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エネルギー産業
エネルギー転換期における化石エネルギー資源開発の方向性
【執筆】 九州大学大学院 工学研究院 地球資源システム工学部門 教授 菅井 裕一
環境省によれば、わが国の2023年度における温室効果ガス(GHG)排出量は13年度比で約23・3%減の10・71億トン(CO2換算)だった。この削減には再生可能エネルギーの普及および原子力発電所の再稼働により、石炭火力発電への依存度が低下したことが大きく寄与している。しかしながら気候行動トラッカー(CAT)では、この方策をこのまま継続しても日本政府が掲げる13年度比46%減の目標達成は不可能と判定されており、現実的には38%減程度であると見込まれている。さらに、気候変動に関する政府間パネルのいわゆる1・5度C目標を達成するためには、30年までに13年度比で60%以上のGHG排出量削減が必要とされており、わが国のGHG排出量の削減は楽観できる状況にはない。
燃える氷—日本 豊かに存在
天然ガス/安価・安定的な供給体制急務
第7次エネルギー基本計画では、さらなるGHG排出量の削減を目指し、40年度には再生エネの比率を40—50%(23年時点で約22・9%)、原子力の比率を20—22%(同約8・5%)まで増やす方針が立てられている。40年までにエネルギー構成比率は大きく転換することが予想されるが、それでもなおエネルギー供給の約3—4割は化石燃料に頼らざるをえない。化石燃料の開発・利用においては再生エネや原子力に比べてGHGの排出量が大きい分、削減ポテンシャルも大きい。
すなわち、化石燃料の開発・利用に関する新たな技術開発により大幅なGHG排出量削減が期待できる。そのため、わが国の安定したエネルギー供給とGHG排出量削減において、化石燃料の開発・利用に関わる技術開発は極めて重要である。
同じ化石燃料であっても、天然ガス火力における単位発電量当たりのGHG排出量は石炭火力の約6割程度であり、天然ガスは比較的環境に優しい化石燃料として知られているが、価格高騰により、わが国では石炭火力発電の比率(23年度で31%)が天然ガス火力発電の比率(同29%)に比べて高い状況が続いている。
天然ガス火力は石炭火力に比べて水素との混焼が容易とされており、その混焼率も高く(体積比で約30%)設定できることからCO2排出量の大幅な削減も期待できる。これらのことから、火力発電における天然ガス火力の比率を上げることが、即効性のあるGHG排出量削減対策として現実的な方策であり、天然ガスを安価で安定的に供給する体制の確立が重要である。
メタンハイドレート/未開発・未利用開発の技術蓄積
わが国は、いわゆる在来型の天然ガス資源には乏しいものの、非在来型と呼ばれる未開発・未利用の天然ガス資源のポテンシャルを持つ。例えば、日本近海の海底下には相当量のメタンハイドレートが賦存している。とりわけ愛知・三重県沖だけでも日本の天然ガス消費量の約10年分に相当する1・1兆立方メートルのメタンガスがハイドレートとして賦存していると言われている。
現在、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)、産業技術総合研究所(産総研)ならびに日本メタンハイドレート調査(東京都千代田区)の3者が中心となって構成されるMH—21—S研究開発コンソーシアムがメタンハイドレートの商業生産実現に向けた技術開発に取り組んでいる。同コンソーシアムは24年度までに米アラスカ州でのメタンハイドレート長期陸上産出試験を完遂するなど、着実にわが国におけるメタンハイドレート開発のための知見や技術を蓄積している。
日本近海のメタンハイドレート開発では、メタンハイドレート層を減圧してガスと水に分解し回収する減圧法が検討されている。その実用化のためにはいくつか課題が残されているが、特にガスや水とともに細粒砂が坑井に流入して生産障害をもたらすことが課題となっており、その対策が研究されている。
コールベッドメタン/石炭に吸着し存在 豊富な資源量
また、同じくわが国の非在来型天然ガス資源としてコールベッドメタンが挙げられる。コールベッドメタンとは石炭層中の微細な孔の中に、石炭に吸着して存在する天然ガスである。石炭層に掘削した坑井を通じて石炭層中の水をくみ上げ、石炭層内の圧力を低下し天然ガスを石炭から脱着させ回収する。
かつて石炭産業が盛んであったわが国には、石炭開発に関わる膨大な資料が蓄積されており、石炭層中に賦存するコールベッドメタンの開発に際して、あらためて調査・探鉱する必要性が小さく、開発に着手しやすい利点がある。前述したように、コールベッドメタンは石炭に吸着して存在するため、その埋蔵量を正確に把握することが難しいものの、石炭そのものはわが国にも豊富に埋蔵されていることから、一定量のコールベッドメタンの埋蔵が期待できる。
技術的・経済的に採掘可能な国内の石炭埋蔵量は約1億トン未満とされているが、コールベッドメタンの回収を想定した場合は石炭として採掘することが難しい資源量も開発の対象に含めることができ、国内には約200億トンの石炭資源量があると言われている。
04—07年に北海道夕張市で実施されたコールベッドメタンの実証試験では、石炭1トン当たり約2—8立方メートルのコールベッドメタンが含まれていると評価されている。単純にこの数値を前述した国内の石炭資源量に当てはめれば、日本の天然ガス消費量の約1—2年分に相当する天然ガスが国内の石炭層中に賦存していることになる。
一般に石炭層は透水性が極めて低いため、地層水をくみ上げても減圧の効果が小さく、石炭に吸着している天然ガスを十分に脱着させられないため回収率が低いことが課題として挙げられる。そのため、石炭への吸着性がメタンよりも大きいCO2を石炭層中に圧入し、石炭からのメタンの脱着を促進して増進回収を図るECBMR(図1)が研究されている。
ECBMRは天然ガスの増進回収だけでなく、CO2を地下に固定することもできるため、実用化が期待されている。一方でCO2が石炭に吸着すると石炭自体が膨潤し、石炭層中のガスや水の流通経路が狭まってしまうため、CO2の圧入や天然ガスの生産が困難になることが課題であり、技術開発が行われている。
このほかにも、石炭層や石油貯留層に地上から酸素を注入し、地下で石炭や石油を燃焼させ、高温条件下における各種化学反応により水素やメタンなどの燃料ガスを生成させて地上に回収する技術(図2)についても研究が進められている。
このように、エネルギー転換期における化石エネルギー資源の開発・利用形態として、同じ化石燃料であっても石炭や石油そのものを採掘して利用するのではなく、より環境負荷の小さいガスに転換して利用することが今後進められていくだろう。そのための課題解決に向けた研究開発に期待したい。