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化学産業
国内化学産業の最新動向と量子コンピューターのポテンシャル
【執筆】 デロイト トーマツ コンサルティング 量子技術研究リード 扇 孝一郎
半導体材料は日本が強みを持つ領域だ。昨今、多くの国内化学メーカーが半導体領域に注力すべく、さまざまな取り組みを進めている。そんな中、量子コンピューターが半導体の設計・開発において効率化などの大きなメリットをもたらす可能性に注目が集まっている。本格的な活用へ向けた準備の重要性が急速に高まっている。
国内化学産業の現状
地球温暖化防止に向けた取り組みが国や地域、産業を問わず求められている。化学産業は製造時に多くの二酸化炭素(CO2)を排出するため、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)やサーキュラーエコノミー(循環経済)の取り組みを先頭に立って推進してきた。他方で、コスト優位性を持つ海外メーカーと差別化するため、国内化学メーカーの多くが機能性化学品のさらなる高付加価値化に取り組んでいる。
国内化学産業は「社会的要請に応えつつ、デジタル社会を支える高機能材料を開発・供給していく」という非常に難しいテーマに直面している。
こうした中で、昨今、国内化学メーカーの半導体材料への注力スタンスがより鮮明になっている。2024年11月以降の動向だけでも、各社の積極姿勢が読み取れる。
表のように、国内化学メーカーの多くが半導体領域を「成長・戦略領域」と位置づけており、その背景には大きく二つのトレンドが挙げられる。
半導体―進む積層化/複雑な解析ー高速・高精度化
【1】半導体デバイス集積化のための積層技術
より多くの半導体素子を基板上に集積して性能を向上させるため、数十年という長期に渡って「微細化技術」が磨かれてきた。
また、数年前から2・5次元や3次元(3D)構造などによる集積化(積層技術)も拡大している。これは、微細化技術がいずれ限界に達することを見据えて研究開発が進められてきた技術だ。従来とは異なるデバイス構造において、「インターポーザ」と呼ばれる中間基板が使用されるなど、材料とプロセス技術の両方で新たな事業チャンスを生み出している。
【2】生成AIがけん引する半導体需要
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半導体デバイスの3D集積実装イメージ(産総研先端半導体研究センター提供)
生成AI(人工知能)の市場規模は、25年の2000億ドル台から32年には1兆3000億ドルを超えると予想されている。
「半導体デバイス構造の転換によって生み出される新たな収益機会」と「生成AI用途がけん引する半導体市場の拡大」を踏まえれば、国内化学メーカーの多くが半導体領域を重視している流れは自然といえる。
半導体領域における量子コンピューターのポテンシャル
材料開発や製薬の世界では、分子レベルのシミュレーションが高機能材料や新薬を生み出すための強力な手法となり得る。しかし、現状の計算リソースではスーパーコンピューターでも計算規模に限界があると考えられ、将来的には量子コンピューターによる高速かつ高精度のシミュレーションの実現が期待されている。
米国のスタートアップ企業サイクォンタムとドイツの製薬企業ベーリンガーインゲルハイムは、「FeMoco」(アンモニア合成に寄与する窒素固定酵素の活性中心)や「P450」(薬物代謝酵素)といった産業応用が期待される物質の構造に関して、量子コンピューターによる電子構造計算の研究開発を進めている。
半導体領域における量子コンピューターの活用には、どのようなユースケース(活用事例)が想定されるだろうか。「量子化学計算」に基づく半導体材料合成のシミュレーションに加え、「量子コンピューターを活用した数値解析」が半導体デバイス開発の効率化に寄与する可能性が挙げられる。
半導体デバイス開発では、コンピューター利用解析(CAE)ツールを活用して電気伝導や熱の流れに関するシミュレーションを行うことが一般的だ。他方で、前述のように積層化などによるデバイス構造の複雑化が進むほど、シミュレーション性能のさらなる強化が必要となってくる。
このような半導体の設計開発トレンドに対し、シミュレーションツール開発を手がける米アルテアと独ミュンヘン工科大学が、数値流体力学のための量子コンピューティングに関する研究開発を推進するなど、産業応用に向けた具体的な動きも出てきている。
需要の拡大や競争激化を背景として、半導体デバイスの設計・開発に投入できる時間が短縮されることが予想される中、デバイスメーカーのみならず材料を提供する化学メーカーにとっても、対応を検討すべき重要なユースケースになるだろう。
スーパーコンピューターや急速に拡大するAIに対して明らかな優位性を持つ量子コンピューターの市場投入には、まだ時間がかかると考えられる。だが、ベーリンガーインゲルハイムやアルテアの動きが示唆するように、量子コンピューターの産業応用や効果の享受に向けた準備を進めるべきタイミングは確実に近づいている。