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9月1日 防災の日
避難所生活を自分事にするために
【執筆】 日本大学 危機管理学部 准教授 宮脇 健
過去の災害では避難所の問題点が指摘される。だが、居住する地域の避難所についてどれほどのことを知っているのだろうか。避難所での生活は想像以上に過酷であり、日ごろ懸念されている問題が顕在化する。筆者が子どもに対して行っている避難所運営ゲームの取り組みは、平時から見落としがちな他者への理解や配慮する点を気づかせてくれる。被災した際の対応には、平時からの自分自身や地域における災害への取り組みが欠かせない。
避難所とは
私たちにとって避難所とは、どんなところだろうか。避難をする場所として、どのようなイメージを持っているだろうか。首都直下地震、南海トラフ巨大地震など、今後起こりえる災害が多く想定されているため、自分自身が被災したことを考えておく必要がある。
現在、災害が起きた際には自宅で安全に生活ができる環境が整っている場合、政府は在宅避難を推奨している。被災したとしても、友人や知人の自宅など安全とされる場所への分散避難も推奨されている。だが、発災した場合には、最寄りの避難所に避難しないといけないと考えている人は多いのではないだろうか。つまり、避難所には多様な人がくると考えられる。
過去の災害における課題
毎年のように大きな災害が起きているにもかかわらず、避難所での生活における課題は多い。令和6年能登半島地震では、避難所での問題点があまた指摘されている。
例えば、ついたてがなく着替えがしにくい。生理用品の受け取りをしにくい。乳幼児の授乳をするスペースがないなどのプライバシーを確保できないケースが挙げられる。女性の視点の欠如、多様な避難者への配慮が欠けていたとされる。
施設や設備のハード面での問題もある。小学校、中学校などが指定されている場合が多く、施設の老朽化がみられた。高齢者または障がいを抱える人にとって、段差があるような場所では、移動する際に困難を伴うことが多い。幼児などにとっても、段差や複雑な整備されていない通路などは、日ごろと生活環境とは異なり、家族の負担も大きい。
スロープが設置されていないようなバリアフリー化が進んでいない避難所は、多くの被災者にとっても活動の障害になる。
災害対策基本法に基づいて内閣府が定めた2013年に改訂された「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」では、避難所の改善が求められ、東日本大震災、熊本地震など過去の災害でも施設、設備の拡充は進んでいる。しかし、バリアフリー化が十分ではない避難所は多かったという指摘はいまだに多い。
避難所の課題は、空間の活用の問題も挙げられる。避難所は体育館など大きなスペースでの寝泊りなどが多くみられるため、子どもが遊ぶ、または動いて活動をする場所はほとんど確保できない。小さい子どもにとって、閉鎖空間での生活はストレスになる。大人であっても限られた空間で他者と気を使いながらの生活には限界がある。車中泊などが増える原因は、プライバシーが確保できない点も大きい。
避難所に関する問題は高齢者、障がい者、女性、幼児、子どもだけではなく、全ての被災者にとって大きな課題である。その生活は想像以上に過酷である。
避難所生活を疑似体験する意味
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写真1 HUGの回答例 -
写真2 HUG実施風景 -
もしも被災した時に、避難所で生活する際に起こる問題に対処することができるだろうか。避難所にさまざまな人が来る想定を平時から、自分自身や近隣住民などで考えておくために考えられたのが避難所運営ゲーム(HUG)である(図1)。避難所運営ゲームのアルファベットの頭文字をとってHUGという。もともとは静岡県が開発したものである。避難所の運営者として、避難してくる人を、カードを用いて学校の敷地内に配置するゲームである(写真1)。現在、筆者は子ども向けにアレンジしたHUGを防災教育として東京都世田谷区内の小学校で実施している(写真2)。
HUGによる体験型の学習の目的は、①話し合いにより、避難所運営に関する情報の共有について理解すること②話し合いの結果、どういう課題があるのかを理解すること③どのような人が避難所に来るのかを理解すること—という正解のないことを住民同士が議論することで、いざという時に備えることに主眼をおいている。
例えば、高齢でスロープがないと歩くことができない場合に誰かが見守る、助ける必要がある。子どもは直接手助けできなくとも、誰かを呼ぶ必要があることを促せば防災教育と「共助」の観点から意味がある。避難所に乳児が来た場合には、どのような対応をすればよいのか、子どもとしてできることを考えてもらう。子どもたちは自分自身が住んでいる小学校が避難所であることは知っているものの、どういう問題が避難所で起こるのか、どのような人が来るのかを知らないことが多い(図2)。
しかし、ゲームを通して避難所について理解することで、さまざまな人と生活をすることに気が付くことができる。乳児がいればついたてやスペースを確保するなど、配慮すべき点を議論することで、過去の災害にあった課題に気が付くことができる。他者に対する配慮は子どもも大人も同じである。
日ごろからできる備え
日本は災害大国と呼ばれる。しかし、災害に関する情報があっても自分の経験、疑似的な経験がないと思いを巡らすことがない。避難所指定されている場所に、被災してくる人は過去の災害にもあったように多様である。日ごろ接している家族、友人、会社の同僚などだけではない。
だが、いつも生活している地域の実情について知らない人の方が多いのではないだろうか。筆者も居住している地域の避難所については知っているが、どのような人が避難してくるのか、まだ経験をしていない。職住分離が多い現代社会では居住地域の避難所について知ることも、誰とともに過ごすのかを理解する機会もほとんどない。
できることは、まずは、地域について知ることではないだろうか。避難所の場所、どのような周辺の住環境、自宅から避難所の経路なのか歩いてみるだけでも見る風景は違うのではないだろうか。
地震指定されている避難所もあれば、水害時には開設されない避難所もある。子どもに対するHUGの取り組みのように、人ごとを自分ごとにするためには、事前に想定をして、実践することしかできない。小さな積み重ねが私たちの避難所での生活を円滑にする。
