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9月1日 防災の日
命に関わる—災害時のトイレ その課題と備え
【執筆】 大正大学 地域創生学部 教授 岡山 朋子
能登半島地震から1年8カ月、能登半島豪雨から今月下旬で1年が経過する。能登半島地震の災害関連死者数は2025年7月末現在で408人となり、直接死の1・8倍となった。災害関連死を引き起こす要因の一つとして、災害時のトイレがあげられる。発災直後のトイレの状況によって起こる「トイレパニック」は、これまでも大災害のたびに報告されている。しかし、広く報道されないためか、被災地以外ではあまり知られていない。
トイレパニック
2024年元日の能登半島地震においては、津波、火災や土砂災害、液状化など多様な災害が発生し、甚大な被害が能登半島の広範囲に及んだ。長時間に及ぶ停電と断水のため、既存のトイレで用を足しても水が流れず、結果的にトイレに汚物が溜まり続けるという事態となった。
ある小学校には約500人が避難したが、それは24時間以内に500の大便が排せつされたことを意味する。汚物が便器に収まらなくなるとトイレの床に、さらにトイレ内で用が足せなくなると、トイレでないところにも散乱する。あまりの臭いに近寄れなくなり、トイレそのものを封鎖することになる。このような劣悪な衛生状態は1995年の阪神淡路大震災時に顕在化し、「トイレパニック」と名付けられた。
待ったなしの排せつ
避難所・避難生活学会が提唱した「T=トイレ、K=キッチン・温かい食事、B=ベッド」は、近年では発災後48時間以内に避難所に整備されるべきということで、TKB48と呼ばれている。
しかしながら、筆者が16年の熊本地震の被災者を対象に実施したアンケート調査では、地震が発生してから3時間以内にトイレに行きたくなった人が39%、6時間以内という人は34%であり、7割以上の人が6時間以内にトイレに行きたくなったと回答した。
当然だが排せつは48時間も我慢できるものではなく、トイレの水洗化率が93%以上である日本では、長時間の断水、あるいは排水できない状況が続けば、トイレパニックが必ず発生する。
仮設トイレの問題
発災後、行政は仮設トイレなどを避難所に設置するが、東日本大震災後に東北3県下の自治体に調査したところ、仮設トイレが48時間以内に行き渡った自治体は28%であった。
つまり、トイレカーも同様だが、輸送に時間がかかるトイレは、最初の排せつに間に合わない。また仮設トイレは屋外にあるため夜間は暗く危険で、くみ取り式のため臭く汚く、多くは段差があり、雨天時も使い難い。そのため、特に女性はできるだけトイレに行かないようにしようと飲食を控え、結果的にエコノミークラス症候群を発症しがちである。
この災害時の女性特有の健康被害は、これまでの地震災害で例外なく報告されており、災害関連死の原因の一つにもなっている。
携帯トイレ備蓄のススメ
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写真1 避難所での携帯トイレと凝固剤の表示 -
写真2 ポリマーシート入りの携帯トイレ使用例
トイレパニックを未然に回避するため、筆者は避難所のみならず家庭や事業所における携帯トイレの備蓄を推奨したい(写真1)。携帯トイレは、既存の洋式便座に凝固剤やポリマーシートを入れた便袋をかぶせて使用するもので、便座があるものは簡易トイレと呼ばれる(写真2)。
しかし、筆者が25年7月に実施した一般市民へのアンケート調査では、全体の66%が携帯・簡易トイレを備蓄していないことがわかった。さらに携帯トイレには、便器の水と隔離するための便座にかぶせる大型ポリ袋と、使用済み携帯トイレを保管するための大型消臭袋も必要であるため、合わせて備蓄を促したい。
携帯トイレの備蓄があれば、発災直後から既存のトイレを使った排せつが可能である。ただし、その使用方法は意外に複雑で難しいので、ぜひ一度試しに使ってみてほしい。
