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真空熱処理技術
資源制約と環境要請の両立を志向した新しい金属材料開発の重要性が増している。レアメタルフリーかつ高強度な構造材料の実現は、持続可能な航空・エネルギー産業の基盤として喫緊の課題だ。ここでは、ユビキタス元素である酸素を利用したチタン合金の高温強化に注目し、酸素濃度制御による力学特性の変化や高純度溶製とミクロ組織制御を可能とする真空溶解技術と高温力学の評価結果を紹介する。
真空溶解技術の可能性
【執筆】富山県立大学 工学部機械システム工学科 准教授 伊藤 勉
酸素によるチタン合金の強化と課題
チタン合金は軽量かつ高強度で優れた耐食性を兼ね備える構造材料として、航空機、化学装置、医療機器などさまざまな分野に用いられている。航空機用部材では、ニッケルやバナジウム、ニオブといったレアメタルを添加したα+β型チタン合金が広く実用化されている。
一方で、レアメタルの供給不安定性やコスト増大に対する懸念が高まる中、近年ではユビキタス元素である酸素、窒素、炭素による固溶強化に注目が集まっている。酸素はチタンの格子間に侵入型元素として固溶することで転位運動を抑制し、高い降伏強度と引っ張り強度を付与することで知られる。
しかし、酸素の過剰な添加は結晶粒界への偏析を引き起こし、室温での延性を著しく低下させる要因となる。そのため、酸素添加量の最適化と組織制御の両立が技術課題であり、その解決には精密な溶解プロセスと熱履歴の制御が必要だ。
真空溶解による高純度チタン―酸素合金(Ti―O合金)の製造
酸素の添加量を精密に制御するためには、不純物の混入を極限まで排除できる溶解プロセスが不可欠だ。本研究では、超洗浄浮揚溶解(levitation melting)法(図1)を用いて、るつぼに接触しない状態でチタンと酸素を溶解(厳密にはTi―O母合金を溶解)し、酸素濃度を0・05―2・0重量%に制御した鋳造インゴット(塊)を作製した。
この技術は、高周波誘導電流によって金属塊を浮上させたまま加熱溶解し、酸素や窒素などの軽元素の制御精度に優れると同時に、均一な合金成分の分散にも寄与する。
本手法により得られたTi―O合金では、酸素濃度の増加に伴ってラメラ組織が粗大化し、結晶方位分布にも顕著な差異が生じることが確認された。これらのミクロ組織の違いは破壊形態や延性挙動に密接に関係する。
高温力学特性と酸素による再結晶挙動の制御
Ti―O合金は、室温では酸素固溶による強化と同時に延性の急激な低下が生じる。しかし、本研究における大気炉中での高温引張試験(873―1073ケルビン)では、酸素添加による延性の回復が顕著に観察された(図2)。
特にTi―1・0重量%O合金では室温で脆性破壊を示したが、いずれの試験温度でも明瞭なネッキング(ぬすみ)を伴う延性破壊に転じた。一方で、Ti―2・0重量%O合金でも973ケルビンで延性破壊が確認され、組織と温度の最適条件下では脆化が抑制可能であることが示唆された。
この延性回復の背景には、高温保持による再結晶および酸素の再分配がある。電子線後方散乱回折(EBSD)による観察結果では、Ti―0・05重量%O合金は973ケルビン以上で明瞭かつ等軸な再結晶組織を示し、Ti―1・0―2・0重量%O合金では再結晶は認められずラメラ組織を維持していた。
このことから、酸素固溶型チタン合金では雰囲気制御がなくとも高温保持によって力学特性の最適化が可能であることが明らかとなった。今後、これらの知見を真空炉など雰囲気制御装置と組み合わせることで、さらに高度な特性制御が可能になると考えられる。
結言と展望 真空技術が開くチタン材料の可能性
Ti―O合金は、地球環境・資源制約・製造コストの観点から持続可能な材料開発において極めて高いポテンシャルを持つ。本研究により、酸素による強化と組織制御が高温で両立し得ることが実証された。この実現には、真空溶解技術による高純度素材製造が不可欠だ。今後は、熱処理・加工プロセスでも酸素偏析や組織不均一性を排除する制御技術が求められる。
将来的には再溶解によるチタン材料のリサイクルや、3次元(3D)積層造形における高酸素粉末の活用など、真空冶金技術と環境負荷低減を図る「グリーンプロセス」の融合がカギを握る。これらの技術は単なる工程管理の手段ではなく、素材設計そのものの可能性を広げる中核技術であり、今後のグリーン・トランスフォーメーション(GX)社会を支える基盤となるだろう。
特にチタンは回収・再溶解が難しい金属の一つとされてきたが、真空溶解技術の高度化によって酸素制御下での高機能リサイクル材の製造が現実のものとなりつつある。これにより、バージン材(新材)に匹敵する高純度チタンの再資源化や製造時二酸化炭素(CO2)排出量の大幅な削減が可能となる。
すなわち、真空雰囲気下での合金設計と製造技術は単なる高性能材料開発にとどまらず、資源循環・環境低負荷・省エネルギーといった社会的価値を同時に実現するツールとしての役割を担っていく。この観点からも、Ti―O系合金と真空冶金技術の今後の展開が大いに期待される。