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変・減速機(2024年2月)
減速機、増速機、変速機は動力伝達を担う主要機器として船舶や自動車、建設機械、工作機械、ロボットなど幅広い分野で活用されている。その技術は産業界のみならず人々の安全で快適な暮らしにも貢献している。大学やメーカーなど研究の最前線では軽量化、高効率、高精度など、ユーザーニーズに即した技術追究を続けている。今回は長岡技術科学大学工学部機械系の太田浩之教授に歯車式減速機の回転伝達誤差に関する最新の研究動向を解説してもらった。
トロコイド歯車の回転伝達誤差に関する研究動向
はじめに
歯車減速機に対する精密な位置決めと高能率化の要求に対応するために、トロコイド歯車が開発され、広く使用されている。一対のトロコイド歯車は、図1に示すように、ローラーが取り付けられたローラー歯車とトロコイド歯形を有するカム歯車で構成される。なお、ローラー歯車における各ローラーは、その両端が針状ころ軸受で支持されて自転できるようになっている。
ところで、歯車の運転性能を表す重要な指標として、回転伝達誤差TE(=出力軸回転角-減速比×入力軸回転角)が用いられる。歯車の回転伝達誤差は、歯車振動の加振源と考えられている。そのため、トロコイド歯車の回転伝達誤差の解明が、トロコイド歯車の振動の低減の基礎としても重要である。ここでは、筆者らにより行われているトロコイド歯車の回転伝達誤差の研究の現状を紹介する。
回転伝達誤差に及ぼす偏心の影響
はじめに、トロコイド歯車の回転伝達誤差に及ぼす偏心の影響の研究について紹介する。
1.実験
筆者らは、試験歯車として偏心量の異なる3種のローラー歯車タイプR1からR3まで、および3種のカム歯車タイプC1からC3までを用いて、回転伝達誤差に及ぼす偏心の影響を実験的に調べた。タイプR1およびタイプC1は通常の公差で作成された市販のローラー歯車(加茂精工製「CP1610C」)およびカム歯車(加茂精工製「RG1610A―C30」)である。
一方、タイプR2、R3およびタイプC2、C3は、図2に示すように、ローラー歯車およびカム歯車の幾何学的な中心OrおよびOcに対して、入力軸および出力軸の回転中心OinおよびOoutを意図的にずらすことで、ローラー歯車の偏心量erおよびカム歯車の偏心量ecを大きくしたものである。なお、試験歯車の減速比は3分の1である。
筆者らの実験では、試験歯車のローラー歯車を入力軸、カム歯車を出力軸に取り付け、入出力軸間の距離Cdを図2に示すように、予圧ゼロの場合の理論値(98ミリメートル)に対して0・01ミリメートル減少させた97・99ミリメートルとすることで、試験歯車に予圧を加えた。入力軸回転数、すなわちローラー歯車の回転数は60rpm一定である。入力軸回転角および出力軸回転角をそれぞれエンコーダーで検出し、伝達誤差演算アダプターにより回転伝達誤差を求めている。なお、試験歯車の潤滑にはリチウムせっけん鉱油グリースを用いた。
偏心のある試験歯車の回転伝達誤差の時間波形の測定結果を図3に示す。図3中のTEP―Pは回転伝達誤差のP―P値、zrはローラー歯車のローラー数、frはローラー歯車の回転周波数、fcはカム歯車の回転周波数、zrfrはかみ合い周波数を表す。
図3よりわかるように、回転伝達誤差のP―P値(TEP―P)は、ローラー歯車の偏心量erおよびカム歯車の偏心量ecが最も小さいタイプR1とタイプC1の組み合わせにおいて最小であり、erおよびecの増加に伴って増え、erおよびecが最も大きいタイプR3とタイプC3の組み合わせで最大になる。
また、回転伝達誤差の時間波形には、erおよびecの大小にかかわらず、かみ合い周期(zrfr分の1)を伴った成分が発生する。そして、erおよびecが大きくなるにつれて、それぞれローラー歯車の回転周期(fr分の1)およびカム歯車の回転周期(fc分の1)を伴った成分が増大する。
2.マルチボディー解析
筆者らは前節で述べた実験条件と同一の条件に対して、市販のマルチボディー解析(MBA)ソフトウエア「リカーダイン」を用いて、回転伝達誤差の計算を行った。なお、MBAでは歯面間の弾性接触力はパルムグレンの式により求め、接触部の動摩擦係数は0・3と仮定した。
図4にMBAによる計算結果を示す。図4よりわかるように、MBAで得た回転伝達誤差のP―P値(TEP―P)の計算値は、測定値(図3参照)に比べてやや大きいものの、MBAで得た回転伝達誤差の時間波形は、実験で得た時間波形とほぼ同様である。すなわち、実験結果と同様に、TEP―Pの計算値は、ローラー歯車の偏心量erおよびカム歯車の偏心量ecが最も小さいタイプR1とタイプC1の組み合わせにおいて最小であり、erおよびecの増加に伴って増え、erおよびecが最も大きいタイプR3とタイプC3の組み合わせで最大になる。
また、MBAの計算結果でも、erおよびecの大小にかかわらず、かみ合い周期(zrfr分の1)を伴った成分が発生し、erおよびecが大きくなるにつれて、それぞれローラー歯車の回転周期(fr分の1)およびカム歯車の回転周期(fc分の1)を伴った成分が増大する。
回転伝達誤差に及ぼすかみ合い率の影響
つぎに、トロコイド歯車の回転伝達誤差に及ぼすかみ合い率の影響の研究を紹介する。
1.実験
筆者らは、試験歯車として、かみ合い率εの異なる2種のトロコイド歯車タイプAおよびBを用いて、回転伝達誤差に及ぼすかみ合い率の影響を実験的に調べた。タイプAは市販のトロコイド歯車であり、かみ合い率εは1・1である。一方、タイプBは、タイプAと同一のピッチ円直径(77・2ミリメートル)を持つが、タイプAよりもローラー数および歯数を増やすことにより、かみ合い率εを2・1とした歯車である。
なお、タイプAとBの総偏心量(ローラー歯車とカム歯車の偏心量の和)er+ecはほぼ同じである。実験で得た試験歯車タイプAおよびBの回転伝達誤差のP―P値(TEP―P)に及ぼすローラー歯車の回転数Nrとかみ合い率εの影響を図5に示す。
図5中の○および△印が、それぞれタイプAおよびBのTEP―Pの測定値である。図5よりわかるように、かみ合い率εの小さいタイプAではNrが増すほどTEP―Pの測定値が増加するが、εの大きいタイプBではNrに対するTEP―Pの測定値の増加の割合が低い。
2.マルチボディー解析
MBAで得たかみ合い率の異なる試験歯車タイプAおよびBの回転伝達誤差のTEP―Pの計算値を図5中に実線で示す。図5より、ローラー歯車の回転数Nrに対するTEP―Pの計算値の増加割合は、実験結果と同様に、かみ合い率εの小さいタイプAで大きく、εの大きいタイプBで小さいことがわかる。
おわりに
本稿では、トロコイド歯車の回転伝達誤差の研究の現状を紹介した。そして、ローラー歯車およびカム歯車の偏心量を小さくし、かみ合い率を大きくすることが回転伝達誤差の低減に有効であること、MBAを用いればトロコイド歯車の回転伝達誤差を比較的正確に求められることを示した。本稿が、トロコイド歯車の高度化、および解析技術の向上の参考になれば幸いである。
【執筆】
長岡技術科学大学 機械系 教授 太田 浩之
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参考文献
H.Ohta, A.Yamakawa and Y.Katayama : Effects of Eccentricity on Transmission Errors of Trochoidal Gears, ASME, J.Tribol., Vol 134(2012), p.011102
H.Ohta, M.Kurita and K.Kishi : Effects of Contact Ratio on Transmission Errors of Trochoidal Gears, ASME, J.Tribol., Vol.136(2014),p.0131101
太田浩之,「トロコイド歯車の回転伝達誤差」, 『機械設計』第66巻第13号(2022年12月号)p.33-38