-
業種・地域から探す
続きの記事
非破壊検査・計測・診断技術
インフラを「つくる」時代から「つかう」時代へ
【執筆】 城西大学 学長 東京大学 名誉教授 横浜国立大学 名誉教授 藤野 陽三
わが国では更新時期を迎えたインフラが急増しており、構造物の維持管理が喫緊の課題となっている。今年1月には埼玉県八潮市で道路陥没事故が発生し、人命が失われた。インフラを「つくる」時代から「つかう」時代へ転換する中、非破壊検査技術の発展や教育の確立が求められている。
実験室からフィールド中心の研究へ
筆者は1980年代前半に東京大学橋梁研究室へ招かれた。同研究室には大規模な風洞実験施設(大型風洞)があり、大型橋梁の耐風性の検討などを担当した。吊り橋、斜張橋、桁橋などの模型の設計や模型全体の剛性や挙動を確認した。
その数年後、「歩道橋で人が大勢渡ると桁が横揺れし困っている」という相談が寄せられ、現場へ向かった。当初は群集が通ると桁が横揺れし、その原因は不明だった。しかし、上からその振動を撮った映像を確認した結果、「歩行者の同期歩行」が原因と判明した。この経験から現場での計測の重要性を強く認識し、結果をまとめて国際誌に論文として発表した。
映像で確認した経験から、実際の橋ではさまざまな興味深いことが起きていると感じ、筆者は研究室や実験室中心の研究からフィールド中心の研究にシフトした。
10年頃まで続いた、橋を「つくる」時代では、地震や風などによる振動を計測するシステムを橋に組み込んでもらった。土木では新しい計測法を持ち込み、既存の橋やその部材の振動を計測。そのデータから橋の新しい挙動・性能の検出に関わる研究成果を数々の論文としてまとめた。それにより、「インフラモニタリング」という新しい分野が世界的に認知されている。
わが国もインフラを「つかう」時代に突入しており、研究や大学の教育も変革を迫られている。
道路陥没事故
-
八潮市の陥没事故現場(草加八潮消防提供)
今年1月、埼玉県八潮市で道路陥没事故が発生した。トラックが落下し、運転者が亡くなる悲惨な事故となった。道路陥没事故は毎年2000件以上も発生しているが、人命損失につながったのはこのケースが初めてとなった。また、3月には韓国でも類似した事故が発生し、オートバイの落下によって人命が失われている。
八潮市の事故では埼玉県に事故原因究明委員会が設置され、筆者が委員長に指名された。事故現場の直下10メートルには建設されて42年経過する径5メートルのコンクリート製下水管があり、その中を流れる汚水の硫化水素によって下水管が腐食し、管の上部に穴が開いた。そこに土砂が流れ込んだというのが事故の発端だ。数年をかけて地中の空洞が大きく成長し、路面陥没に至った。
従来鋼材やコンクリートの中の損傷検知に関する多様な研究が行われており、今回の事故は地中の損傷という新しい課題を提示した。従前から電磁波を使った地中探査法はあるが、さまざまな制約から深さ2メートルまでが限界だった。5年に一度の点検で大きな事故につながる空洞を検出するためには、約5メートルの深さまでの状態がわかる必要がある。今後の技術開発に期待したい。
日本—進む「インフラ劣化」/新技術—公的機関に“検証の場”
非破壊検査法は多様なニーズの中で発展する。わが国は地震や洪水などの自然環境が厳しく、高温多湿な気候の中でインフラの劣化が進みやすい。このような厳しい状況の中に置かれるわが国は性能評価(劣化検出)のニーズが高い。
新しく開発された技術は、実際のインフラで検証されなければならず、そのような場を国などの公的機関が提供し、開発技術を試す、検証できる場を提供する必要がある。そのことが、開発者の主体である民間企業や大学といった研究機関の開発意欲を高めるに違いない。
「つくる」時代から「つかう」時代に変わった今、新しい技術体系に変え、大学の土木教育の中身も変わる必要がある。中でも、既存インフラの性能を知るための非破壊検査技術は重要であり、わが国がこの分野の技術で世界をリードするために何をするべきか、考えを詰めていきたい。
