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建設産業(2023年8月)
多摩川緊急治水対策プロジェクトの取り組み
多摩川はその源を山梨県甲州市の笠取山(標高1953メートル)に発し、途中多くの支川を合わせながら、東京都の西部から南部を流下し、東京都と神奈川県の都県境を流れて東京湾に注ぐ、幹川流路延長138キロメートル、流域面積1240平方キロメートルの一級河川である。その流域は首都圏の南西部にあって細長い羽状形を呈し、山梨県や東京都、神奈川県の1都2県にまたがり大田区や川崎市をはじめとする23市2区3町3村からなる。流域内には約414万人が生活し、流域の中心は首都圏の社会経済活動の拠点となっている。首都圏を流れ東京湾に注ぐ一級河川の中では、勾配が比較的急な河川である。令和元年東日本台風時には、多摩川本川の日野橋、石原、田園調布(上)水位観測所で観測開始以降、最高の水位を記録。基準地点石原では計画高水流量を上回る洪水となった。
多摩川緊急治水対策プロジェクトの背景と特徴
令和元年東日本台風により甚大な被害が発生した多摩川流域における今後の治水対策の方向性として、関係機関が連携し、2020年1月に「多摩川緊急治水対策プロジェクト」をとりまとめた。
本プロジェクトでは、①被害の軽減に向けた治水対策の推進(河川における対策)②地域が連携した浸水被害軽減対策の推進(流域における対策)③減災に向けたさらなる取り組みの推進(ソフト施策)―の三つの取り組みを実施していくことで、「社会経済被害の最小化」を目指している。
京浜河川事務所では、①の河川における対策として、大丸用水堰の改築、世田谷区玉川地区の堤防整備、河道の土砂掘削・樹木伐採等を実施している。コロナ禍の影響などにより、工期の1年延長が見込まれているが、25年度予算での完了を目指し、工事を進めている。
整備後の効果
令和元年東日本台風で発生した洪水により、多摩川では計画高水位を超過し、世田谷区玉川では溢水(いっすい)による浸水被害が発生したほか、各地で内水などによる浸水被害が発生した。
溢水箇所の堤防については、20年には暫定堤防の整備により令和元年東日本台風時の水位以上の堤防高さが確保されており、引き続き完成堤の堤防工事を実施している。
また、洪水時に流下の阻害となっている大丸用水堰の改築、河道内の土砂掘削・樹木伐採の実施により、流下能力を向上させ、令和元年東日本台風時と同様の洪水が発生したとしても、計画高水位以下で流下させる。この河川水位の低下により堤防からの氾濫を防止・軽減するとともに流入する支川からの内水による浸水被害の軽減にも寄与する。
環境への配慮
豊かな自然を育む多摩川は、古くから人々の憩いの場や遊びの場として親しまれてきた。1980年には、全国に先がけて河川環境の保全と利用のルールを定めたプランである「多摩川河川環境管理計画」を策定するなど、河川環境の保全に努めている。多摩川緊急治水対策プロジェクトにおいても、環境に配慮した対策が実施されている。
下流部の河道掘削において、潮汐(ちょうせき)地盤高を意識して干満で水位が変化する潮間帯の面積を多くとっている。干潟や塩沼湿地植物の生育面積がより多く確保されるよう掘削形状の工夫として、高水敷から澪筋にかけて緩傾斜に掘削し、広いエコトーンを形成している。
また、再生した干潟環境を保全するため、高水敷側の一部を平均干潮位より深く掘削し、高水敷側からの植物の侵入を抑制するようにしている。
流出抑制施設の整備
流域における対策の一つに、流出抑制施設の整備などがある。これは雨水を一時的に貯留したり、地中に浸透させることによって、河川への流出を抑制するものだが、ヒートアイランド対策や健全な水循環系の回復(湧水の復活)にも寄与している。京浜河川事務所では、レインガーデン(用語参照)の普及(雨水浸透の促進)に向けた取り組みとして、出張所敷地内の花壇のレインガーデン化を進めている。
防災教育の推進
災害への備えとして事前準備が重要となる。緊急治水対策プロジェクトでは、地域防災力の向上を図るため、教員への防災教育支援、小・中学生、地域住民などを対象とした防災教育や防災知識の普及を進めている。京浜河川事務所では「出前講座」と称し、学校などに職員を派遣して講義を行っている。
多摩川水系河川整備基本方針の変更
河川法16条により、河川管理者は長期的な河川整備の最終目標である河川整備基本方針を定めることとされており、多摩川では2000年12月に河川整備基本方針が策定された。
令和元年東日本台風で、河川整備基本方針における河道整備の最終目標である計画高水流量を上回る戦後最大の流量を記録したことに加え、全国的に「過去の降雨実績に基づく計画」から「気候変動による降雨量の増加などを考慮した計画」へと治水計画を見直されたことから、23年3月に「多摩川水系河川整備基本方針」を改訂した。
今後は見直された河川整備基本方針に基づき、当面実施する具体的な整備の内容を定めた河川整備計画の見直しを行っていくこととしている。河川整備計画の見直しにあたっては、学識者、関係住民、関係自治体からの意見をいただく。流域の安全・安心の確保とともに、良好な自然環境の保全・創出、河川の利活用による地域の活性化への貢献などが図られるよう、治水・環境・利用が調和した河川整備計画の策定に努める。
おわりに
令和元年東日本台風では、計画を大きく上回る洪水により、各地で被害が発生したことから本事業の早期完成が望まれている。一方で沿川は市街地であり、住宅が隣接する。堤防天端や高水敷は歩道・自転車道やグラウンドなどで利用されているため、工事にあたっては関係者との調整・協力が重要となる。
京浜河川事務所は「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト」を合言葉に、関係者と連携し、ハード・ソフト一体となった防災対策「多摩川緊急治水対策プロジェクト」を推進していく。
【用語】レインガーデン
粒の大きい土で土の中に隙間を作り、降雨時に雨水を一時的に貯留し、時間をかけて地下へ浸透させる透水型の植栽スペースのこと。
雨水の河川などへの流出を軽減するとともに、水質浄化を図り、地下水の涵養(かんよう)を促進する。また、蒸発散による温熱環境の改善など、ヒートアイランド対策としても有効である。
【執筆】
国土交通省 関東地方整備局 京浜河川事務所