、春の終わりに産卵をして新たな命を宿し、大きなサンゴ礁へと成長していく。
海を埋め立てて桟橋を作ったり、建物を作ったりすれば環境が変化していき、多くの生き物の住む場所がなくなってしまう。既に変わってしまった環境を元通りにするのは難しいかもしれない。でも今起きているさまざまな環境変化をしっかり理解し、開発を進める時は少しでも自然に配慮し、自然と共に、そして海と共に生きていくことはできると思う。
未来の子どもたちのために
-
6月になると産卵して新たな命が旅立つ -
うまく着生し成長が始まった若いサンゴ
重要なのはこの先、一人ひとりが自然に対する意識を持ち、理解していくこと。まずは写真や映像をきっかけに、まだまだこの地球にこんなにも美しい自然があるということを多くの人に知ってもらいたい。そんな思いで日々発信している。
そして自分の目で海や大自然に足を運んで、自然を感じてほしい。人は経験しないことには関心を持てないと思う。ダイビングやシュノーケルで大自然に魅了されれば、きっと大切さを理解し、その体験を違う人に共有していき、自然と環境保護を意識するようになるはずだ。
一人ひとりの意識が変わっていけば、自然破壊や環境汚染といったことは防げる。全てはこの美しい大自然を未来の子どもたちにも見てもらうために、願いを込めて。
【執筆者プロフィール】
-
自然写真家 関戸 紀倫
自然写真家 関戸 紀倫 (せきと きりん)
1988年、東京でフランス人の父と日本人の母の間に生まれる。父は冒険家で、小さい頃からフィリピン、タイ、ガラパゴス諸島など、自然豊かな場所に連れて行ってもらっていた。気づけば自分もダイビングを始め、沖縄でダイビングインストラクターを取得。沖縄本島とオーストラリアでダイビングガイドの経験を積む。カメラと車を購入しオーストラリア大陸を一周しながら独学で写真を勉強。日本に帰国後は写真家として活動し、現在は国内の海を中心に撮影している。2023年に1作目となる写真集『Sauvage』、24年に2作目『TelQuel』を出版した。写真と映像を通して、自然の大切さと美しさを発信し続けている。



