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規制、27年発動 猶予5―12年
今年1月、ドイツ、デンマーク、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5カ国から、欧州化学物質規制(REACH)に基づいてPFASの製造や販売、使用を制限する規制案が欧州化学物質庁(ECHA)に提出された。現在、欧州委員会ではパブリックコメント(意見公募)で得られた内容も踏まえた上で法案の起案に動いており、2025年に法案が採択されれば18カ月の移行期間を経て27年から規制が発動される。もし、PFASがREACH規制の対象になれば、EUに進出している日本メーカーの産業活動をはじめ、PFASを使用している最終製品のEU向け輸出にも規制がかかることになる。対象となるPFASの代替物質が開発途中などで入手できない場合は猶予期間として5年、PFAS非含有の代替物質が市場に存在しない場合は猶予期間として12年が設けられている。
「永遠の化学物質」発がん性報告
PFASとは、社会で広く使われている数多くの有機フッ素化合物の総称だ。1940年代ごろから普及しはじめ、耐水耐油性、熱・薬品に強い、光を吸収しない、非通電性、耐候性、化学的安定性などの優れた特性ゆえに、撥水撥油剤、界面活性剤、洗浄剤、表面処理剤、半導体用反射防止剤、金属めっき処理剤、殺虫剤、乳化剤、コーティング剤など、半導体産業、電子・電機・通信、エネルギー、医療機器、洗浄分野などをはじめとした非常に幅広い分野で数多く使われている。
PFASは1万種類以上存在するともいわれ、自然界や体内で分解されにくい性質から「永遠の化学物質」と言われている。①どの人工化合物よりも自然環境において残留性が高い②生物体内での蓄積性、自然界への拡散性の高さ、生体毒性など―が問題視されており、これらが今回の制限対象として挙げられた理由だ。
PFASの中でも特にペルフルオロオクタン酸(PFOA)類、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)類はその有害性や高蓄積性などから、国連の残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)ですでに廃絶対象物質に認定されている。日本でも化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)においてPFOSは2010年から、PFOAは21年から第一種特定化学物質に指定、施行されている。
PFOA、PFOSの毒性として、動物実験では胎児の発育影響のほか、発がん性、消化管や肝臓への影響、軽度の皮膚刺激や眼への刺激などが報告されている。
電子基板・建材などで利用
PFOSの主だった用途は半導体や液晶ディスプレーのフォトマスク、写真感光剤、カテーテルや留置針といった医療機器など。一方のPFOAは電子基板や食品包装紙、フローリングなどの建材で使われていた。
特にPFOSはかつて泡消火剤にも使われており、消火剤散布後に自然環境へ流出するケースが報告されている。一部地域での地下水・土壌汚染が指摘されており、地域住民の健康不安が社会問題となっている。厚生労働省では水道水におけるPFOS・PFOAの暫定目標値を合算値で1リットル当たり50ナノグラムと定めており、対象地域住民の血液検査・体内在留値の測定などが進められている。
沖縄県内のとある公園では、園内水遊び施設で利用予定だった地下水から、規定値以上のPFASが検出された。流機エンジニアリングではPFAS浄化装置を提供し、安全な水質確保に協力している。今後、環境保全の観点からメーカーの工場排水や貯留水、土壌などを対象に、濾過・浄化装置の導入加速や水質・土壌検査などのサービス利用者が増える見込みだ。
しかし、全てのPFASが生体に影響を及ぼすとは認められていない。例えば有機高分子化合物(ポリマー)は構造上PFASに分類されるが、PFOAやPFOSのような生体毒性が確認されているわけではない。EUのPFAS規制の理由として挙げられた「環境残留性」が大きくフォーカスされた結果、1万種以上あるといわれる全てのPFASが規制対象に検討されていることに対し、主要な国内化学メーカーが加入する日本フルオロケミカルプロダクト協議会(FCJ)をはじめとした業界団体では懸念を表明し、欧州委員会に対して意見書を提出。現在、欧州委員会に提出されたパブリックコメントは日本やドイツ、ベルギーをはじめとした全世界から5642件以上(そのうち企業から3313件、業界団体から552件)が集まっており、各国の関心の高さがうかがえる(表1)。
供給網 大混乱 代替材料なし
日本弗素樹脂工業会(JFIA)に所属する中興化成工業の末石将之執行役員は「全PFASに対する規制は、今後製造現場、使用環境、サプライチェーンに大混乱をもたらす」と警鐘を鳴らす(表2)。
その一例として半導体製造装置がある。フォトレジストやバルブ、ポンプの接液部材、反射防止膜の用途でPFASが使用されおり、特に半導体製造で使用されるPFASはある特定の用途に従って設計されているので、基本的に代替材料が存在しない。また半導体製造装置は1万点を超える部品を使用しており、サプライチェーンを遡ってPFAS含有を確認するには困難が伴う。国際半導体製造装置材料協会(SEMI)はEUのPFAS規制に対して所轄官庁へ意見を提出していくとともに、サプライチェーンに関わる全ての対象者へのPFAS含有についての情報共有を進めていくのが重要との認識を示す。
JFIAに所属するニチアスの戸塚優子上席執行役員も、全ての有機フッ素化合物が「PFAS」としてひとくくりにされることを問題視する。危険性が確認されていないPFASと、POPs条約上、生体毒性が指摘・規制されているPFASを分けて認識すべきと指摘。「PFOSやPFOAなどは『特定PFAS』(図)と呼称し、フッ素樹脂やフッ素ゴムなどの低懸念ポリマーとは異なることを知ってもらいたい。過度な危険視ではなく、フッ素樹脂はあらゆる産業活動上、欠くことができない素材として訴えていく」と強調した。また、欧州規制に先立ち開発が進むPFAS非含有の代替物質について「ライフサイクル全体を通した二酸化炭素(CO2)排出量や使用耐久性なども既存PFASの代替たり得ることが新素材として求められる」と注文を付ける。
今後、欧州規制がどのような形で検討され着地するのか、欧州の決定を産業界が注視している。