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発明の日
「他社営業秘密」の不正流入リスクと知財観点からの対策
【筆者】KSIパートナーズ法律特許事務所 弁理士 石本 貴幸
近年、特許出願はピーク時の年間約45万件に比べて、約30万件にまで減少している。しかし日本企業の研究開発費は減少しておらず増加傾向にある。このことから技術情報の公開を伴う特許出願ではなく、技術情報の秘匿化を選択する企業が増加していると筆者はみる。さらに近年の雇用の流動化などに伴い、元従業員が転職先に営業秘密である自社の技術情報を不正に持ち出す事件も顕在化し、その対策を行う企業も多くなっている。
営業秘密の概要と侵害に伴う法的リスク
営業秘密として法的保護の対象となる情報は、不正競争防止法に基づき①秘密管理性(秘密として管理されていること)、②有用性(事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること)、③非公知性(公然と知られていないこと)の三つの要件を全て満たす必要がある。
そして「営業秘密の侵害」とは、営業秘密の不正開示や不正開示された営業秘密の使用などを指し、営業秘密の侵害者には民事的責任や刑事的責任が課せられる。民事的責任とは使用の差し止めや損害賠償であり、刑事的責任とは罰金刑や拘禁刑である。さらに法人であれば両罰規定により罰金が科される場合もある。
また「特許権侵害」では刑事事件がほぼない一方、「営業秘密侵害」では刑事事件が多数存在し、執行猶予がつかずに懲役刑(拘禁刑)が科された個人や数千万円の罰金刑が科された法人もある。
転職に伴う営業秘密の不正流出と不正流入
従業員の転職に伴い営業秘密が流出すると、流入先はその従業員の転職先企業である可能性が高い。仮に転職先企業に営業秘密が不正流入し、転職先企業がそれを使用したとすると、転職先企業も民事的責任や刑事的責任を負う可能性がある。つまり転職に伴う営業秘密の不正流出と不正流入は表裏一体なのだ。
転職者のうち、役職者が営業秘密を不正流出させる事件も多い。その理由は役職者は転職先でも相応の役職が与えられ、早期の成果を期待されるためと考えられる。また役職者は営業秘密に対するアクセス権限が一般従業員よりも多く、営業秘密の価値の理解も深い。さらに役職者の営業秘密に対する意識が低い可能性もある。
このような人物が転職先に前職企業の営業秘密を不正に持ち込んで開示すると、転職先企業にとって多大な影響を与える犯罪となるケースがある。
転職に伴う「営業秘密」の流入事例
転職者による営業秘密の不正流入事件を二つ紹介する。
【塗料配合情報事件】
塗料メーカーA社の部長経験者であるNが、塗料の原料や配合量の情報を転職先であるB社へ持ち出し、B社がこの情報を使用した塗料を製造販売した事件。Nは懲役2年6カ月(執行猶予3年)および罰金120万円が科されている。B社はA社へ3億円以上の和解金を支払うことになり、当該塗料の製造販売も停止したようである。
【回転すし原価情報事件】
回転すしチェーン店であるE社からF社へ転職したX(後に社長に就任)が、E社の原価情報などをF社で開示し、F社の商品本部長であるYに指示して分析・使用させた事件。この事件では、Xが懲役3年(執行猶予4年)および罰金200万円となっただけでなく、F社の従業員であるYまでもが懲役2年6カ月(執行猶予4年)および罰金100万円となっている。またF社も罰金3000万円となっている。この事件は、前職企業の営業秘密を持ち出した転職者だけでなく、転職先企業の従業員までもが刑事罰を受けており、転職先企業にとって最悪の事態と言っても過言ではないであろう。
不正流入を防ぐための実効性ある対策案
以上のような事件の発生を防ぐためには、次のような対策が考えられる。
①採用・入社時の誓約書―前職企業の営業秘密を持ち込まない旨の署名を中途採用者に求める。
②社員研修―自社の営業秘密を守るだけでなく、他社の営業秘密の不正使用も違法であり、中途採用者から前職企業の営業秘密を聞き出すことも適切ではない、という認識を社内で共有する。
③社内相談制度―中途採用者が前職企業の営業秘密を自社で開示したり、使用を促す指示をされたりした場合に従業員が相談し、対応する窓口を法務部や知財部に設ける。これにより、回転すし原価情報事件のように既存の従業員が刑事罰を受けるという事態を回避する。
④知財活動を介した検知―中途採用者が入社間もなく発明などを提示した場合、知財部がその創出過程を確認する。自社での開発や実験の形跡がないなどの不自然な点があれば営業秘密の不正流入を疑う必要がある。このために知財部は、特許出願する発明だけでなく秘匿化する発明も一元管理することが好ましい。
過剰反応を抑制する必要性も
これらの対策を講じ、営業秘密の不正使用の理解が深まるとその反動で過剰反応する者が現れ、中途採用者が前職の企業などで培った「一般的な知識・技能・経験」までも制限されかねない。前職で得た知識であっても、例えば公知の技術情報や属人的な技能、経験といったものは営業秘密には当たらない。前職企業の営業秘密は先ほど述べた3要件を全て満たす情報であり、そもそも転職先企業に何も持ち込まなければ営業秘密侵害を意識する必要は多くないであろう。
過剰な反応は中途採用者を萎縮させ、本来の能力の発揮を妨げることになり、最悪は退職を招く恐れもある。「他社の営業秘密」と「活用すべき転職者の能力」を適切に切り分けて判断する体制を整え、中途採用者を萎縮させることなく能力を発揮できる環境を整えることが必要である。
