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医薬品
疾患啓発 新たな治療薬 実用化
製薬企業にとって新薬開発と同様に重要となるのが疾患啓発だ。近年、創薬技術の向上でこれまで治療が難しかった領域や希少疾患で新たな治療薬の実用化が進む。製薬企業は早期診断で早期の治療開始ができるよう、疾患や医薬品の情報発信に取り組む。新しい医薬品のデータに関する丁寧な説明や、情報提供の方法を工夫することで新しい医薬品の適正使用につなげ、患者の利益となるよう尽力する。
独自の抗体技術/4週に1回、皮下投与
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中外製薬のPNH治療薬「ピアスカイ」
中外製薬は2024年5月、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療薬として「ピアスカイ」を国内で発売した。ピアスカイは中外製薬独自の抗体技術を活用して開発したリサイクリング抗体の医薬品で、1分子の抗体が繰り返し抗原に結合するため、一般的な抗体に比べて効果を長時間発揮するのが特徴だ。
PNHは後天的に遺伝子に変異が生じて起きる造血幹細胞疾患であり、日本では指定難病となっている。破壊された赤血球が尿として排出される「ヘモグロビン尿」や血栓症などPNH特有の溶血による症状と、再生不良性貧血といった造血不全症のほか、慢性腎臓病などの合併症を発症することもある。
ピアスカイは既存の医薬品による治療が難しいタイプのPNH患者にも有効とされるほか、4週に1回の皮下投与のため患者の負担も軽減する。筑波大学の小原直教授は「PNHは長期間の治療が必要となる疾患で、通院は大きな負担となる。皮下注射による投与は点滴が難しい患者にとってもメリットとなる」と説明する。また、体重が40キログラムを超えている患者であれば年齢に制限はないことも特徴で、これまで治療が難しかった患者への新たな選択肢として期待される。
中外製薬はピアスカイの発売に合わせ、患者団体や専門医などとの協働のもとPNHの疾患啓発サイトを立ち上げた。症状に関することや、仕事や運動への疑問に関する情報、またどのような治療法があるかなどを掲載する。一般向けの疾患啓発として、PNHへの理解を深めてもらう狙いだ。
副作用DB 刷新/安全性情報を提供
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中外製薬のPNH疾患啓発サイト
また、中外製薬では医薬品の安全性情報の提供も工夫する。医師や薬剤師向けに医薬品の情報を提供するデータベース(DB)「副作用DBツール」を刷新。簡単な操作で、医薬品の副作用や患者の情報、症状が起きやすい時期などが分かりやすく表示される。また、医薬品の添付文書などにもシステム上からアクセスできる。必要な情報を少ない操作で入手でき、より適切な治療につながる。パソコンやタブレット端末で利用可能となっている。
刷新した副作用DBツールは、調べたい医薬品と副作用を入力するだけで、必要な情報が画面に項目として表示される。例えば、処方後にどれくらいで副作用が発生し、その際にどのように対応したか、また年齢や性別、合併症といった患者背景などの項目が表示される。直感的な操作で情報の入手ができる。
こうした情報は全ての医薬品において重要だが、新薬においては特にニーズが高い。ピアスカイのように新しい医薬品は、既存の治療法と比較して情報がまだ蓄積していない。新薬の使用は特に慎重さが求められる中、医薬品の安全性や効果、患者の特徴など、必要な情報がより効率的に得られることで、医薬品の適正な使用につながる。これまでも安全性情報はDBや医薬情報担当者(MR)を通じて提供されてきたが、ツールの刷新により情報の入手が簡便になった。即時性が増し、治療の意思決定や副作用への対応における迅速性向上も期待される。
新薬、根本に作用/医師・患者ー治療の開始選択
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日本イーライリリーの小森 美華 医学部長
アルツハイマー病(AD)治療が転換点を迎えている。これまでのAD治療はいかに症状を制御するかという対症療法に限られた。新薬の登場により、疾患の原因に働きかける治療が可能となり、疾患への向き合い方や治療のあり方にも変化が起きている。
ADは脳内の神経細胞に病気の原因とされるたんぱく質「アミロイドベータ(β)」が蓄積することで神経細胞の脱落を招くことが原因だとされる。米イーライリリーの「ケサンラ(一般名=ドナネマブ)」は、アミロイドβを標的とした抗体医薬品で、これまでの医薬品と異なり病気の根本に働きかける。日本では24年11月に発売された。
日本イーライリリーの小森美華医学部長は「AD治療がゴールについて話し合えるものへと変わった」と説明する。既存治療は症状に対処することが主だったため、治療は患者や家族が受け身になる傾向にあった。ケサンラは原則として投与期間の上限が18カ月とされる。そのため、例えば投与完了時のアミロイドβの除去を目標として設定でき、医師と患者がより一体となって治療に臨むことができる。
さらに「(症状などが)典型的なAD患者ではなくても、診断結果から治療を始めることができる」(小森医学部長)。これまではAD症状が出た段階で、症状に対して治療を開始するのが主流だった。ケサンラのように疾患の原因に働きかける医薬品の登場で、検査によりアミロイドβの蓄積が確認され、ADと診断された時点で治療の開始を選択できる点も大きな変化だ。
新しい医薬品の使用において、効果に加えて安全性も重要となる。アミロイドβを取り除く作用を持つ医薬品を使った際に発生することがある有害事象として、脳内の微小出血が知られ、投与後は特に管理が求められる。小森医学部長は「磁気共鳴断層撮影装置(MRI)検査による管理をどのようにしていくのかなど、安全性の観点も含めて医薬品の特性をしっかり説明する」と話す。
新薬は患者や医師にとって大きな利益をもたらす一方で、既存治療法に比べて情報が不足している。製薬企業は疾患や医薬品への情報発信について、取り組みの強化や工夫を凝らし、医薬品の適正使用に尽力する。