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地球環境特集
2025年は国連の「氷河の保護の国際年」。25年から3月21日が「世界氷河デー」に定められた。5月にスイス南部のアルプス山脈で氷河の崩壊による大規模な土石流が発生したように、気候変動により世界中の氷河が融解し災害を引き起こしている。20億人以上が淡水として氷河と雪解け水に依存していながら、2050年までに氷河の3分の1が消滅する可能性があると予測される。また、気候変動や生態系の破壊などに関連して大規模な山火事も増加している。将来の世代に豊かで美しい自然や生態系を残すためには、世界的に気候変動を抑制して地球環境を保護する行動を起こすことが急務となっている。今回は自然写真家の関戸紀倫氏によるメッセージのほか、研究者や企業のさまざまな取り組みを紹介する。
環境とウェルビーイング
第6次計画 閣議決定/自然資本回復で新たな成長
政府は2024年5月、ウェルビーイングを最上位の目的に位置付けた「第6次環境基本計画」を閣議決定した。経済分野にも切り込み、ウェルビーイングを追求して「新たな成長」を実現するために人材やマーケティング、ブランド向上といった「経済的競争能力投資」の拡大を訴えた。
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ウェルビーイングの実現には自然資本の回復が不可欠
「環境保全を通じた現在および将来の国民一人ひとりの生活の質、幸福度、ウェルビーイング、経済厚生の向上」—。第6次環境基本計画(第6次計画)はこう記し、ウェルビーイングを環境政策の最上位の目的にした。ウェルビーイングとは「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態」(厚生労働省)とされ、「心身の幸福」と表現されることがある。第6次計画では“真の豊かさ”とした。
環境政策を起点とし、経済と社会の課題も統合的に同時解決することが時代の要請であり、環境・経済・社会の共通目的は国民の幸福であることから、第6次計画はウェルビーイングを最上位の目的にした。
そしてウェルビーイングの実現には水や土、生物といった「自然資本」の回復が不可欠であり、自然資本を軸とした取り組みが「新たな成長」につながるとしている。
環境価値を評価 大量生産から転換
その新たな成長は、環境価値が評価されることによってもたらされる。商品・サービスの環境価値が認められて商品価格に反映できると、企業のさらなる環境投資につながるからだ。政府は25年度、グリーン購入法の基準に「グリーン鉄」を材料に使った商品を加えた。国の機関がグリーン鉄の環境価値を認め、率先して購入する。
消費者にも環境価値のある商品・サービスを選んでもらう必要がある。そのために第6次計画は消費者に環境価値を伝え、高付加価値化できる人材やマーケティング、ブランドへの投資が重要と訴える。いわゆる「経済的競争能力投資」だ。高付加価値が実現できると薄利多売から抜けだし、大量生産型経済からも転換できる。
また第6次計画には国民、市場、政府の「共進化」という言葉も登場する。国民、市場、政府の健全なトライアングルの形成が必要という考え方だ。経済学者が主張し、第6次計画を検討した審議会でも委員や有識者から語られた。
第6次計画には「変え方を変える」ともある。高度成長期は、供給者の目線で変革を考えがちだった。国民の視点に立って変革の方向性を考えると「ストック重視」「長期的視点」「モノの豊かさから心の豊かさへの転換」「無形資産」「コミュニティの再生」「一極集中の是正」などが導き出せる。ストックの一つが自然資本だ。
環境基本計画は今後の環境政策の道しるべであり、6年ごとに見直している。気候変動をはじめとした多くの環境課題の節目となる30年が迫っており、第6次計画も早急に政策に反映されるはずだ。
【インタビュー】 環境省大臣官房 前政策調整官 大倉 紀彰 氏
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環境省大臣官房 前政策調整官 大倉 紀彰 氏
第6次環境基本計画は、中央環境審議会で議論して案をまとめ環境相に答申し、閣議決定された。担当した大倉紀彰・大臣官房政策調整官(取材時)に聞いた。
—ウェルビーイングを環境政策の最上位目的としました。
「環境危機を克服するには文明の転換と社会変革が必要だ。また環境だけでなく、経済や社会の課題も統合的に同時解決しないといけない。そして環境・経済・社会の共通目的は、将来世代も含めた国民一人ひとりの幸福である。そもそも環境基本計画は国民の健康で文化的な生活を目的としており、現在の文脈に合わせて『ウェルビーイング』『高い生活の質』を目的にした」。
—国民、市場、政府の「共進化」も掲げています。
「政府と市場の二項対立ではなく、地域が活力を取り戻し、国民に力を持たせる政策が大事だ。経済学者のフィリップ・アギヨン氏は、イノベーションを起こすには健全な民主主義が必要と述べている。グリーンイノベーションにも高い環境意識が必要だ」
—確かに企業が環境価値の高い商品を提供しても、消費者の環境意識が乏しければ商品は選ばれません。
「企業がマーケティングによって環境情報を消費者に渡していくことが非常に大事になっている。日本は経済的競争能力投資(人材教育、市場調査、マーケティングなど)が少ない。また、経済的競争能力投資が低い国ほど成長していないデータもある」
「少量の販売でも稼げる経済システムにしようと思うと、モノに付随するブランドなどに投資しないと付加価値が高まらない。環境価値も消費者に認知してもらい、価格が付くようにしないといけない。高付加価値化しないと絶対的なデカップリング(環境負荷と経済成長の切り離し)を実現できない」
非価格競争力不可欠に/人に投資、「真の豊かさ」発揮
—大量生産から脱却すると国内総生産(GDP)が減るのでは。
「供給力が不足していた時代は、モノを作れば売れた。現在のように供給力が需要を超えると、購入してもらうために“選ばれる”努力をしないといけない。価格だけでは勝てず、非価格競争力を発揮させないといけない。その源泉が人への投資であり、マーケティングだ。国民へのアプローチが重要であり、エネルギーや資源の消費量を減らしながらも、付加価値を高めてGDPを拡大させるカギとなる。環境省の脱炭素アドバイザー資格認定も人への投資ではあるが、政府、そして企業全体で見ると少ない」
—では「新たな成長」とは。
「第6次環境基本計画はウェルビーイングを、市場価値と非市場価値の合算であり主観も入る“真の豊かさ”としている。そして真の豊かさを伸ばすことが新たな成長だ。ストックの中でも自然資本が重要となる。自然資本が傷むと人類の生活が成り立たない。自然資本を維持・回復させるには巨大な投資が必要であり、GDPに貢献する」
「非市場価値を市場価値に転換することも大事だ。これまで評価されていなかった環境価値が評価されると、対価が生まれる。例えば価格水準については議論があるかもしれないが、再生エネ価値はその典型例の一つ。また、今後は『グリーン鉄』などの環境価値をどう付加価値に転化していくかも重要になってくる」
