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非破壊検査・計測・診断技術
スマートフォンを用いた路面平たん性評価の道路パトロール業務への適用
【執筆】 千葉大学大学院 工学研究院 教授 丸山 喜久
筆者らの研究グループは道路パトロール車に設置したスマートフォンで取得する加速度データから、路面の平たん性を簡易に評価する手法を開発し、現場運用の有効性を確認した。
道路インフラの老朽化が進むなか、地方自治体における維持管理の効率化が課題となっている。特に舗装路面の点検は橋梁やトンネルと比べて実施率が低く、小規模自治体では技術職員の不足から定期的な目視点検すら難しい場合が多い。こうした現場の実情を踏まえ、筆者らの研究グループはスマートフォンの加速度センサーを利用して路面の平たん性を簡易に評価する手法を開発し、福岡県直方市で実証実験を行った。
日本の道路は高度経済成長期に整備されたものが多く、更新時期を迎えたインフラが急増している。国土交通省は2014年に道路橋やトンネルの定期点検要領を定め、5年ごとの近接目視点検を義務づけたが、舗装については同様の枠組みが十分に整っていない。
舗装路面の性状を表す維持管理指数(MCI)は全国的に使われているものの、測定には高価な路面性状測定車が必要であり、1キロメートル当たり数万円の費用がかかる。このため市町村レベルでは定期的な測定が難しく、結果として劣化の早期発見が遅れることが多い。予防保全の考え方を実現するには、安価で簡便、かつ継続的に実施できる点検手法の確立が求められている。
当研究グループでは車載スマートフォンで計測した上下加速度と全地球測位システム(GPS)の位置情報をもとに、路面の平たん性を定量的に評価する数理モデルを構築した。既往研究に基づくロジスティック回帰モデル(ロジットモデル)を採用し、路面の国際ラフネス指数(IRI)が1メートル当たり12ミリメートル以上となる区間を「不良」と判定する確率を算出する。説明変数には平均加速度振幅や車両の走行速度などを用い、モデルの識別性能を示す「AUC」は0・87と高い精度を示した。
実証実験では、直方市の道路パトロール車にスマートフォンを設置し、日常の道路パトロール中に自動的に加速度と位置データを記録した。データは携帯電話通信網を通じて研究チームのサーバーに送信され、10メートル単位で平たん性の良否を解析できる仕組みを整えた。
17年8月から18年2月にかけて、直方市内で合計76回のパトロールデータを取得した。解析結果を月ごとに集計し、路面の平たん性が不良と判定された区間の割合を「不良判定率」として算出した。
これを市が実施したMCIと比較したところ、MCIが3未満の区間、すなわち早急に修繕が必要な区間の約7割で不良判定率が0・9—1・0と高く、スマートフォンによる判定結果がMCIと整合していることが確認された。
一方で、MCIが5を超える良好な区間では、不良判定率が0・0—0・4の範囲に約7割が集中し、健全な路面を正しく識別できていることが分かった。ただし、走行速度が高い場合には判定精度がやや低下する傾向があり、パトロール時の走行条件が結果に影響することも示された。
この手法の特徴は特別な機器や専門知識を必要とせず、通常のパトロール業務に付加できる点にある。スマートフォンを車両に固定して走行するだけでデータが自動的に収集・解析され、職員の負担を増やすことなく定期的なモニタリングが可能となる。限られた人員でも予防保全型の維持管理を実現できる可能性が高く、得られた結果を基に不良区間を優先的に詳細調査や補修に回すなど、一次スクリーニングとしての活用も期待される。従来のMCI測定車による調査の効率化やコスト削減にもつながる。
今後は自治体の運用現場での実効性を高めるため、ロジットモデルのチューニングなど現場のニーズに即した精度の調整を進める予定だ。
また、平たん性だけでなく、ひび割れやわだち掘れなど他の劣化要因の評価も可能にするため、車載カメラ画像の解析技術の検討も行っている。スマートフォンを用いた路面性状評価手法は、地域の道路管理を支える現実的で持続可能な技術として注目される。
地方自治体が独自に継続可能なインフラ点検を行えるようになることは、老朽化が進む社会基盤の維持管理のあり方を示すものであり、本研究と同様の取り組みの普及が期待される。
