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産学連携によるスイミングギアの研究開発
【執筆】 東洋大学 理工学部 機械工学科 准教授 窪田 佳寛
東洋大学は首都圏四つのキャンパスに文系・理系合わせて14学部・15研究科を擁する総合大学である。学内外の連携により“知”を深化させるべく、産学連携活動を支援する「産官学連携推進センター」や地域産業に根ざした技術教育・人材育成を促進する「産学協同教育センター」を設置するなど、産学官連携事業にも力を入れている。「地球社会の明るい未来を拓く」ことを目指し、企業や他大学、公的機関などの研究者との協働を進めている。
スポーツ用品開発/生物の機能 工学的に応用
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東洋大学川越キャンパス
四つのキャンパスに14学部・15研究科を擁する総合大学と紹介したが、筆者が所属する理工学部機械工学科は、小江戸で有名な埼玉県川越市に比較的自然が豊かなキャンパスとして立地している。ここには陸上競技部が練習する競技トラックや、硬式野球部やラグビー部が汗を流すグラウンドもある。このようなスポーツが盛んな川越キャンパスに、筆者の運営する「バイオメカニクス研究室」がある。
当研究室では水や空気の流れといった流体力学を基本とし、バイオミメティクスを活用した研究開発を進めている。バイオミメティクスとは「生物模倣」とも呼ばれるもので、生物が形態などで獲得した機能を工学的な視点で応用し開発に生かす考え方である。
代表的な例として、オナモミによる面ファスナーやサメの鱗に着想を得た高速水着(サメ肌水着)などが挙げられる。今回は産学連携の一例として、スイミングギアの低抵抗化に向けた研究開発について紹介する。この研究開発はミズノと共同で取り組んでいる。
まず競泳の世界記録の変遷に目を向けると、選手たちの日々のトレーニングの積み重ねにより新記録が樹立され、徐々に高速化が進む。
その一方で、従来よりも格段に良い世界記録が生まれることがある。ここには、選手やコーチのたゆまぬ努力とトレーニング手法の進化といったことはもちろんだが、高速水着に代表されるスポーツギアの開発が少なからず関係しているだろう。
選手が泳ぐときに感じる抵抗を流体抵抗と言うが、流体抵抗には形状・造波・摩擦などの要因が挙げられる。形状抵抗は物体形状に起因し、流線型だと抵抗が小さいことが知られている。また造波抵抗は字の表記の通り、泳ぐときに波を造ることが抵抗となる。これは選手が水面下を進むことで低減できる。読者によっては、「バサロ泳法」と言われればイメージしやすいかもしれない。
高速スイミングギア/水の抵抗4・8%低減
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開発品周りの流れの可視化実験
そして、もう一つが今回注目する摩擦抵抗である。高速水着の一種として前出の「サメ肌水着」がある。これはサメの体表面の鱗によって形作られるリブレット構造を、生地構造や(エンボスなどの)特殊加工技術で水着表面に施し、摩擦抵抗の低減を目指したものである。
メカニズムとしては、リブレットのような物体表面の微細な構造により、物体表面近傍の流れ(境界層)へ働きかけ、摩擦抵抗低減を実現している。ただし、この微細な構造の形状や配置方法によっては抵抗低減にならず、場合によっては増大を引き起こす。そこで回流水槽や曳航(えいこう)式水路を利用し、流れの可視化実験や流体抵抗計測による評価を行いながら、ミズノと適切な形状の模索を進めた。
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表面構造の違い(左=従来品、右=開発品)
その結果、平滑であった従来品と比較し、写真のような凸形状を有する「GX・SONIC RC」を開発することができた。開発品では従来比較4・8%の流体抵抗低減を実現することができた。このような研究開発の成果は、発明として特許を取得し、国際大会で選手が着用する製品として社会実装されている。
ただこういった研究開発では、信頼できる計測結果の評価が非常に難しいことがある。例えば、非常に微小な力の差が計測誤差ではなく、有意に存在するのかといったことである。こういった事柄は、一つの計測手法に固執せず計測手法の見直しを行うことや、統計的な処理が有効になる。しかし、このような課題に直面した際は、理屈ではなく計測をよく知る学部生・大学院生の現場の声が重要であり、人材育成と研究室での技術の積み重ねが大きな手助けとなる。
そのような学生たちが卒業してしまうのは寂しいが、一人の研究者や技術者として、卒業生と対面することが楽しみでもある。
産学連携学会 第23回大会 函館/6月
産学連携学会(石塚悟史会長=高知大学副学長)は6月19、20の両日、北海道函館市の函館アリーナで「産学連携学会 第23回大会 函館大会」を開催する。
大会テーマは「地域幸福度(Well—being)を向上させる社会の実現に向けた産学官連携体制の構築」。世界の社会環境に多大な影響を与える食料問題などの課題解決には、多様な観点においてリジェネラティブ(環境再生型)なシステムを構築する必要がある。同大会では持続可能なウェルビーイング(心身の幸福)社会の実現を目指し、さまざまな専門分野の視点から産学官連携のあり方について議論する。
19日15時15分からの基調講演は「産学官連携による地域産業の復興と次世代につなげる循環型社会の実現可能性(仮題)」と題し、NTTグリーン&フードの久住嘉和社長が登壇する。
引き続き、16時からシンポジウム「新たな人材育成の取り組みから考える産学官連携による地域人材と産業の創出(仮題)」を開く。産学官連携の事例として科学技術振興機構(JST)の共創の場形成支援プログラム「養殖を柱とした地域活性化のための人材育成事業」などを取り上げ、そこから生まれるイノベーションと地域活性化の可能性について議論する。
このほか一般講演やオーガナイズドセッションも予定している。参加費は個人・団体の正会員・準会員が8500円、学生の正会員が5500円、一般が1万3000円となっている。参加申し込み、問い合わせは同学会函館大会実行委員会事務局(sangaku2025hakodate-rfc@fish.hokudai.ac.jp)へ。