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非破壊検査のDX ~デジタルツインとデータ共有~
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タブレット端末に表示したコンクリート内部の鉄筋のAR画像
【執筆】愛媛大学大学院 理工学研究科 教授 中畑 和之
ドイツが推進する製造業のデジタル化プロジェクト「インダストリー4・0」になぞらえた「NDE(非破壊評価)4・0」の核となる技術は、計測データと解析が連動したデジタルツインである。ここでは、デジタルツインとその実現に必要なデータ共有に関する動向を紹介する。
欧米ではNDE4・0をキーワードに掲げて、非破壊検査のDXを推進する動きが活発化している。NDE4・0の核となる技術の一つはデジタルツインである。また、それを実現するためのデータの共有・交換の標準化についても議論が欧米で進んでいる。
デジタルツインとは、現実世界(物理空間)の現象を、サイバー世界(仮想空間)でモデル化したものであり、システムの最適化や維持管理などに貢献する技術である。非破壊検査では、計測したデータをクラウドサーバー上で解析して傷の評価を行ったり、さらに現在の傷の状態から将来の劣化時期をシミュレーションしたりなど、さまざまなデジタルツインの利用が提案されている。
デジタルツインを活用する上で、解析結果を現実世界にフィードバックすることが重要である。解析結果を3次元(3D)表示する手段として拡張現実(AR)がある。ARはカメラなどを使用して現実の対象物を認識し、その上に解析結果を重畳する。
写真はコンクリート表面に設置した超音波アレイ探触子で内部鉄筋からの散乱波を計測し、サイバー空間で開口合成処理した内部形状をタブレット端末画面上の対象に重畳した例である。内部鉄筋の位置や形状の視認性が向上し、補強作業などでコンクリートを削る場合にも役に立つ。
このように現実とサイバーの間、あるいは現実間同士を行き来するには、データのデジタル化はもちろんであるが、データ交換や共有のための取り決めが必要である。NDE4・0をけん引する国際非破壊試験委員会(ICNDT)では、検査データのフォーマットやその通信プロトコルの標準化について議論を進めている。医療では「DICOM(ダイコム)」と呼ばれる医療用画像の共有と通信プロトコルの規格が既に整備され、異なる装置やソフトウエアの間でネットワークを介してデータのやりとりが可能となっている。
この規格に準じて非破壊検査用の規格として「DICONDE(ディコンド)」が検討されている。標準化の導入は将来的には多角的な検査データの融合による評価精度の向上と、人工知能(AI)や機械学習による傷の自動・自律評価に寄与すると考える。
実用化が進む中性子線によるコンクリート内部の塩分濃度非破壊検査技術
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橋梁点検車に中性子塩分計を設置して実橋梁の塩分濃度を検査
【執筆】ランズビュー 社長 髙村 正人
中性子線を活用し、非破壊でコンクリート構造物内部の塩分濃度を計測する技術の実用化が進んでいる。本技術の概要と展望について紹介する。
塩害による落橋などの重大事故は、世界各地で発生している。日本においても、外観目視では確認できない橋梁内部の鋼材腐食が見つかり、即時に供用停止となった事例などがある。海水からの飛来塩分や凍結抑制剤に含まれる塩分の浸透により、コンクリート内部の鋼材腐食が発生し、構造物としての強度低下を引き起こす。インフラ構造物の老朽化や人材不足による維持管理の課題に対して早急な対応が必須となる中、中性子による非破壊計測は大きな力となる可能性がある。
中性子を対象物に照射すると、対象物中の原子核に応じた複数の特有のエネルギーを持ったガンマ線(即発ガンマ線)が、特有の強度で放出される。このガンマ線を検出し、そのエネルギーおよび強度から、対象物中に存在する元素の同定と定量が可能となる。中性子およびガンマ線ともに物質中の透過力が高いため、コンクリート内部の塩分(塩素)を非破壊で計測することが可能である。
理化学研究所が開発した中性子塩分計「RANSーμ(ランズマイクロ)」は、取り扱いに資格不要の表示付き認証機器である放射性同位元素のカリフォルニウム(Cf)を中性子源として用いる。これにより橋梁点検車などでの使用が可能となった。
コンクリート中の鉄筋や鋼材位置での塩分濃度測定が重要であることから、かぶり厚さ7センチメートル程度の構造物に対応できる性能となっている。具体的には、コンクリート表面から深さ方向に3センチメートルずつ3層(0ー3センチメートル、3ー6センチメートル、6ー9センチメートル)に分けて塩分濃度分布がその場で表示できる仕様となっている。測定下限値は現在1立方メートル当たり1キログラムとなっている。深さ方向の濃度分布分解能、測定下限値ともに改善に向けて研究開発が進められている。
測定時間は現在1カ所当たり15分から1時間までとなっているが、今後は短縮される見込みである。非破壊検査であることを生かし、より多くの測定箇所数や、同一箇所の経時変化測定が実現し、予防保全への貢献が期待できる。
イタリア文化財(歴史的建造物)における非破壊試験の適用事例について
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ヴィコフォルテ教会堂外壁石貼りの熱画像、可視画像 -
ヴィコフォルテ教会堂外壁石貼りの熱可視融合画像 -
ヴィコフォルテ教会堂外壁石貼りの補修工事
【執筆】名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 教授/工学博士 青木 孝義
イタリアの文化財である歴史的建造物に保存目的で適用してきた非破壊試験の事例を紹介する。
イタリアには歴史的建造物が数多く残っているが、2009年と16年の中部地震、12年の北部地震による被害、材料の経年劣化などにより構造的安定性が脅かされている。これらを保存・保護(予防保全)することを目的に、非破壊試験を適用している。
シチリア島のアウグスタ市にある飛行船格納庫(1917年建設開始)は、現存する鉄筋コンクリート(RC)造の唯一の例であるが、鉄製大扉による不同沈下の影響で、屋根と壁面に大きな亀裂が生じていた。サーモグラフィー法による外壁の亀裂調査、鉄筋間隔と鉄筋の腐食度調査、コンクリートの強度推定、中性化深さと塩化物イオン量の測定、常時微動測定、亀裂幅と建物傾斜のモニタリング調査を実施。アウグスタ市に調査結果を提出したが、残念ながら補強補修工事に生かされなかった。
モンドヴィ市郊外の世界最大組積造楕円形ドームを持つヴィコフォルテ教会堂(1596年建設開始、1731年ドーム完成)には、劣化現況調査・診断のための手法が確立されていない組積造建築に対して、コンクリート工学の分野で使用されている非破壊試験の適用を試みた。
電磁波レーダー法による部材厚さ調査、衝撃弾性波法による補強部材破断調査、反発硬度法、超音波測定法、ウィンザーピン法、引っかき試験、フィルムケース簡易吸水試験による材料調査、サーモグラフィー法による亀裂・フレスコ画や石貼りの浮き調査、常時微動測定などを実施した。 一連の調査でヴィコフォルテ教会堂から感謝されたのは、外壁石貼りの剝離調査結果であった。
熱可視融合画像ではサーモグラフィーによる熱画像を可視画像上に表示することで、石貼りに浮き空間が発生して落下の可能性が高い部分が明瞭に検出された。本調査結果を提出した半年後に石貼り部分の石が剝落し、本調査結果に基づいて補修工事が実施された。
歴史的建造物を後世に伝えるため、ブラーノの教会堂、世界遺産のモデナ大聖堂と市民の塔のモニタリングを現在も継続している。
遠隔操作壁面・天井走行ロボット搭載による新しい非破壊検査技術
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最新電磁波レーダ電磁波レーダー「Flexシリーズ」と壁面・天井走行ロボット「SPIRADER」
【執筆】KEYTEC 社長 岩田 和彦
現在、コンクリート構造物の人力によるかぶり測定は労力やコストの過大といった課題がある。ここでは最新非破壊検査装置と壁面・天井走行ロボットを用いて、業務の精密化・自動省力化に貢献する新しい非破壊検査技術を紹介する。
近年、コンクリート構造物の老朽化による大規模改修を実施する計画が数多く立ち上がっている。コンクリート構造物が劣化する起因は鉄筋腐食であるが、改修工事を施工するには正確な鉄筋位置の把握が必要である。しかし、現在は人力によるかぶり測定を実施しており、労力やコストの過大が課題となっている。
当社は長年にわたり「コンクリート内部の完全透視」を目指して開発を進め、今回この現状を打破すべく、最新非破壊検査装置を壁面・天井走行ロボットに搭載する。これにより、最新電磁波レーダ本体機「Flex(フレックス)NX」と狭所用超小型ユニット「NX25」「NX15」は、コンクリート内部の鉄筋のほか非金属管、厚み、空洞、クラックなども探査可能な高性能コンクリート内部探査として機能する。フレックスNXとNX25の最大探査深度は約75センチメートルで、新たに販売するNX15の最大探査深度は約100センチメートルの探査深度を誇る。
両ユニットの特徴の一つにクロアンテナがあげられる。従来の送受信アンテナ配置と90度配置を変更するアンテナを内蔵し、異なる偏波面を追加することで、鉄筋直下の配筋・配管や空洞などの検出性を大幅に向上させた。さらに無線化を採用。非常に安定性が高い通信で本体機と狭所用超小型ユニットのワイヤレス接続が可能となった。本体機を中継器として使用することで狭所用超小型ユニットのみでの探査もでき、液晶端末で探査データの表示や制御が行える。
安定した無線接続を生かすことで、JR東日本とオンガエンジニアリングが共同開発し特許を出願している壁面・天井走行ロボット「SPIRADER」への搭載が可能となった。
同ロボットは高速ターボ排気方式で壁面や天井に吸着し、外部電源を用いて秒速25センチメートル以上で走行。耐荷重約800キログラムで落下対策の安全設備が施されている。
当社は同ロボットの外販許可を受けており、鉄筋腐食探知・打音検査機などの非破壊検査機の搭載も企画中であり、業務の精密化・自動省力化に貢献していく。
水素ステーションの運転中の検査手法(アコースティック・エミッション法)の開発
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水素ステーションの構成
【執筆】JFEコンテイナー 高圧ガス容器事業本部 シニアフェロー 高野 俊夫
水素ステーションに設置されている高圧水素蓄圧器の非破壊検査と運用中の検査基準について紹介する。
圧縮水素ステーションの構成を図に示す。圧縮水素ステーション用鋼製圧力容器は高圧の水素を充填しており、燃料電池自動車(FCV)への水素供給によって圧力容器内の圧力変動が起きる。この水素内圧の増減の繰り返しにより圧力容器に疲労亀裂が発生・進展する可能性があり、現在は定期的な開放検査が求められている。開放検査は圧縮水素スタンドを休業させる必要があるために運営の負担となり、開放によって内部が大気により汚染されるリスクもある。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、「水素ステーションの供用中検査手法の開発事業」を2018年から5年計画で実施し、疲労亀裂進展に伴う弾性波を圧力容器端部に設置したセンサーで測定するアコースティック・エミッション法(AE法)は圧力容器の疲労損傷を検査できる有効な手段となり得ることが確認された。
AE法の検査方法の確立および規格化は、どの非破壊検査事業者でも容易に圧力容器の健全性を把握することを可能とし、水素スタンドの保安の確保、保安検査期間の短縮および費用の削減への貢献が可能となる。圧力容器のAE試験の規格化を日本非破壊検査協会が実施し、圧力水素スタンド用圧力容器のアコースティック・エミッション試験規格「NDIS2436」を制定するに至った。
高圧ガス保安協会(KHK)では、23年度の事業として、保安検査基準「KHK/JPEC S 0850―9(2018)」の改訂が審議されている。改訂に際して、保安検査における「適切な非破壊検査方法」の一つとして、23年度に制定されたNDIS2436の採用が検討されている。NDIS2436が引用されれば、低炭素社会の実現に向け、水素ステーションの整備費、運営費のコスト低減に寄与できる。
回転翼UAVを活用した汎用的な道路被災調査支援システムの開発
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UAV・AIを活用した被災状況調査イメージ
【執筆】パシフィックコンサルタンツ インフラマネージメント部 空間創造室 室長 稲光 信隆
パシフィックコンサルタンツは回転翼の無人航空機(UAV)を活用した道路被災調査支援システムを開発し、被災状況の早期把握に取り組んでいる。同システムの特徴と今後の展開を紹介する。
甚大な被害が発生した「令和6年能登半島地震」をはじめ、近年大規模な自然災害が頻発している。災害発生時はできるだけ早く被災状況を把握することで、迅速かつ効果的な災害応急対策を実施することが求められる。こうした被災調査への活用に期待されているのがUAVだ。
当社が既に開発している固定翼UAVと人工知能(AI)を活用したインフラ点検支援システムを応用し、回転翼UAVへの搭載を想定した道路被災調査支援システムを新たに開発した。このシステムによって取得した画像から道路上の亀裂、支障物、盛土崩壊、斜面崩壊などの被災状況を早期把握する。
また回転翼UAVは搭載可能な重量に限りがあることから、これに対応したシステム構成と、制限を受けるコンピューター性能でも快適に動作するAIモデルも開発した。各種UAVに搭載できる汎用的なシステムを構築したことが特徴であり、国道事務所や都道府県の土木事務所への配備を見込んでいる。
なお、道路被災調査支援システムは、当社が取り組んできた人工衛星やUAVを活用した空間情報のセンシング技術を統合し、災害対応に貢献できる技術開発の一環として開発したものである。さらに、大規模災害だけでなく日常的にも活用できる技術として、回転翼UAVを活用したインフラ巡回点検支援システムの開発も進めている。通常時はインフラ施設の巡回点検に活用でき、災害発生時の被災状況把握にも役立てられる。
今後の実用化に向けてはUAV運用体制の整備が重要であり、日常的なインフラ維持管理体制に組み込むことが有効だ。当社は共同企業体(JV)の一員として参画している新潟県三条市包括的民間委託などの多様な実装フィールドにおける試行から得られたノウハウを重ね、将来的な広域連携の拡大を見据えたインフラ維持管理技術および効果的な運用体制の提案を進めている。