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地球環境特集
2025年は国連の「氷河の保護の国際年」。25年から3月21日が「世界氷河デー」に定められた。5月にスイス南部のアルプス山脈で氷河の崩壊による大規模な土石流が発生したように、気候変動により世界中の氷河が融解し災害を引き起こしている。20億人以上が淡水として氷河と雪解け水に依存していながら、2050年までに氷河の3分の1が消滅する可能性があると予測される。また、気候変動や生態系の破壊などに関連して大規模な山火事も増加している。将来の世代に豊かで美しい自然や生態系を残すためには、世界的に気候変動を抑制して地球環境を保護する行動を起こすことが急務となっている。今回は自然写真家の関戸紀倫氏によるメッセージのほか、研究者や企業のさまざまな取り組みを紹介する。
製造業の炭素排出量管理
脱炭素へ未来像描く
【執筆】 北九州工業高等専門学校 生産デザイン工学科 知能ロボットシステムコース 教授 久池井 茂
製造業における炭素排出量の管理は、企業の競争力と社会的責任を両立させる、極めて重要な経営課題へと変貌を遂げている。このような状況下、北九州工業高等専門学校は産業オートメーションフォーラム(IAF)との協働を通じ、国際標準に準拠した炭素排出量“見える化”システムを研究開発した。ここでは、その開発の核心と社会実装への取り組み、さらに循環型デジタルものづくりを支える教育・研究の具体例を紹介し、これからの製造業が目指すべき未来像を描く。
製造業における炭素排出量管理とバリューチェーン形成
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北九州工業高等専門学校 生産デザイン工学科 知能ロボットシステムコース 教授 久池井 茂 -
国内外における排出量管理の動向と課題
気候変動への対応が世界的な喫緊の課題となる中、企業活動における炭素排出量の管理は、単なるCSR(企業の社会的責任)活動の枠を超え、企業価値を左右する重要な経営指標として認識されている。特に製造業では部品調達から製造、物流に至るまでの排出量、いわゆる「スコープ3」の可視化が強く求められている。グローバルなバリューチェーン全体で環境負荷を定量的に把握し、戦略的に削減する仕組みはもはや不可欠である。
欧州をはじめとする諸外国では企業に対する排出量報告の義務化が進み、環境配慮が経済活動の前提条件となりつつある。これに対し日本では、業種間や企業間で排出量の算定方法やデータ連携が十分に整備されておらず、とりわけ中小企業では対応の手間とコストが大きな障壁となっている。国際競争の中で持続可能な成長を実現するためには、透明性の高い情報共有と実効性のある管理手法の確立が急務である。
「見える化」システム構築/AI活用、生産性も向上
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製造オペレーション管理(DELMIA Apriso導入現場)
ITとOTの融合
こうした課題に対応するため、北九州高専はIAFの制御層情報連携意見交換会「CLiC」と連携し、製造現場の実態に即した炭素排出量の「見える化」システムを構築した。このシステムは製造オペレーション管理に関する国際標準ISA95(IEC/ISO62264)、通信規格OPC UA(IEC62541)、およびKPI管理基準ISO22400に基づいて設計されている。
ITとOT(制御・運用技術)を融合させた構成により、製造工程や部品単位でのリアルタイムな排出量の可視化を実現。中核システムにはダッソー・システムズの製造オペレーション管理「DELMIA Apriso」を採用し、IoTセンサーから取得した現場データを統合している。さらにAI(人工知能)を活用して異常検知や予測分析も行うことで、炭素排出管理と生産性向上の両立を可能とする高度な「意思決定支援ツール」として機能している。
このシステムはすでに複数の製造現場で実証されており、例えばある中小企業ではエネルギー使用のピーク時間帯を特定し、生産スケジュールを調整することで、炭素排出削減を実現した。さらに排出係数の定量化により、原材料選定や取引先評価にも環境負荷の視点が組み込まれるようになった。
また、地域連携の枠組みとして注目されるのが、「北九州GX推進コンソーシアム」である。北九州市を中心に産学官が一体となってグリーン・トランスフォーメーション(GX)を推進するネットワークであり、北九州高専も技術支援・人材育成の立場として参画している。地域全体で脱炭素とデジタル変革(DX)を一体的に進める強固な基盤となっている。
新たな価値創造のハブ目指す
循環型デジタルものづくりの未来へ
北九州高専では製造業におけるDX人材育成のため、野村総合研究所や国内外のベンダー企業と協力し、「第4次産業革命 エグゼクティブビジネススクール」を2019年から継続開催し、実務と経営の両面から変革をけん引できる人材を育成している。また、サイバーフィジカルシステム(CPS)環境の整備を進めており、ミシマ・オーエー・システム(北九州市八幡東区)が本校内に共同研究室を設置。仮想空間上で製造工程を最適化するスマート工場の教育研究拠点を構築している。
さらに、リョーワ(北九州市小倉北区)が提供する生成AIソリューションを活用し、ITシステムとの連携によって、製品ライフサイクル全体にわたる環境最適化も視野に入れている。
こうした教育・研究・社会実装の三位一体の取り組みにより、北九州地域はITとOTの両面から「生産技術」を再構築するエリアとして、部分最適から全体最適へ、そして地域から世界へとつながる「循環型デジタルものづくり」のハブとして、新たな価値を創出し続けることを目指している。
【執筆者プロフィール】
久池井 茂(くちい・しげる) 北九州工業高専卒。九州工大院博士後期課程単位取得退学。博士(工学)。ロボット、AI、IoT、ビッグデータなどを活用した生産システムの研究開発に従事する。社会人向けリカレント教育「第4次産業革命 エグゼクティブビジネススクール」を主宰。
