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医薬品(2024年2月)
創薬力の強化や新たな感染症に備えた対応など、オールジャパンの取り組みが始動しつつある。イノベーションの原動力となる創薬エコシステムの構築に向けた民間の動きに歩調を合わせ、政府も成長戦略として推進すべく施策検討を急ぐ。世界有数の創薬国、世界一の病床大国である日本がその優位性を最大限に発揮し、国民が享受できる環境整備へ新たな潮流が生まれつつある。
医薬品 最前線
加齢関連疾患―高まる治療ニーズ
高齢化社会の進行に伴い、加齢に関連した疾患の治療ニーズが高まる。こうした中、脳神経疾患や眼科領域などで新薬の実用化が進む。進行性でこれまで治療法がなかった疾患について、疾患の根本に働きかける医薬品の開発が進み、患者の新たな治療選択肢となることが期待される。製薬企業は自動化技術の導入にも積極的な投資を進め、新薬開発や生産の効率化にも乗り出す。最先端の技術で革新的な新薬の開発につなげる。
世界初、アルツハイマー抑える
エーザイのアルツハイマー病(AD)治療薬「レカネマブ」が実用化した。2023年7月に米国、同年9月に日本で承認を取得。これまで疾患に伴う症状を抑える治療薬はあったが、疾患の根本に働きかけ進行を抑制する治療薬は世界初となる。米メガファーマ(巨大製薬会社)のイーライリリーも同領域で治療薬の承認申請をしており、AD治療は転換点を迎えつつある。
レカネマブはAD型認知症患者を対象とした治療薬で、脳内に蓄積して病気の原因になるとみられるたんぱく質「アミロイドベータ(β)」を除去する効果が期待される。これにより病気の進行を平均約3年遅らせると推定される。
レカネマブのような画期的な医薬品の市場浸透について、エーザイの内藤晴夫最高経営責任者(CEO)は「既に市場がある医薬品とは戦略が異なる。医療関係者と協力しながらマーケットを作り上げるため、パイオニアとしての努力を続ける」と強調する。自社の生産体制の整備だけでなく処方できる医療機関の拡大や専門医への情報提供も強化し、市場浸透を図る。
また、ADが疑われる人に向けた受診のきっかけ作りも重要だ。レカネマブの投与が対象となる人が適正に医療にアクセスできるよう、多方面からの働きかけに注力する。
普及するための課題は薬価だ。米国のレカネマブの卸売価格は患者1人当たり年間約2万6500ドル(約375万円)。日本での薬価は、体重50キログラムの患者の場合、年間約298万円となる。医療費の負担が増える懸念はあるが、病気の進行を抑えることで、介護費用削減の効果が期待できる。
眼科治療薬―欧米で攻勢
アステラス製薬は眼科領域を強化する。同社は23年5月に米バイオ医薬品企業のアイベリック・バイオ(ニュージャージー州)を約59億ドル(約8000億円)で買収。アステラス製薬はアイベリックが開発を手がけた地図状萎縮(GA)を伴う加齢黄斑変性(AMD)の治療薬「アイザーヴェイ」を獲得し、同年8月に米食品医薬品局(FDA)から承認を取得した。23年末までに米国内約500施設で同薬が採用されるなど、投与が広がっている。
GAは米国で約150万人に影響を及ぼすとされるが、約75%は未診断と推測される。適切なタイミングでの治療がなければ、GA患者の約66%が失明や重度の視覚障害になる可能性がある。GAを伴うAMDについてFDAが承認している薬剤は一つのみで、アンメットメディカルニーズ(未充足の医療ニーズ)が高く、アイザーヴェイは新たな治療選択肢として期待される。臨床試験では、アイザーヴェイを投与した最初の1年間で、GAの進行速度を最大35%抑制したという。
アイザーヴェイは欧州医薬品庁(EMA)でも販売承認申請が受理されるなど、さらなる使用拡大が期待される。アステラス製薬の岡村直樹社長は「GAに対する標準治療となる可能性がある」と自信を示しており、今後の事業の柱としてグローバルで開発を進める見通しだ。
アステラス製薬はこれまで、がん領域において抗がん剤「イクスタンジ」を主力に成長してきた。イクスタンジの23年度の売上高は約7200億円と予想され、今後もさらなる成長が期待される大型薬だ。こうした主力製品の利益を効率的に研究開発に投じ、新たな疾患領域への貢献へとつなげる。
新薬開発拠点、横浜で稼働
抗体医薬品に強みを持つ中外製薬は、自社製品の開発や商業化を加速させるため、中外ライフサイエンスパーク横浜(横浜市戸塚区)を23年4月に稼働した。同施設は国内の創薬機能を集約した研究開発拠点で、人工知能(AI)やロボティクスの活用による研究開発の効率化で、新薬開発を後押しする。
同社は中期経営計画「TOP I 2030」において、30年には新薬創出の数を21年に比べて倍増する計画を掲げている。山田尚文取締役上席執行役員は「AIで医薬品を設計して開発効率を上げ、また成功確率を高めていくことが目標達成に不可欠だ」と強調する。
同社はこれまでもAIを活用した創薬を進めてきたが、これに加え、国内の製薬企業として初めてクライオ電子顕微鏡を同拠点に導入。たんぱく質や細胞などの高度な解析が可能な設備が整ったことでAIと組み合わせた開発が可能となり、確度の向上が期待される。技術基盤の構築により「これまで年単位で取り組んできた開発が、数週間に短縮する可能性がある」(山田取締役上席執行役員)という。
また同拠点ではオムロンやオムロンサイニックエックス(OSX、東京都文京区)と共同で、実験作業においてロボティクスを活用する「ラボオートメーションシステム」の実証実験を開始した。モバイルロボットによる実験サンプルの搬送作業や機器操作、双腕ロボットによるさまざまな実験ツールを用いた操作など、創薬実験の基本動作の構築と検証を行う。ロボットは人がいない夜間などでも創薬研究の実験を継続できるため、その分、人はさらに創造的な活動に時間を使うことが可能となる。技術導入で生産性と創造性の向上につなげ、創薬力強化を狙う。