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建設産業
グリーンインフラが創る自然と共生する社会
ネイチャーポジティブ、減災にも寄与
【執筆】 東亜建設工業 執行役員 経営管理本部副本部長 兼 ESG経営企画部長 海の相談室 田中 ゆう子
グリーンインフラは社会資本整備や土地利用などのハード・ソフト両面において、「自然環境が有する多様な機能」を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取り組みだ。「自然環境が有する多様な機能」とは、①二酸化炭素(CO2)の吸収②生物の生息・生育の場の提供③雨水貯留・浸透による防災・減災④景観形成⑤心身のリラックス⑥物資の生産—などである。グリーンインフラが目指すのは、「自然と共生する社会」の実現だ。
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生物共生護岸に繁茂する海藻
■グリーンインフラへの期待
近年、短時間強雨の発生頻度が増え、水災害などが激甚化・頻発化している。流域治水において、災害リスクの低減に寄与する生態系機能を積極的に保全・再生するグリーンインフラの導入は、生態系ネットワークの形成にも貢献すると考えられる。
また、人口減少・少子高齢化の進展に伴い、水源涵養や土砂崩壊の防止など重要な機能を果たしてきた森林や農地が管理者不足などにより、管理放棄地となる懸念が増している。これを回避し、レジリエントな地域をつくる手段の一つとしてもグリーンインフラは期待されている。
さらに、建設後50年以上経過する施設の割合が加速度的に上昇している。グリーンインフラの活用を促進することで地域の関心を高め、コミュニティーの形成やインフラの維持管理が促進されると期待されている。
このように、グリーンインフラは自然の持つ多様な機能を活用し、社会資本やまちづくりの機能強化や質の向上だけでなく、人々のウェルビーイング(心身の健康や幸福)の向上を図る機能も期待されている。
大都市圏の沿岸域に藻場・干潟再生
■グリーンインフラ活用事例
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生物共生護岸上のマナマコ
グリーンインフラの「グリーン」は、「ネイチャー(自然)」を示し、樹木や花といった「緑」のみならず、土壌、水、風、地形などを含む。ここでは、特に「ブルーインフラ」(藻場・干潟などおよび生物共生型港湾構造物)の保全・再生・創出に関する当社の取り組みを紹介する。
当社の生物多様性の保全・創出への取り組みは、1990年代に始まった。当時、大都市圏の沿岸域は海上交通、工業、物流、エネルギー、港湾、商業、水産業、レクリエーション、観光などに高度に利用され、新たに藻場や干潟など生物の生息場をつくるのは難しいと思われた。
しかし、92—95年に横須賀港内において護岸の一部・延長743メートルに凸凹形状の護岸や緩傾斜の石積み護岸を造成したところ、追跡調査によりアカモク(海藻)や多様な底生動物、魚類などが利用することが分かった。この時、先に述べた「②生物の生息・生育の場の提供」の機能を護岸に活用して、生物共生護岸を提供できたと考える。
その後、東京港内で階段式の護岸に砂などを入れ、干潮時には砂場が現れる小さな干潟を実験的に造ったところ、カニ類やゴカイ類、さらに鳥類などの利用が観察された。護岸にさまざまな生息・生育場を設けることで、小さいながらも沿岸域の生物が利用することが分かった。
生物は少しでもチャンスがあれば、柔軟に、時にしたたかに、刻々と変化する環境に呼応する。これらの成果を基に、当社は生物共生護岸をさまざまな場で提案してきた。高度に利用されている沿岸域では、直ちに大きな干潟や藻場を造成することは難しいが、老朽化した護岸などの改修時に、護岸周辺の環境特性に応じて、護岸の一部に生物共生護岸を配置することで、これまで利用できなかった生物に新たな生息場を提供できると考える。
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新たに造成されたマングローブ林
また、96—97年にはシンガポールにおいて海域の開発に伴う影響緩和(ミチゲーション)として、マングローブの種子から苗木を育てて移植し、約13ヘクタールのマングローブ林を創出した。根の構造が複雑なマングローブ植物は、生物の生息場として、また沿岸域の防災や観光資源としても重要視されており、昨今は炭素貯留の面からも注目されている。
海中の建機、陸上から遠隔操作
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水中バックホウでの施工。岩盤を削り、マコンブ場を再生した
2000—02年には、青森県大間町地先で多くのマコンブ場が消失したため、水中バックホウにより岩盤を削り、新たな着生基盤を創出し、マコンブ場を再生した。全国的に磯焼けが進む中、海藻藻場の再生は簡単ではないが、藻場衰退の背景を十分に分析し、対応策の多様化を図ることが重要だ。なお、現在水中バックホウは陸上から遠隔操作が可能であり、より安全性の高い施工が可能になっている。当社は引き続き、藻場などブルーインフラ技術の開発に取り組んでおり、挑戦は続く。
■グリーンインフラの今後の展開
刻々と変化する海洋環境の中で減少する生物がいる一方、変化をチャンスとして生き抜く生物もいる。海洋環境の変化に伴って分布を変える生物がいる中で、今後、海洋生物にどう寄り添い、何を目標・指標にすべきか考えさせられる。
グリーンインフラを整備する上で、いろいろな主体が相互に情報を共有し、想像力を発揮する必要がある。
グリーンインフラは生物多様性・土壌・水などの自然資本を回復させるネイチャーポジティブ(自然再興)の実現に資するとされる。22年12月に採択された新たな世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の採択を受けて、わが国は生物多様性国家戦略を改定し、30年にネイチャーポジティブを目指している。
企業は事業活動を通じ、自然資本に少なからず影響を与えている。一方で、企業が提供する気候変動対策や環境負荷を低減する技術やサービスが、自然資本の保全・回復に貢献することも期待されている。
自然資本が私たち企業の事業活動にリスクばかりでなく、機会ももたらすことを十分理解し、自然資本を守り、生かすための技術やサービスの開発に今後も取り組んでいきたい。
