-
業種・地域から探す
続きの記事
不動産(2024年3月)
働く場に人が集まり、街に新たな価値をもたらす―。コロナ禍を機に働き方や働くことの意義が見直され、街づくりの重要性が増している。東京都心では「100年に一度」と表現されるほど再開発ラッシュが続いており、立地や設備、環境性能などに優れる大型オフィスビルが相次ぎ完成。産学官金などさまざまな分野から人を呼び込み、交流を促すことで、街のにぎわいやイノベーションを創出する場として注目が集まっている。
今後の不動産取引に影響のある法改正 標準媒介契約約款の改正
近年は不動産取引と関係する法令が多く改正されているが、中でも今後の不動産取引に影響が大きい法改正の一つとして、今年4月に施行される標準媒介契約約款の改正や宅地建物取引業法(宅建業法)の改正について解説する。
標準媒介契約約款の改正
本改正は建物状況調査に関する宅建業法の施行から5年が経過したことを踏まえ、第40回社会資本整備審議会産業分科会不動産部会(2023年3月30日、以下「部会」)において、建物状況調査の見直しが行われたことを踏まえ、「標準媒介契約約款の一部を改正する件」(24年国土交通省告示第34号)が24年1月24日に公布された。この改正は24年4月1日から施行される。
【1】改正内容
部会における建物状況調査の見直しを踏まえ、標準媒介契約約款における建物状況調査の記載について、以下の通り改正された。
①建物状況調査を実施する者のあっせんを「無」とする場合、その理由の記載欄を設ける
②トラブル回避の観点から、建物状況調査の限界(瑕疵(かし)の有無を判定するものではないこと等)について明記する
【2】書式の改正
これらの改正を反映し、表1の通り書式が改正される。一般媒介契約の場合でも、専任媒介契約や専属専任媒介契約でも、「無」とした場合は理由を記載する必要がある。
これら標準媒介契約約款の改正に伴い、国交省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(宅建業法解釈運用の考え方)についても改正され、4月1日から施行される。
改正された背景
以上の改正は、これまで建物状況調査について以下のような紛争が一定数みられたことからくるものと考えられる。
【1】紛争事例1
売主から既存住宅の媒介依頼を受けた宅建業者は、購入希望者がみつかり両当事者と媒介契約を締結。いずれの媒介契約書も「建物状況調査を実施する者のあっせん」については「無」として契約し、建物状況調査を実施せずに売買契約を締結した。引き渡し後、買主が実際に住んでみると、天井裏がぬれて雨漏りがしていたり、床の傾きやシロアリなども見つかった。
買主はこれらの瑕疵について媒介した宅建業者へクレームを告げると、宅建業者から「媒介契約書において建物状況調査を実施する者をあっせんしないと約定したのだから、インスペクション(建物状況調査)をしていない以上、当然こういうリスクがあることも承知の上で購入したはず」と言われたようである。
買主はそもそも建物状況調査について宅建業者から何も説明を受けておらず、実施希望も聞かれていないと反論したが、その証拠がなく媒介契約書に「無」と記載しているのは事実であることから、結局、買主が自己負担で補修・駆除をする結果となった(図1)。
国土交通省が22年度に実施した宅建業者向けアンケート調査をみると、当該項目について「一律にあっせん無」としている宅建業者が74%と相当程度みられる。その理由として、「あっせんに係る業務の手間負担」を挙げる宅建業者が最も多く(32%)、また「売主・買主のニーズがないと判断している」「調査を実施する適切な者がいない・見つからない」という理由も3割以上の回答がみられた(図2)。
このような状況から、インスペクション制度の実効性の確保のためにあっせん「無」とする場合に、媒介契約書にその理由の記載を求めることとなった。
【2】紛争事例2
既存住宅を仲介した宅建業者は、買主の希望で事前に既存住宅状況調査技術者を紹介、あっせんして建物状況調査を実施し、その結果、雨漏りの箇所がみつかり売主負担で補修した後、契約して引き渡しをした。
しかし購入後に買主がリフォームしたことをきっかけに、さらに雨漏りや壁の亀裂、床の傾きなど別の瑕疵が見つかり、買主からこれら瑕疵の説明を受けていないことから、仲介業者と売主が訴えられた(図3)。
建物状況調査は、人の身体の診察に例えると、あくまで「健康診断」といえる。精密検査ではない目視・非破壊による検査なので、その時の不動産のコンディションによっては見抜けないこともあるだろう。
重要事項説明では専門家調査を実施したことで買主に過大な期待を持たせないために、説明時に使用する「建物状況調査の結果の概要」に注意書きが記載してあるが、今回の改正では媒介契約時の早い段階でこの点を理解してもらうことが望ましいため、媒介契約書に建物状況調査の限界について明記することになった。
「無」とした場合の理由の書き方
それでは、あっせんを「無」とした場合にどのような理由を媒介契約書に記載したらよいのだろうか。
国土交通省は「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(宅建業法解釈運用の考え方)の中で、次のような例を示している(表2)。
これらは契約当事者や実施状況を理由とするものだが、一方で媒介業者が「建物状況調査のあっせんをしたくない」という理由でも良いのか、という疑問が残る。この点、国交省によれば「建物状況調査のあっせんは義務ではないから、(望ましい回答とはいえないが)そのような理由であっても宅建業法違反ではない」という回答であった(筆者が電話にて確認)。
ただし、契約当事者が望んでいるのに宅建業者の都合で実施しないのは、後々トラブルになる可能性が予想される。あっせんは義務ではないが実施を希望する売主または買主に対しては、あっせんではなく、既存住宅状況調査技術者を国交省のホームページで紹介し、当事者自ら調査依頼をしてもらうよう対応することが望ましいと言えるだろう。このような場合の理由としては、媒介契約書の「無」とする理由に「乙のあっせんなく、甲自らが調査依頼をするため」と記載しておくことが適当と考えられる。
なお、重要事項説明の対象となる建物状況調査結果は、調査の実施後「1年を経過していないもの」としていたが、今回の改正で鉄筋コンクリート造などの共同住宅は、既存住宅売買瑕疵保険の加入に必要な現場検査結果の要件と同様に、調査の時から「2年を経過していないもの」となった(改正宅建業法施行規則16条の2の2)。この点もあわせて知っておきたいところである。
【執筆】
ときそう 代表取締役 吉野 荘平