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九州の産学金のトップが語り合う鼎談『次代への提言』
[3面]産業振興の司令塔
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(左から)小笠原、谷川、石橋の3氏
安川電機 会長 小笠原 浩 氏
西日本シティ銀行 会長 谷川 浩道 氏
九州大学 総長 石橋 達朗 氏
―世界秩序が大きく変動し求められる人物像、リーダー像も変化します。これからの日本人に託す思いをうかがいます。
世界での競争が人材育む/教育分野に選択と集中を
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安川電機 会長 小笠原 浩 氏
小笠原 当社の人材育成には世界一の製品づくりや品質に関するこだわりが脈々と流れています。他方、労働人口が減り続ける中で、この精神を実現し続けられるかには大きな危機感があります。あくまでアイデアですが、九州各地の大学をまとめた上で司令塔をつくり、研究や教育における機能と役割を各地の大学で分担してはどうでしょうか。
台湾積体電路製造(TSMC)の熊本進出で人材育成の重要性がますます高まる中、より高い専門性を持った人材を輩出しなければ採用してもらえない事態も出てくるでしょう。企業も生き残るために必死ですから、日本人を採用することで企業価値を高められなければ、採用するインセンティブは低下していくはずです。
石橋 各地の国立大学が結束して強みや特色を生かす最初の一歩として、2023年3月に共通プラットフォーム「九州・沖縄オープンユニバーシティ(KOOU)」を形成しました。九州・沖縄の全11国立大学が参画し、研究力の向上に向けて連携協力を目指す枠組みです。
各大学の機能分担などについては、将来的に検討する必要があると思いますが、このKOOUの取り組みにより、まずは各校の強み・特色を生かして教育・研究力を強化し、優秀な人材の輩出と卓越した研究成果によって社会変革を牽引したいと考えています。先々では今よりも各大学の機能の特徴がずっと際立つような仕組みも必要かと思っております。
小笠原 大手の外資メーカーが日本進出にあたり、人材確保だけでなく、行政区分や単年度予算による補助金制度などに不満を持っている話が聞こえてきています。半導体教育にしても、高いレベルの内容を選択的、集中的に提供しなければ、現場で使えない人材をどれだけ輩出しても意味がありません。
谷川 経済界では「半導体業界で働ける人材を育成してください」とお願いしており、大学や高等専門学校には期待しています。
台湾では、政府主導で広大な土地を整備して各地にサイエンスパークをつくり、企業を誘致することでハイテク産業を育成してきました。九州でも九州経済連合会がサイエンスパークの構想を持っています。土地の確保に課題はありますが、小笠原会長はどのように考えますか。
小笠原 サイエンスパークのような場所は必要だと思います。ただし、整備した先に道州制のような形で地域内の意思統一が図られなければ、効果的な運用はできないでしょう。これは先ほどの大学のアイデアにもつながるものです。
谷川 司令塔の必要性で言えば、半導体振興に関するインフラ整備にも通じるものがあります。経済産業省が半導体関連企業の誘致などを主導していますが、物流や人流が円滑でなければ工場ができてもうまく回りません。例えば道路を通してもらうには国土交通省にお願いしないといけません。国交省も一生懸命やってくれてはいますが、経産省などが司令塔となり全体を主導してほしいという思いはあります。
九州商工会議所連合会の会長としてさまざまな陳情をしますが、省庁間の壁に阻まれ、なかなか実現しません。道州制実現がまだ遠い中、一つの省庁や大臣が司令塔になり他省庁と調整する態勢を取らなければ、自治体では限界があります。歯がゆい思いを抱いています。
高校から大学院 一気通貫で
―地域の産業を底上げする上で、どのような人材が必要ですか。
石橋 国際的に優れた研究者を継続的に輩出することを目指し、高校から大学院の博士課程まで一貫して育てるイメージで、23年に「未来人材育成機構」を設置しました。高校生に対しては、最先端の科学技術に関する教育研究の機会を提供する教育プログラムを実施していますが、一方で「鉄は熱いうちに打て」で、もっと若い生徒に対する取り組みも必要かもしれません。
総合知を掲げる中で、本学の基幹教育では、文理を問わず、異なる専攻の学生たちが対話型の協働学習を通じて論理的思考力を養い、知識を新たな視点から創造的・批判的に吟味・検討する取り組みを行っています。そこから専門性の高い修士、博士を輩出することが大事です。大学独自の資金も投入しますし、国も予算をつけてくれるようになってきました。
他方、企業に対しては、専門性を持つ人材を適正に採用してもらうことも求めたいです。ポジションや給与で優遇する受け皿が十分でなければ、学生は大学院の進学を躊躇(ちゅうちょ)するでしょう。
博士人材のリーダー不可欠
谷川 米国では政府機関などのトップは修士以上が当たり前です。例えば日銀の植田和男総裁は博士ですが、世界の中央銀行総裁では博士が普通という中、これまで日本だけがそうではない状態でした。今後、トップの要件は博士や修士が必須となっていくでしょう。企業はなぜそうなっていないのでしょうか。
小笠原 企業においてもプロフェッショナルの存在は大事です。当社でも博士人材は活躍しています。ただ欧米や中国とは知識の生かし方という面で若干状況が違うとも感じます。例えば米国にも中国にも“アメリカンドリーム”のような気概があります。明確な個人の目標があり、達成するために独立したり、社内で実現できれば会社に留まったりする。この点は日本人とはまったく違います。日本の博士人材は知識があっても、それを十分に生かすことができていないと感じます。入社後に企業にぶら下がるのではなく、大きな夢を持ち、企業を変革する行動に期待したいです。
石橋 アントレプレナー(起業家)教育が重要です。起業マインドや夢は大事で、博士課程に組み込むことも必要かもしれません。
小笠原 やはり九州各地の大学を再編し、どの大学に行けば何が学べるかを差別化することが近道でしょう。域内の総合大学同士で競争することも大事ですが、もっと広い世界で競争することが人材育成にも効果を生むはずです。
谷川 小笠原会長と石橋総長から夢や教養が大事だという話がありました。教養は歴史・文化とイコールでもあり、物理的な豊かさだけでなく、人の心を動かすことの重要性をあらためて認識しました。福岡商工会議所で進めている歴史・文化を生かした街づくりも間違っていないと自信を深めました。
―本日はありがとうございました。
往時の栄華伝える歴史的施設/西日本工業倶楽部
鼎談は北九州市戸畑区にある国指定重要文化財「旧松本邸」の「洋館」を会場に実施した。
安川敬一郎の次男で安川電機や明治専門学校(現九州工業大学)の創立に父とともに関わった、松本健次郎の自宅兼迎賓館として1912年(明45)に完成。東京駅などで知られる辰野金吾の設計によるアール・ヌーボー様式の瀟洒な造りで、建設当時の姿をほぼそのまま残す。邸内を飾る調度品や美術品とともに、当時の北九州の文化水準の高さと華やかさを伝える。
現在、西日本工業倶楽部がレストランや結婚式場として運営し、予約により一般利用もできる。敷地内には庭園や「日本館」などがあるほか、近隣には安川敬一郎の旧居で北九州市指定有形文化財の「旧安川邸」も残る。
西日本シティ銀行 会長
谷川 浩道 氏
たにがわ・ひろみち
76年(昭51)東大法卒、同年大蔵省(現財務省)入省。93年外務省在米国大使館参事官。その後、財務省横浜税関長、大臣官房審議官などを歴任。11年西日本シティ銀行専務、13年副頭取、14年頭取。21年会長、福岡商工会議所会頭。福岡県出身、71歳。
九州大学 総長
石橋 達朗 氏
いしばし・たつろう
75年(昭50)九大医卒、同年九大医学部眼科学教室入局。01年大学院医学研究院眼科学分野教授、13年副学長を兼務。20年九大総長。日本眼科学会理事長、福岡県病院協会会長なども務めた。長崎県出身、74歳。
安川電機 会長
小笠原 浩 氏
おがさわら・ひろし
79年(昭54)九州工大情報工学科卒、同年安川電機製作所(現安川電機)入社。06年取締役、15年代表取締役専務執行役員、16年社長、22年会長兼務、23年会長。愛媛県出身、69歳。