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製薬産業
この1年あまり、製薬、ヘルスケア産業をめぐる政府の動きはめまぐるしかった。国際競争力の強化に向けて政策資源を集中的に投じる方針が相次いで打ち出され、首相官邸で行われた会議では「第二の開国」との言葉が飛び交ったほどだ。創薬力の向上に向けては創業まもないスタートアップへの支援強化に軸足を置く姿勢も鮮明になった。一連の方針は今後、具体化に向けて動き出す。
疾患啓発活動・DXを推進
製薬企業にとって新薬開発と同様に重要となるのが疾患啓発だ。疾患への理解を呼びかけ、予防や早期の治療の重要性を発信する。感染症においては、国を巻き込んだ制度改革でワクチン接種を拡大するという取り組みも欠かせない。また、医薬品の実用化と同じように重要なのが安定供給だ。医薬品卸企業は、医薬品の適切な管理を支援するデジタルツールを展開し、業務の効率化を図る。
ワクチン接種 推進/子宮頸がん、予防できる病
国や企業は子宮頸(けい)がんの主な原因とされる、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種率の向上に取り組んでいる。接種機会を逃した対象者が公費で接種できる「キャッチアップ接種」を厚生労働省が実施するほか、自治体やワクチン供給を手がける製薬企業もさらなる接種機会の拡大に向け働きかけている。ワクチン接種率を上げるためには、国や企業、学会など一体となった取り組みが求められる。
子宮頸がんの罹患(りかん)率は20代後半から増加する。日本では年間約1万人が子宮頸がんと診断され、約2900人が死亡している。HPVワクチンの接種により感染を防ぐ効果が期待され、世界ではワクチン接種の推奨や対象を男性にも広げるといった取り組みも進んでおり、子宮頸がんの撲滅を目指す動きも出ている。
一方で、世界保健機関(WHO)によると、15歳時点での日本のHPVワクチン接種率は10%にとどまり、先進7カ国(G7)の中では最低となっている。またシンガポールは80%、韓国は74%とそれぞれ接種が進んでおり、日本はアジアでも取り残されている状況だ。国立がん研究センターなどの調査では、HPVによる子宮頸がんの経済的負担は640億円と推計される。
日本では、小学校6年生から高校1年生までの女子に定期接種が行われているほか、接種を勧奨していなかった2013年から22年の間に接種機会を逃した人に向けたキャッチアップ接種を実施している。しかし、ワクチン接種事業が始まった10年ほどには接種が広がっていないのが現状だ。
国内で使用されるワクチンのうち、9価HPVワクチン「シルガード9」を供給するMSD(東京都千代田区)のカイル・タトル社長は「(子宮頸がんの)撲滅には国のリーダーシップが重要だ」とした上で、「自治体やそのほかのステークホルダー(利害関係者)が一丸となって働きかけをしていく」と強調する。
女性への感染機会を減らすため、男性へのワクチン接種を助成する自治体が現在30以上に上るほか、学会がキャッチアップ接種の期間延長の要望を出すなど、接種率向上に向けた動きが広がる。こうした取り組みを、国がいかに制度の中に組み込めるかが、ワクチン接種率の向上と子宮頸がん予防のために重要となる。
タトル社長は「疾患啓発やがん検診の重要性の発信など、大変努力してきた」と強調する。その上で、「日本は新型コロナワクチンの接種率も世界で群を抜いて高かった。(HPVワクチンの接種が進まず)罹患率が高いというのは憂慮される」(同)と接種の現状について、改善の必要性を訴える。新型コロナワクチンの接種は短い期間で進み、高い接種率を達成した。HPVワクチン接種も国の取り組みで大きく伸びる可能性がある。
子宮頸がんは「予防できるがん」だ。製薬企業や医学界がワクチン接種予防の有力な手段であることを啓発するとともに、国が接種機会を広げていくことが疾患の撲滅につながる。またワクチン接種率の向上で新たに罹患する患者を減らし、がんによる医療費や労働損失の回避につなげていくことが重要となる。
「薬局DX」積極導入/データ分析、自動発注
近年、薬局がデジタル変革(DX)を積極化している。DXを活用し、業務効率化や医療費の削減、付加価値の高いサービス提供に取り組むな。カウンター越しに薬を受け渡しする従来のやり方から、場所を選ばずより患者に寄り添うサービスが提供できる薬局へと進化が求められる。
こうしたニーズに対応するため、医薬品卸企業は薬局向けのデジタルツールの提供を開始した。東邦ホールディングス(HD)は、調剤薬局向けの業務管理システム「ミザル」を3月に発売し、医薬品卸企業と薬局間の業務効率化に取り組む。チェーン展開する薬局向けに全店舗の売上げや医薬品の在庫、未収金管理までを一元管理するシステムを展開する。さらに医薬品の需要予測や自動発注といった機能を備える。医薬品管理の業務負担を軽減することで、薬剤師が患者の対応や在宅医療といった対人業務の時間を確保できる点を訴求する。
医薬品の発注は、薬剤師などスタッフが経験をもとに実施することが多い。そのため発注漏れや不動在庫による廃棄が発生するといったリスクがあった。また、在庫確認や発注業務は患者への対応業務の終了後に行うため、長時間労働につながっていた。
ミザルは薬局のデータを基に、適切なタイミングで自動で発注する。患者が医療機関に来院する周期や医薬品の種類などのデータを分析し、薬局別に最適化して自動発注することが可能だ。これまでは1回の発注に40分程度かかっていたが、約7分に短縮できるという。医薬品の在庫や発注頻度の適正化が進み、業務効率化のほか経営の改善につながる。
これまで患者は病院が診る時代だった。政府は病院で治療して社会復帰を目指す「病院完結型医療」から、療養が必要な高齢者を地域や在宅で診る「地域完結型医療」へと転換を図る。薬剤師には在宅医療での患者対応など、従来の薬局業務に加えて新たな業務への対応が求められる。こうした背景から薬局でも業務効率化を支援するDXの需要が高まる。また、患者対応の時間を増やし、サービス向上で差別化することも今後重要となっていく。
薬局DXの動きは医薬品卸企業にとってもメリットが大きい。東邦HDの斉藤孝一本部長は、「経験による発注は頻回な発注につながることもあり、配送にも負担がかかっていた。ミザルで薬局と物流、双方の負担軽減が期待できる」と説明する。医薬品卸企業が医薬品を安定的に供給する上でも、配送の効率化は不可欠となっている。
東邦HDはミザルのさらなる拡大を目指す。顧客の発注情報をもとに医薬品の発注頻度が高い個店薬局からサービスを展開し、年間2300店舗にまで広げる予定だ。