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建設産業
最先端技術で拓く 建設産業の防災能力向上
【執筆】 山口大学大学院 創成科学研究科 准教授 森 啓年
道路陥没や堤防決壊などは社会経済活動に深刻な影響を及ぼすインフラ災害の一つだ。建設産業における防災の重要性が高まる中、インフラの“壊れ方”の物理メカニズムを正確に理解し、適切な“測り方”を適用することが被害の未然防止と減災に不可欠となっている。ここでは「道路陥没」と「堤防決壊」という二つの課題を対象とし、新たな防災技術として「深部型路面下空洞探査車」および「ダークファイバーを用いた堤防監視技術」について、その技術的背景と防災に対する貢献を紹介する。
■道路陥没
1月に発生した「八潮市道路陥没事故」が示すように、道路陥没は都市機能に甚大な被害をもたらす。国土交通省によると、2022年度に国内で1万件以上の道路陥没が発生しており、主に道路排水施設や下水道などの地下埋設物、河川施設などに起因している。
これらの道路陥没の直接的な原因は、路面下に形成された空洞だ。模型実験により解明された成長メカニズムによると、地下埋設物の損傷に起因する場合、空洞は地下水位より下方で水平方向に拡大し、同時に地表へ向かって成長する。同様に、河川護岸の損傷が原因の場合も、空洞は地下水位下で水平方向に拡大するとともに、護岸に沿って垂直方向に成長する。いずれも損傷部が深い位置に存在するほど空洞が水平方向に拡大する余地が大きくなり、大規模な陥没災害に至るリスクが高まる。
これまで空洞の早期発見には地中レーダーを搭載した路面下空洞探査車などが用いられてきた。これは、電磁波の反射を利用して地下構造を可視化する技術だ。しかし、従来の探査車は主に舗装直下の浅い深度(最大約1・5メートル)の空洞検知を目的としており、深部に起因する空洞は地表面近くまで発達しなければ検知が困難という課題があった。
この課題を解決するため、最大3・0メートルの深部探査が可能な新型の路面下空洞探査車を開発した。より低い周波数の電磁波を用いることで深部への到達を可能にし、これまで検知が困難だった深部に潜む空洞の発見を実現。早期対応を可能にすることで防災能力を大幅に向上させた。さらに、護岸に沿って垂直に成長する空洞の探査精度を向上させるため、電磁波の送受信アンテナ部を車体から横方向に約25センチメートル張り出す機構を備え、探査範囲の死角を低減させて災害リスクの見逃しを防いでいる。
一方で、探査深度と解像度はトレードオフの関係にあり、解像度では従来型の探査車に優位性がある。そのため、防災の観点から現場で想定される空洞の発生深度に応じて従来型(浅層・高解像度)と深部型(深層・低解像度)を戦略的に使い分けることが、効果的な道路陥没の防災を実現する上で重要だ(図1)。深部型路面下空洞探査車は道路陥没に対する防災技術の選択肢を増やし、より包括的な災害リスク管理を可能にする。
深部空洞探査/河川管理光ファイバー活用
■堤防決壊
19年10月の「令和元年東日本台風」では142カ所の河川堤防が決壊した。近年の気候変動に伴う豪雨の頻発により、洪水による堤防被災リスクは増大し、堤防強化は喫緊の課題となっている。河川堤防の主要な被災メカニズムには、河川水位が堤防高を超過する「越水」や、堤体・基礎地盤への「浸透」に起因するすべりやパイピング現象(浸透流による土粒子の流出現象)などがある。
いずれの被災メカニズムでも、決壊による災害に至る前に堤防天端(てんば)(堤防の頂上の平場部)の崩壊、越水による流水の発生、浸透による川裏法尻(のりじり)(堤防斜面の最下部)の変形といった予兆事象が発生する。これらの予兆をリアルタイムで検知できれば、堤防決壊による災害リスクを事前に把握し、効果的な水防活動や避難誘導といった防災対応につなげることができる。
しかし、何十キロメートルにも及ぶ長大な河川堤防をリアルタイムで網羅的に監視することは、従来の人力による巡視では防災上不十分だった。この課題への解決策の一つが、光ファイバーセンシング技術を活用した堤防強化だ。光ファイバーをセンサーとして利用し、アナライザー(計測器)を接続することで、長距離にわたる振動や伸縮ひずみの分布をリアルタイムで測定可能となる。
模型実験では、越水による流水の振動や浸透による川裏法尻の変形といった災害の予兆を計測できることが確認されている。一方で、長大な堤防全区間に新しい光ファイバーを敷設することはコストや施工上の制約から現実的ではなかった。
この実装上の障壁を乗り越え、効率的な防災システムを構築するため、既設の河川管理用光ファイバーのうち未使用芯線(ダークファイバー)をセンサーとして利用する技術を開発した。この防災技術の最大の利点は、計測器を河川管理事務所などに設置するだけで光ファイバーの新たな敷設工事を行うことなく、既存インフラを資産として最大限に活用してリアルタイム監視網を構築できる点にある。これにより、堤防決壊前の天端崩壊箇所などを広域で迅速に特定し、防災対応の初動を早めることができる。
一方、ダークファイバーは本来の通信用途のため河川堤防と密着しておらず、堤防変形の計測精度に限界がある。そこで、堤防強化の精度を補完する手法として未利用の河川管理用光ファイバーの鞘管に光ファイバーを密着するように敷設させて敷設する「セミ・ダークファイバー」の研究も進めている。
セミ・ダークファイバーを利用すれば、越水による流水の振動が高精度で検知可能となり、近年頻発する越水による堤防決壊の予兆を確実に捉えることができる。ダークファイバーによる広域防災スクリーニングと、セミ・ダークファイバーによる高精度防災監視を組み合わせることで、河川堤防の決壊リスクをより効果的に管理することが可能となる。
道路陥没・堤防決壊 予兆捉える
■安全で強靱な社会の実現
道路の深部空洞や長大な堤防の弱部は、従来の手法では早期発見が困難なインフラ災害リスクだ。「深部型路面下空洞探査車」と「ダークファイバーを用いた堤防監視技術」は、それぞれの“壊れ方”を理解した上で、災害の予兆を的確に捉える新たな“測り方”である。これらを含めたさまざまなDX(デジタル変革)技術の活用によってインフラの状態を常時・広域監視することが標準となり、将来にわたって災害に強い安全で強靱(きょうじん)な社会を構築できることが期待される(図2)。
