-
業種・地域から探す
続きの記事
発明の日
ブランド強化のための知財戦略
【執筆】大阪経済大学教授 眞島 宏明
1964年兵庫県生まれ。弁理士としても30年以上にわたり知財実務に携わる。著書・共著に『新版・商標法コンメンタール』(勁草書房)など。
ブランド構築を支える商標登録
製造技術の進歩によって製品の品質は高度化し、各社の品質は拮抗している。新技術で特許権を取得していれば自社だけがその製品を独占できる。しかし、伝統的で改良余地の少ない製品の業界では、画期的な特許発明は生まれにくく、他社との差別化に苦労する。そこで注目すべきが自社ブランドの構築だ。そのカギとなる「商標登録」について解説する。
信頼獲得の集積 道のり険しく
ブランドの構築の過程は、消費者や取引業者からの信頼の獲得の集積であり、長期戦になると思っていいだろう。まずブランドの育成には製品の確かな品質や良好なデザインが必要なことはもちろん、アフターサービスの充実や広告戦略、さらには企業の社会貢献なども影響する。その道のりは、容易ではない。
消費者や取引業者の立場からすれば、ブランドは製品の目印であり、ブランドを象徴するのがネーミングや図形マークといった商標である。商標は特許庁に出願し、審査をパスすれば商標登録されて独占使用できるようになる。独占使用が確保されて初めてブランドに消費者や取引業者からの信用が徐々に蓄積されるのだから、商標登録はブランド構築の大前提にほかならない。
2024年に特許庁が受理した商標の出願件数は15万8792件。19年の約19万件以降、減少傾向にはあるものの、それでも今なお高水準を維持している。商標を出願する際は、その商標の使用を想定する商品やサービス(役務)を指定する。商標権の効力範囲も商標と指定商品(または指定役務)との両面から画される(図)。
商標の使用実績を重視する「使用主義」をとる米国とは異なり、日本の商標法は登録により権利が発生する「登録主義」を基調とする。そのため、いまだ使用していない商品や役務であっても商標登録ができる。つまり将来的なブランド展開を見据えて、指定商品・役務の範囲を広げてあらかじめ権利を確保することも可能だ。
特許庁では商標法が規定しているさまざまな登録要件を審査する。要件の一つに商標の「識別性」があり、指定商品の一般名称や品質表示などは、識別性がないとして登録は拒絶されてしまう。またたとえ識別性がある商標でも、登録は「早い者勝ち(先願主義)」のため、既に登録されている他社の商標権と重複するものは登録ができない。
識別性・類似性 弁理士の判断不可欠
ただし令和5年改正法での商標の「コンセント(同意)制度」導入により、類似する他社の商標であっても、先行登録商標の権利者の「同意」があり、かつ混同が生じないと判断された場合は、重複登録が認められるようになった。25年4月、酒造会社による商標「玻璃(はり)」が同制度を利用した登録第1号となっている。
同様にブランドのネーミングや図形マークを案出する際も、商標登録が可能か否かのチェックが欠かせない。加えてドメイン名の取得可能性についての確認も必要であろう。商標の「識別性」や先登録商標との「類似性」の判断では微妙なケースも多く、極めて高い専門性を要するが、ここにも近年、生成AI(人工知能)が浸透してきている。
対象となる商品を特定した上で、識別性が肯定される新たなブランドを作るよう指示を与えれば、AIが商標の候補を幾つか提案してくれる。そのほか他社の商標との類似性も判断してくれる。発明・特許とは異なり、商標には「人間による創作性」は必要とされず、AIが作った商標を登録することも商標法上、問題はない。
こうしたAIの活用で、商標業務が効率化されることは間違いないものの、現段階ではAIの過信は禁物である。識別性や類似性について、専門家である弁理士の最終判断はやはり不可欠であろう。
商標権の存続期間は登録日から一応10年間であり、その後10年ごとに何度でも更新登録ができる。特許権が出願日から20年間の有限であるのに対し、商標権は半永久的だ。そう考えると、ブランド構築を支える商標権の財産的価値は、想像以上に大きい。
メーカーの知財戦略と知財情報サービス
日本企業が海外進出する上で、忘れてならないのが「知財リスク」への備え。日本企業のグローバルな模倣被害の総額は3兆1653億円にも及ぶと推計されており(特許庁「我が国法人の産業別模倣被害推計調査2021年度」)、逆に海外企業から知財訴訟を起こされるケースもある。そんな中、守りと攻めの知財戦略を展開する日系メーカーと、日本企業の知財経営を支える知財情報サービス業界のそれぞれの取り組みを紹介する。
守りと攻めの知財戦略
-
中国の商標ブローカーが無断で製造・販売したドライヤー(MTG提供) -
中国の商標ブローカーが無断で製造・販売した洗顔ブラシ(MTG提供)
名古屋市に本社を置くMTGは、事業ビジョンに「VITAL LIFE」を掲げ、ビューティー、ウェルネス領域のブランド開発カンパニーとして多くのブランドを生み出してきた。これまでに出願した特許・商標・意匠は累計7000件(2026年時点)を超える。
そんな同社だが、10年に中国市場へ参入後、現地の商標ブローカーに商標を出願・登録される、いわゆる「悪意の商標出願」との戦いにも直面してきた。標的とされたのは美容ブランド「ReFa(リファ)」の商標である。
商標ブローカーは、同社が出願していなかったドライヤーやヘアアイロンの商品カテゴリーで商標を先回りして登録。商標は商品カテゴリーごとに権利を取得しなければならないが、その隙を突かれたかたちだ。商標ブローカーは「ReFa」商標を付したドライヤーなどの商品を中国国内で製造・販売もしていた。
MTGは、現地で無断登録された商標を無効にする手続きを進めたのち、不正競争防止法違反などで商標ブローカーを提訴。23年に勝訴を勝ち取った。中国での商標法と不正競争防止法の19年の法改正も、追い風になったとみられる。
現在、MTGコーポレートサイトでは、模倣品に関するネガティブ情報とともに、模倣品を抑えるための訴訟事例や逮捕・摘発事例といった情報も、一般消費者などに向けて積極的に公開する。模倣品に対する企業の強い姿勢を示す狙いだ。
同社知的財産本部の實川一誠本部長によると、消費者では見分けが付かないほど巧妙に模倣されたコピー品が近年出回っており、同社で点検してようやく偽物であることが判明するケースも多いという。「小口輸入やフリマサイトの広がりもあり、消費者への直接的な働きかけの重要性はより増している」(實川本部長)。
商標情報検索サービス好調
-
「Brand Mark Search」のAI類似画像検索画面(日本パテントデータサービス提供)
知財情報の検索や分析、調査などのシステムを提供し、企業の知財戦略を幅広く支えるのが知財情報サービス業である。業界のけん引役を担う日本パテントデータサービス(JPDS・東京都港区)は、特許・実用新案・意匠・商標の4法を柱とした各種サービスを展開。中でも現在好調なのが、海外商標に関連する商品だ。
商標情報検索サービス「Brand Mark Search」は、国内のみならず中国や台湾、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、米国、欧州(EU)など18の国・地域の商標情報を網羅する。商標の収録データ数は1億4000万件を超える。
加えてJPDSでは企業のブランディング支援の一環として「海外商標調査」サービスも行う。仲田正利社長は「(海外商標に関する)現地の見解や意見へのニーズの高まりを感じる」と語る。
元来、商標の類似性は①称呼(発音)②外観③観念(イメージ)の3点から総合的に判断される。だが海外商標の場合、発音やイメージに日本と海外とで感覚のズレが生じ、日本人には理解できない微妙なニュアンスもある。
そこでJPDSでは、各国・地域の弁理士や弁護士ら専門家の協力のもと海外商標の現地調査を実施。発音や意味合いも含めた詳細を「オピニオンレポート」にまとめて企業に提供している。
仲田社長は今最も注目するエリアとして、23年に知的財産庁が設立し、知財の法整備がようやく進みつつあるミャンマーを挙げる。同国では24年5月に新商標法に基づく初の公報を発行したばかり。「特許庁がこれまでなかったミャンマーでは公的文書も少なく、新聞や雑誌、そういったところから過去データを全部集めていかないと」。その言葉に、強い意欲をにじませた。
