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第36回 中小企業優秀新製品・新技術賞/受賞者座談会
りそな中小企業振興財団と日刊工業新聞社は4月24日、東京・大手町の経団連会館で「第36回中小企業優秀新技術・新製品賞」(経済産業省中小企業庁、中小企業基盤整備機構後援)の贈賞式を開いた。271件の応募があり、厳正な審査の結果、38件が受賞した。そこで受賞企業4社の代表に、受賞製品の特徴や今後の事業展開、自社の経営理念などを語ってもらった。(敬称略)
受賞企業座談会
【座談会出席者】
オンチップ・バイオテクノロジーズ(東京都小金井市) 代表取締役 小林 雅之 氏
日本遮熱(栃木県足利市) 代表取締役 野口 修平 氏
ユニソク(大阪府枚方市) 開発部部長 岩谷 克也 氏
ネフロック(東京都大田区) 代表取締役 靎見 敏行 氏
《司会》日刊工業新聞社 常務取締役 メディア本部長 竹本 祐介
開発のポイント
竹本 皆さん、このたびは受賞おめでとうございます。まず会社の紹介と自社の特徴・強み、今回受賞した技術・製品についての説明や開発のポイント、苦労された点について教えてください。
小林 当社は今年で20年目になります。大量の微生物を解析、分離して個別に分注するシステム「On-chip Droplet Selector」を開発しました。これまで多くの時間と人手をかけて処理していた微生物スクリーニングが、自動で短時間に100万個の微生物サンプルを処理できます。バイオ研究の装置はほとんどが海外製です。この状況を何とか打破したいと考え開発しました。これだけ大規模なスクリーニングができる装置はまだ世の中にありません。当社が最初に開発した装置はセルソーター(細胞解析・分離装置)で、技術的には優れていたのですが、海外製品がデファクトスタンダードとして存在していて、特徴を説明してもなかなか評価してもらえませんでした。そこで、ドロップレットという微小の反応空間を作って、大量に処理する仕組みにしたことで、他社にはない圧倒的な処理能力を得ることができました。2年前から売り出して、これまでに23台の販売実績があります。業績も好調で昨年黒字転換しました。
竹本 ありがとうございます。苦労の末の開発だったのですね。
野口 当社は遮熱技術を屋根材に応用することで冷暖房機器に頼らない高断熱空間を作り上げる「遮熱鋼板ラップ工法」を開発しました。開発のきっかけは、25年前、米国に行ったときに、アルミ箔を建物に貼ると熱を遮断するということが分かって、強く興味を持ったことです。ただ、伝導熱、対流熱についての文献はあるのに、輻射(ふくしゃ)熱についてはなく、分からないことが多かったです。何とか製品に仕上げても遮熱という概念が世の中にないので、なかなか理解されません。そこで、7年間全国を回って実際に体験してもらいました。苦労したのは、建物を出入りする熱の75%は輻射熱で、それを98%カットできるのですが、それだけでは大きな効果が出ませんでした。実はたった2%の屋根からの輻射熱が温度上昇の原因になっていました。放射側をいかに冷やしておくかが重要でした。そこで、屋根と壁を二重構造にして遮熱材を入れ、輻射熱を通気口から排出することで、室内温度を保てるようにしました。通気口には形状記憶合金を採用し、電気を使わずに、外気温が18度Cで全閉し、28度Cで全開する仕組みにしました。これで冬は暖かく、夏は涼しい環境を低コストで提供できるようになりました。
竹本 二十数年かけたまさしく執念の開発ですね。
岩谷 当社は極低温で動作する走査トンネル顕微鏡を主に製造販売しています。超高真空、極低温、強磁場といった特殊な環境下で原子を一つひとつ見ることができる顕微鏡です。世界各国の大学・研究所の研究者がユーザーで、最近は量子コンピューターの材料開発にも使われています。既存の製品の欠点は時間分解能が低いことでした。約1ミリ秒しか時間分解能がありません。最近の新しい材料開発研究は、ナノ(10億分の1)メートルスケールの構造に光を当てて、電子を励起させ、その運動や元の状態に戻ってくる様子を観察する必要があります。そのためにはピコ(1兆分の1)秒レベルで計測する技術が必要になります。当社は約80ピコ秒の時間分解能を実現させました。この装置は、筑波大学の重川秀実教授の研究成果を基に製品化したものです。基本原理は、ある遅延時間を持たせたポンプ光とプローブ光と呼ばれるパルス光対を用い、ポンプ光照射で励起した試料の状態変化をプローブ光によるトンネル電流として検出するというものです。これまでは超高速レーザーを含む光学システムは大型でかつ複雑で、専門家しか扱えませんでした。今回、光学システムの小型化に成功し、設置面積が約10分の1になり、操作性と安定性が大幅に改善されました。今後、半導体材料や太陽電池材料、光触媒材料開発の標準的な評価装置になればと期待しています。開発の苦労は、顕微鏡と光ポンプ・プローブ法を組み合わせることが初めてだったところですが、幸い重川教授の研究室の卒業生が社員にいて、計測手法を熟知していたので、その経験をフルに生かして作り上げることができました。
竹本 やはり試行錯誤の連続の末に開発にこぎつけたのですね。
靎見 我々は2011年に創業した東京工業大学発の人工知能(AI)ベンチャーです。私自身も大学時代からコンピューターに携わる研究をしており、現在でもエンジニアとして開発に参加しています。会社は大学のすぐそばにあり、エンジニアは東工大出身のメンバーで構成されています。今回開発した「EdgeOCR」は、スマートフォンの端末上で動作する高速・高精度なOCR(光学式文字読み取り)です。既存のクラウド型OCRでは読み取った画像をクラウドに送って処理するので、3―4秒の処理時間がかかります。しかし現場での作業において、1カ所の読み取りに数秒かかっているようでは実用に耐えません。我々は文字を読み取る処理を端末内で完結させることにより、読み取り速度を0・1秒と大幅に高速化させました。苦労した点は、AIの精度を向上させると速度が犠牲となり処理時間が大きくなってしまうことにありました。精度と速度はトレードオフの関係にあります。いかに精度を落とさずに高速化するかが一番苦労したところです。また、実際にユーザーに製品を見せると、「文字が読めるだけでは使えない。在庫情報と突き合わせをしたい」といった、より具体的な業務内容に基づいたニーズが分かりました。そういったニーズを製品に取り込むことにより、製品の品質を向上させるサイクルを築き上げています。
竹本 やはりソフトの開発力が求められているということですね。では次の質問です。これからの事業展開や可能性についてお聞かせください。
今後の事業展開
靎見 OCRという文字を読む技術自体はかなり基礎技術に近いものです。我々はその基礎技術を各種のハンディターミナルメーカーや、さまざまなサービス事業者に提供することで、我々が知らない業界に対しても展開できるのではないかと考えています。すでに大手メーカーやサービス事業者に提供を行うことにより拡販を進めています。現在は日本語と英語のみの対応ですが、データを集めることにより多言語にも対応することができます。今後は国内だけではなく、欧州やアジア圏にも展開していきたいと考えています。
岩谷 今後の事業展開は三つあります。今回の顕微鏡は走査用の探針が1本だけですが、それを4本に増やします。それぞれの探針で試料表面の構造を観察できるだけでなく、探針を電極としても使うことができるため、デバイス構造への応用が可能になります。もう一つは装置のレンタル事業を始めています。今回開発した装置は付加価値の高い計測手法ですが、この手法を用いている研究者の数はまだまだ少ないです。ユーザーを増やすために、当社内に装置を常設して、来社やオンライン接続で使用してもらうことで普及につなげていきます。三つ目は原子間力顕微鏡への展開です。走査トンネル顕微鏡は原理的に導電性のある試料しか測れないので、絶縁体も測定できる原子間力顕微鏡に適用できれば、測定可能な物質、応用分野が大幅に広がります。現在、分子科学研究所と共同研究を進めていまして、手応えを感じつつあります。
竹本 どこかの商社などと組むとか他社との連携のようなことも考えられますね。
野口 先ほども申したように輻射熱対策が大事だということが分かったので、新しい屋根の工法を開発しました。初年度の昨年は4社に採用されました。全社に「よかった」と評判が良く、今年もリピートで注文していただきました。まだ1年目ですが、見積もりだけで30億円ぐらいいただいています。基本はリフォームですが、7月に新工場に施工することも決まっています。この技術の良いところは、溶接のように風を嫌う作業場にはエアコンを設置できないのですが、そのような場所にも使えることです。過酷な環境で作業をしていた方々を救済できます。また、鉄板の屋根は温度が上がるとガタガタと音が鳴り、近隣への騒音問題が発生していたのですが、それもなくすことができます。さまざまなところに需要があると思っています。
小林 世界の微生物解析装置における日本の市場は8%にとどまると言われています。一方当社は海外比率が20%程度です。膨大で未開拓な世界市場が残っています。これまでも海外市場開拓に取り組んでいましたが、コロナ禍で一時停止状態でした。昨年からリスタートして北米、欧州、中国の市場開拓を進めています。ただ、国内では当社もそこそこ知られていますが、海外では全く知られていません。情報発信を強化していきたいと考えています。それと、事業を拡大するには、競合する企業が出てこない状況をつくることが重要です。そのためには、我々の装置を使えば、やろうと思ったことが確実にできるというエビデンスを作っていくことだと思っています。それを海外ユーザーの研究者にも発信していく。そして、ユーザーがやりたいことができるようになるまで、使い方を含めてサポートしていきます。この技術サポートを有料で提供していこうと考えています。ユーザーから、そこまでやってくれるなら、と思ってもらえれば価格が高くても選んでいただける。フルサポートする会社になることで、競合が出ない状況を作ろうと考えています。
竹本 人材が肝になるように思いますが、そのあたりはどうお考えですか。
小林 一般論で言えば、上場して有名になって、社会的な評価を得て優秀な人材を獲得するのが王道の戦略です。それともう一つは、当社装置のユーザーである大学の研究室の修士・博士やポスドクの方々に当社に入社してもらっています。ユーザーとして当社装置の使用経験があるので、即戦力を期待できます。学生やポスドクの方にそういうオプションがあるのだということを知ってもらうことで、採用の良いサイクルが作れればいいなと思っています。
経営方針 人づくり
竹本 それでは、最後に、将来こういう会社にしたいという思いをお聞かせください。
小林 バイオ機器の業界は、日本企業の誰も成功していません。何とか成功した企業になりたいと思っています。やはり先輩企業がいないのが難しいところです。当社が成功して、この業界の後輩企業に教えられる企業になって業界を引っ張っていければと思っています。
野口 もともと地球温暖化対策をいち早く担おうという思いで技術開発に取り組んできました。今は住宅に挑戦しています。夏場のエアコンゼロの住宅を建設しています。断熱材を一切使わない遮熱材だけの住宅です。快適な環境で省エネを実現させていきます。一般の方に体感してもらっていますが、結構評判はよいです。また、この工法は建物だけでなく、鉄道やトラック、コンテナにも使えます。快適な環境で省エネを実現する技術をさまざまなところに普及させていきたいです。
岩谷 社長の代理として申します。当社の経営理念は、ユーザーの探求心に応える計測を提供して、その成果を通じて科学技術の発展に貢献することです。ユーザーは世界各国の大学・研究所の研究者で、「こういうものを測りたい」という熱い思いをお持ちです。それを実現する装置を提供することが当社の使命です。実際、装置一台一台ほとんど同じものがないくらいカスタマイズしています。ユーザーが満足するまでサポートを徹底し、当社の装置を使えば成果が出るという信頼を得られるよう努めています。
靎見 当社は国内のソフトウエア会社ですが、最終的には海外に進出することで外貨を稼ぎたいと考えています。前職では外資系のシステム会社にいたのですが、自分が使っていたコンピューターは、CPUをはじめとするハードやOSなどほとんどが海外製で、国内ソフトウエア産業の現実を考えるきっかけとなりました。ネフロックという社名は、逆から読むと「黒船」で、海外で稼ぐという思いを込め名付けました。現在大学のそばにあるオフィスは、1階はオフィスですが、2階は東工大生向けシェアルームとして運営しています。2階がシェアルームとなっているのは、学生にベンチャー企業を身近に感じてもらうことで、もっと学生起業家やベンチャーマインドのある学生が出てきてほしいという思いからです。実際シェアルームを卒業したメンバーは、起業をしたり海外に留学したり先端研究に従事したりと、ベンチャーマインドに溢れるメンバーばかりです。この循環をどんどん作れれば永続的な仕組みとして産業全体を活性化してくれると信じています。