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地球環境特集
2025年は国連の「氷河の保護の国際年」。25年から3月21日が「世界氷河デー」に定められた。5月にスイス南部のアルプス山脈で氷河の崩壊による大規模な土石流が発生したように、気候変動により世界中の氷河が融解し災害を引き起こしている。20億人以上が淡水として氷河と雪解け水に依存していながら、2050年までに氷河の3分の1が消滅する可能性があると予測される。また、気候変動や生態系の破壊などに関連して大規模な山火事も増加している。将来の世代に豊かで美しい自然や生態系を残すためには、世界的に気候変動を抑制して地球環境を保護する行動を起こすことが急務となっている。今回は自然写真家の関戸紀倫氏によるメッセージのほか、研究者や企業のさまざまな取り組みを紹介する。
モビリティーフューチャー
EV電池のサーキュラーエコノミー形成に向けて/ユーザーの行動支援 起点に
【執筆】 日本総合研究所 創発戦略センター インキュベーションプロデューサー 籾山 嵩
米国による関税措置や、中国・インドによるレアアースの輸出規制など、保護主義的な政策が世界的に推進されており、資源安全保障の観点から国内での資源循環の重要性が高まっている。とりわけ、EVに搭載される車載バッテリー(EV電池)は希少資源を多く含むことから、政府は国内におけるサーキュラーエコノミー(循環経済)の形成に積極的に取り組んでいる。ここでは、EV電池のサーキュラーエコノミー形成の重要性を述べるとともに、その実現に向けた取り組みの事例として「EV電池スマートユース協議会」の活動を紹介する。
中古は不安 国内市場立ち遅れ
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日本総合研究所 創発戦略センター インキュベーションプロデューサー 籾山 嵩 -
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近年、欧州を中心としてサーキュラーエコノミーの形成が重要視されており、その中でもEV電池が注目されている。EV電池は車載状態で利用された後もリユース電池として他用途で利用されるだけでなく、リサイクルのプロセスを経てレアメタルを回収することも可能であるため、サーキュラーエコノミーにおける価値が高い。
EV電池のサーキュラーエコノミーを国内で形成することは、資源安全保障だけでなくリユース・リサイクル市場を中心とする新たな市場の創出という観点からも重要である。日本総合研究所では国内でEV電池のサーキュラーエコノミーが形成されることにより、2050年にはリユース・リサイクル市場の規模が約2・4兆円に達すると試算しており(図1)、新たなビジネスや技術の創出も期待される。
しかし、国内のEV電池のサーキュラーエコノミーは、これまでのところ順調に形成されているとは言い難い。最大の課題はリユース・リサイクルの起点となる中古EVの多くが海外に流出していることにある。中古EVの電池の残存性能や安全性能は見た目には分からないため、中古EVの購入を検討するユーザーは不安を感じ、その結果として中古EVの国内需要が拡大しないと考えられる(図2)。
資源循環を促進する取り組みにおいて、従来は拡大生産者責任の観点からサプライヤー企業の対応が重視されてきた。さらに、技術の高度化やシステム化などによって、ユーザーが製品を利用する際に“受け身”になってきたこともサプライヤー企業の負担を拡大してきた。このような課題に対しては、ユーザーの受け身の利用姿勢を変革し、高度化した製品を積極的に賢く利用するための技術の活用や、それらの技術を活用できるようにする仕組みづくりが必要となる。
産学官で変革推進
日本総研ではこのようなユーザーの行動を「スマートユース」と表現し、その実現のためにユーザーを支援する仕組みやビジネスモデルを社会に実装していくことを目指して「EV電池スマートユース協議会」を24年10月に立ち上げた。EV電池スマートユース協議会はEVやリユース電池、EV電池から回収された再生材料などのユーザー企業を中心として、民間企業23社と政府機関などから構成され(25年7月現在)、産学官による検討を推進している。
特にEVやリユース電池の二次利用に関する規格・標準化やサーキュラーエコノミーへの貢献度を可視化する新たな指標の提案などの制度設計、それらの社会実装のためのプロジェクト創出などに取り組んでいる。将来的には規格・指標の国内外への展開、モデルプロジェクトの全国展開を進めていくこととしている。
また、EV電池スマートユース協議会は多くの団体・企業との連携を深めており、その中でも福岡県が24年7月に設立した「グリーンEVバッテリーネットワーク福岡(GBNet福岡)」と連携して資源循環促進のためのプロジェクトに取り組んでいる。GBNet福岡では、福岡県内におけるEV電池の資源循環モデルである「福岡モデル」の実現を目指しているが、このような地域内での資源循環モデル構築の試みは国内初。EV電池スマートユース協議会で検討した制度やスキームを活用してもらうなど、深く連携してEV電池のサーキュラーエコノミーの早期形成を目指す。わが国におけるEV電池のサーキュラーエコノミーが重要性を増す中で、関連する取り組みは今後増加すると見込まれる。その実現のためには単発的な課題解決のみでは十分ではなく、EV電池のライフサイクルプロセス全体に目を向けた網羅的な課題解決と、そのためのユーザーの行動支援がカギになると考えられる。
中古EVの海外流出をはじめとして課題は山積しているものの、ここで紹介したような取り組みを通じて、ユーザーとサプライヤー、民間企業と行政機関が手を取り合うことにより、新たなブレークスルーが生まれるのではないだろうか。
【執筆者プロフィール】
籾山 嵩(もみやま たかし) 11年京大工学部卒。13年京大院工学研究科修了、21年愛媛大学大学院連合農学研究科修了。博士(学術)。鉄鋼メーカーを経て、23年日本総合研究所創発戦略センター所属。
