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めっき技術
電気めっきは、各種金属の特性をほかの素材に付与する表面処理法として幅広く活用されている。また、アルミニウムは軽量で耐食性、高伝導性を備え、多くの分野で利用される金属である。しかし、アルミニウム被膜を電気めっきによって形成する技術は長らく実用化が進んでこなかった。その原因の解消に向けた近年の研究成果(低コスト電解液の開発および乾燥空気中での電析技術)を概観し、アルミニウムめっき実用化への展望について述べる。
アルミニウムめっきの実用化に向けた課題と技術動向
【執筆】 京都大学大学院 エネルギー科学研究科 教授 三宅 正男
電気めっきの特徴とアルミめっきの可能性
電気めっきは、基材上に金属被膜を形成するめっき技術の一つである。金属イオンを含む電解液に対象物を浸し、電流(または電圧)を加えることで、金属イオンを還元・析出(電析)させ、基材表面に被膜を形成する。この被膜により、基材に欠けている耐食性、耐摩耗性、潤滑性、装飾性などの機能を付与できる。
電気めっきは、一般的に常温・常圧に近い条件で実施でき、設備も比較的簡素であるため、真空蒸着法やスパッタリングなどのほかの製膜法と比べて低コストである。また、製膜速度が比較的速く、複雑な形状の基材にも製膜可能である点も大きな利点である。
用途に応じてさまざまな金属被膜が製造されている。例えば、金めっきは優れた電気伝導性と耐食性をあわせもつことから、電子部品の端子などに用いられている。ニッケルめっきは金や銀めっきの下地として、あるいは単独でも装飾性や耐食性の付与を目的に広く使われている。そのほかにも、銅、亜鉛、クロム、スズや、これらの合金などのめっきも実用化されており、それぞれの金属の特性を生かした用途が開発されている。
これらの既存の電気めっきでは、水を溶媒とする水系電解液が用いられている。しかし、水系電解液からは電析できない金属も存在する。その代表例がアルミニウムである。アルミニウムは軽量で耐食性に優れ、高い熱・電気伝導性を示し、水素バリアー性などの特徴を持つため、電気めっきが可能なら、電子部品や電池における導電層・保護層、水素タンクのライナー材など、多くの製品への応用が期待される。
さらに、アルミニウムめっき被膜にアルマイト処理を施せば、耐食性・耐摩耗性の向上、染色、そのほかの機能付与が可能であるため、さらなる高機能材料の創出が期待できる。
低コストの電解液 開発進む
しかし、アルミニウムはイオン化傾向が高いため、水系電解液では電析できない。そこで、有機溶媒や溶融塩などの非水系電解液を用い、アルミニウムを電析させる研究が、20世紀中頃から、進められてきた。特に、1980年代以降、AlCl3—EMIC(1—エチル—3—メチルイミダゾリウムクロライド)系に代表されるイオン液体の登場により、室温付近でのアルミニウム電析が、実験室レベルでは一般的な技術となった。
それにもかかわらず、アルミニウムめっきの産業化は限定的である。その要因の一つが、電解液のコストである。特に、AlCl3—EMICイオン液体は高価(1キログラム当たり20万円以上)であり、量産には不向きである。この課題に対して、低コスト材料を用いた電解液の開発が進められている。
低コスト電解液の多くは、EMIC系に比べ、イオン伝導度が低く、電析速度が遅いなどの欠点を有するが、当研究室で最近見いだしたアルキルアミン塩酸塩を用いる系は、EMIC系の十分の一程度の価格でありながら、EMIC系と同等の速度でアルミニウム電析が可能である。さらに研究が進めば、電解液コストの課題は大きく緩和されるものと期待される。
乾燥空気下でアルミめっき成功
産業化を阻むもう一つの大きな要因が、アルミニウムめっきを大気開放下で実施できないことである。アルミニウム電解液は、吸湿性が高く、通常の大気中では加水分解を起こして電析不能になる。これを防ぐため、実験室ではグローブボックスなどを用いて、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で電析が行われている。しかし、このような密閉環境では、大型基材へのめっきは困難である。
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図 めっき工程の例
大気から完全に隔離された閉鎖系内でめっきする場合、一連の工程の連続化が困難になり、高コストとなる
また工業的には、めっき前後の洗浄・乾燥を含む一連の処理(図)をライン化し、自動・連続的に行うことが一般的だが、密閉系の工程が含まれると、基材の搬送が制約され、連続化は難しい。結果として生産性が著しく低下し、コストが増大するため、産業化の大きな障壁となっている。
この課題に対して当研究室では、アルミニウム電析を乾燥空気中で実施することを検討している。乾燥空気雰囲気は、大気を除湿することで得られ、周囲の大気から厳密に隔離しなくても維持することができる。このため、基材の出し入れが容易でプロセスの連続化が可能となり、生産性向上・コスト低下が見込める。
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㊧EMIC系および㊨アミド系電解液を用いて乾燥空気中で電析されたアルミニウム
実際、従来のAlCl3—EMIC系電解液を用いて乾燥空気中でアルミニウム電析を行うと、電極の一部にしかアルミニウムの析出は起こらず、電流効率も80%以下に著しく低下する(写真左)。このため、アルミニウム電析には、酸素も水分も存在しない環境が必須と考えられてきた。しかし、筆者らは酸素が存在していても、アルミニウム電析が可能な電解液系が存在することを明らかにした。例えば、AlCl3—アミド系の電解液では、乾燥空気中でも、ほぼ100%の電流効率で均一なアルミニウム被膜が得られることを確認した(写真右)。
低コスト電解液の開発や乾燥空気中での安定電析といったブレークスルーにより、アルミニウムめっきの実用化の可能性が現実味を帯びつつある。
産業界で利用されることで、技術がさらに洗練され、応用先が拡大することを期待している。