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建設産業
グリーンインフラを活用した課題解決
【執筆】東急建設 土木事業本部 技術統括部 環境技術部 環境保全グループ 宇田川 湧人
近年、気候変動の影響で自然災害が激甚化・頻発化する中、インフラ整備のあり方が問われている。グリーンインフラは自然環境が持つ多様な機能をインフラ整備に活用する考え方であり、さまざまな社会課題の解決に向けてその社会実装が期待される。
評価・設計手法
社会課題の解決に向けて期待されるグリーンインフラは、自然機能の不確実性ゆえに評価・設計手法が確立されていない点が課題だ。当社は実証的な検証と定量的な評価を重ね、この課題に対する取り組みを進めている。
自治体が定める雨水流出抑制基準に対して、グリーンインフラがどの程度の効果を発揮できるのか、その具体的な数値を示すことは困難だ。そのため、建設業界からの提案は積極的とは言えず、自治体などの発注者側も導入の判断が難しい状況が続く。
この状況を打開するには、実際に整備されたグリーンインフラの性能データが必要だ。当社はこの課題解決に向けて、複数の実証実験を並行して進めている。ここではそれらの取り組みについて紹介する。
18年/基礎実証の開始
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グリーンインフラ実証施設
当社技術研究所(相模原市)では、2018年にグリーンインフラ実証施設を設置した。施設内には、太陽光発電による電気で駆動するポンプによって雨水を循環させる水辺ビオトープを配置した。「貯める」「使う」「自然に還す」という水循環の機能に加え、「生き物が棲む・育つ」という生物多様性保全の視点も重視した実証実験を行った。その成果として、水辺環境の指標種であるヘイケボタルの4年連続にわたる累代飼育に成功し、防災機能と生物多様性保全の両立を確認した。
蓄積したノウハウを生かし、20年には技術研究所の建物中庭を、雨水を貯留・浸透させる庭園形式の設備である雨庭に改修した。建物屋上に降った雨を集水し、植栽の灌水として再利用することで、中庭という閉鎖空間における雨庭の創出と景観の向上を試みた。
22年/都市エリアでの実践的検証
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レインガーデン -
バイオスウェル
22年からはより実践的な検証として、東京都町田市の商業施設「グランベリーパーク」においてレインガーデン(約100平方メートルの雨庭)と、植生を活用した浸透側溝であるバイオスウェルの効果測定を開始した。
東京農業大学の福岡孝則教授、東急、東急設計コンサルタント、ヴォンエルフの4者との共同実証により、地下に設置された雨水貯留槽と連動するシステムで雨水の流れを定量的に把握し、設置後の性能データのモニタリングに成功している。
この取り組みは23年度に国土交通省のグリーンインフラ創出促進事業に採択された。約30平方メートルの貯水面を持つレインガーデンで毎時約2・5立方メートルの浸透量を実測し、国交省を通してその成果が公開されている。
24年/里山フィールドでの多面的検証
24年からは検証フィールドを都市近郊の里地里山に広げ、湿地環境が持つ多面的な機能の検証を開始した。商業施設における実証が雨水流出抑制といった防災面に重点を置いているのに対し、里地里山では湿地創出によって発揮される洪水調整機能と生物多様性保全への寄与度を併せて検証している。
具体的には、①自動撮影カメラ②環境デオキシリボ核酸(DNA)分析(環境中に存在する生物由来のDNAを分析し、生息している生物種を検出する技術)③植生調査-を組み合わせ、生態系の変化について詳細な調査を行っている。環境DNA分析は新しい技術であり、いまだ技術的な課題も多い。
しかし、実用的なコストで種数などの生物多様性の実測値を得られる手段として注目しており、当社では技術的な検証も行なっている。このような定量的なアプローチにより、湿地創出による防災と生物多様性保全の両面の効果を、具体的な数値として示すことを目指している。
その他の取り組みと将来展望
当社は「もっとそばに、グリーンインフラ」をコンセプトとした特設サイト「トコミドリ」を開設している。社内に散在していたグリーンインフラに関連する技術情報や事例を集約し、自然と人、専門家と非専門家、企業と地域社会など、さまざまな関係性の距離感を縮める取り組みを展開する。
その一環として、都立公園で子ども向けの「生き物観察会」を東京都公園協会と共催している。この取り組みは12年に「生物調査データを活用し低コストで遊びを通じて楽しく学ぶ」をコンセプトに始まった。コロナ禍ではオンライン形式で実施するなど臨機応変に形態を変え、13年間継続している。
近年は公園の防災効果を伝えるためにアスファルトと公園土壌の雨水浸透能を比較するプログラムや、公園内に水辺ビオトープを整備して水生生物の観察の場を提供するプログラムを実施し、地域の子どもたちにグリーンインフラの機能を分かりやすく伝える工夫を重ねている。
現在、建設業各社でさまざまな取り組みが行われており、グリーンインフラの性能データが蓄積されていくと思われる。一方で、自然機能の不確実性により、ある場所で取得した性能データはそのまま他の場所に適用できないという課題が存在する。これが、評価・設計手法の確立並びにその標準化における大きな障壁となっている。
また、人口減少と頻発する災害による二重被災のリスクが高まる日本において、グリーンインフラを活用した持続可能なインフラ整備は大きな社会課題であり、業界全体での取り組みが求められる。グリーンインフラの社会実装に向けて各主体が情報を共有し、協働することが必要である。
こうした背景を踏まえ、当社は「グリーンインフラ官民連携プラットフォーム」をはじめ、学会や地域連携イベント、他企業や専門家との交流会などさまざまな取り組みを通じて各主体との協働を推進し、グリーンインフラの社会実装に寄与するとともに、今後も一層、防災・減災や生物多様性保全に取り組んでいきたいと考えている。