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第54回 日本産業技術大賞
「第54回日本産業技術大賞」(日刊工業新聞社主催)の受賞4件が決まった。最高位の内閣総理大臣賞には自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター、NTTデータ、NTTデータグループ、ゼロボード、dotDの「『ウラノス・エコシステム』による自動車および蓄電池サプライチェーン企業間でのデータ連携サービス」が、文部科学大臣賞には宇宙航空研究開発機構(JAXA)、三菱電機、三菱重工業、IHIエアロスペースなど13社による「小型月着陸実証機『SLIM』が輝いた。審査委員会特別賞には日立製作所、日立ハイテクネクサス、日立ソリューションズの「農水産物の輸出拡大に貢献する温度管理サービス『MiWAKERU』」と、鹿島、岡部、丸久、楠工務店の「型枠一本締め工法」の2件が選定された。日本産業技術大賞は革新的な大型技術、システム技術の開発を奨励するため1972年に創設、わが国の産業社会の発展に貢献した技術成果を毎年表彰している。贈賞式は4月2日11時から東京・大手町の経団連会館で開く。
【文部科学大臣賞】小型月着陸実証機「SLIM」
宇宙航空研究開発機構/三菱電機/三菱重工業/IHIエアロスペース/明星電気/シャープエネルギーソリューション/古河電池/コイワイ/日本積層造形/三菱電機ソフトウエア/三菱電機エンジニアリング/三菱電機ディフェンス&スペーステクノロジーズ/菱電湘南エレクトロニクス
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SLIMを載せたH2Aロケットの打ち上げの様子(JAXA・三菱重工業提供)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)や三菱電機などが開発した小型の月着陸実証機「SLIM(スリム)」。地球と重力の異なる天体で降りたいところに降りる技術「ピンポイント着陸」を月で実証でき、日本初の宇宙機での月面着陸を成功させた。米主導の「アルテミス計画」による月面開発や惑星の探査の促進につながると期待される。
「ピンポイント着陸」実証/日本初「月面着陸」成功
着地誤差55m
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SLIM月面着陸時の記者会見(JAXAの山川宏理事長、国中均所長、藤本正樹副所長=写真右から)
スリムは2023年9月に大型基幹ロケット「H2A」47号機に搭載され、JAXA種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)から打ち上げた。24年1月に月面着陸に挑戦、着地した場所と予定地の誤差は約55メートルしかないピンポイント着陸に成功。探査機が着地予定地から100メートル以内に月へ着陸したのは世界初だった。
だが2機搭載していたメインエンジンのうち1機が離脱し、姿勢を崩しながら着陸。想定とは異なる逆立ちした姿勢で着地し、スリムの太陽光パネルに光が当たらずに発電できない日が続いた。JAXAの坂井真一郎スリムプロジェクトマネージャは「月面着陸時のスリムの様子を把握した時に、電源が動くうちになんとか着陸時のデータなどを収集できないかと必死だった」と振り返る。
極寒耐えデータ送る
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SLIMが月を飛行(イメージ=JAXA提供)
幸いにも太陽の位置によって太陽光パネルに光が入ることが分かり、再充電できるだけでなく月面の写真撮影なども可能になった。一方で月面での夜と昼はそれぞれ約14日間で、表面温度は夜がマイナス170度C、昼は100度C以上になる。スリムはこうした極限の環境に耐えられる設計にはなっていないが、極寒の夜を越える「越夜」に3回成功。多くのデータを取得し、地球に送った。
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SLIMの実機(JAXA・三菱電機提供)
日本初の月面着陸に成功したスリムの功績は大きい。ピンポイント着陸については、着地した場所と予定地の誤差が約55メートルでありメインエンジンが離脱しなければ数メートル程度しか離れていなかったとみられる。この技術のカギとなるのは、画像照合航法を用いた自律的な航法誘導制御システム。スリムに搭載したカメラで月面を撮影した写真を処理し、事前に用意した月の地図と照合することで自律的に自身の位置を確認できることで精度よく着陸位置を決められた。JAXAの山川宏理事長は「ピンポイント着陸は月探査に必須。今後に向けた大きな一歩となった」と語った。
メインエンジンの離脱についても考察しており、スリムを軽量化するために推進薬の消費とともに供給圧力が低下する「ブローダウン方式」を採用したことに注目。メインエンジンと姿勢制御を担う多数の補助スラスターが噴射するタイミングが重なって推進薬が異常燃焼し、メインエンジンが破損・離脱したことが分かった。JAXA宇宙科学研究所の国中均所長は「スリムの活躍に点数を付けるなら100点満点中69点」と厳しめだが、日本初の月面着陸の達成に笑顔を見せた。
中小の技術搭載
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変形型月面ロボット「SORA-Q」が撮影した月面。月面に着陸したSLIMは、逆立ちしている状態だった(JAXA、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学提供)
スリムはJAXAと三菱電機を中心に開発・製造が行われたが、それ以外にも多くの企業の技術が搭載されている。IHIエアロスペース(群馬県富岡市)は姿勢制御やピンポイント着陸を支えるスラスターを製造し、シャープは薄型の太陽光パネルを作製した。中小企業も多く関わっており、コイワイ(神奈川県小田原市)やテクノソルバ(神奈川県藤沢市)、オービタルエンジニアリング(横浜市神奈川区)などはスリムが月に着陸する時に接地点となる5カ所に取り付けた衝撃吸収材を開発した。効率よく着陸時の衝撃を吸収できるように計算し、金属3Dプリンターで一層ずつ重ねて形作る技術でアルミニウムの網目状構造を作り込んだ。国中所長は「スリムの開発に関わってくれた多くの企業に感謝したい」と述べ、感謝状を送った。
米主導の「アルテミス計画」により、多くの国が月面を目指した宇宙開発を進めている。これまでに米国はアポロ計画で人類を月に送っており、50年以上ぶりに再び人を月面に立たせる計画だ。日本もアルテミス計画の一環で米国に対してJAXAとトヨタ自動車が開発中の月面与圧ローバーを提供する代わりに、日本人宇宙飛行士を月に送る約束がなされている。
米国だけでなくロシアや中国、インドが宇宙機を月に打ち上げて探査を進めている。月には水などの資源があるとされており、将来的に人類の活動拠点になりうるため月面開発に取り組む国が増えている。
日本ではスリムだけでなくispace(アイスペース)の月着陸船が月面着陸を目指し、6月にも2回目の挑戦を行う。スリムの構築した技術は将来的に月などの重力天体への着陸に生かされるだけではない。JAXAの坂井プロマネは「スリムの技術をアイスペースに提供することも検討している」と明かす。
スリムの成し遂げた成果は世界からも評価され、日本の精密なモノづくりが宇宙開発を切り開いてきた。今後はJAXAだけでなくベンチャーを含めた企業も月を目指す時代となっており、スリムを支えた個々の企業の技術も生かされるだろう。