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11月29日開幕 2023国際ロボット展(2023年11月)
医療ロボット/市場の急成長と技術革新
医療ロボット市場が急成長していることをご存じだろうか。現在3兆円とされる市場規模は、2030年までに11・5兆円に成長すると見込まれる。拡大・急成長する医療ロボット市場に、日本企業は乗り遅れていないか。ここでは医療ロボットの市場概況、技術概要、二つの研究開発事例、新規事業参入について紹介する。
11・5兆円規模/医療ロボット 30年までに成長予測
医療機器は治療用、診断用などさまざまあるが、医療ロボット市場に限った年平均成長率(CAGR)は15%程度と他医療機器と比較しても突出して高い。1995年設立の手術ロボット専業企業である米インテュイティブサージカルは2020年の売上高が約4600億円、世界の医療機器メーカーランキングで23位となり、日本の多くの老舗医療機器メーカーをしのぐ規模に急成長した。
手術ロボットの黎明期には、海外製のロボットでも実は内部に多くの日本企業の技術が使われていたと聞く。日本企業は医療ロボットのようなシステム開発が苦手という声もある。しかし、国内には多くの優れたロボット企業が存在し、かつ日本は世界に先駆けて高齢化進行による医療経済変遷を経験する国である。日本企業参入の商機は大きく存在する。
先行する手術とリハビリへのロボット応用
現在の医療ロボットとして、手術ロボット、リハビリテーションロボットに注目が集まる。当初、手術ロボットは整形外科領域などで導入が始まったが、ダビンチをはじめとする内視鏡下手術ロボットで大きな成長を遂げた。ダビンチは医師が入力した操作を体内に挿入された微細な手術ロボットが忠実に再現することに特徴がある。
筆者が知る限り、このような大規模に普及する製品でリーダー・フォロワー型システムが導入された初めての製品ではないか。今後の手術ロボットは、外科手技の一部の自動化、より細分化した疾患への対応など、幅広い領域への適用拡大が期待される。
リハビリテーションロボットでは、患者がロボットを装着し、医師・療法士に代わって運動を処方する。療法士らの負担削減が期待できるが、それだけではなく、ロボットが生体信号を取得し、これをトリガーとして運動を処方することで神経系の作用まで考慮した訓練が可能となる。
このような従来の医療技術を超える治療の提供は、価値が高い。特に上肢を対象とするロボットは多くの臨床試験で有効性が示されており、今後の発展が期待される。
世界一小さい内視鏡下手術用ロボットツール
内視鏡手術ロボットには多くの技術要素が存在するが、手術ツールは組織へアプローチし、手技を行うため小型化、精密さなど、医師からの要求が高い。ダビンチの術具は複数のワイヤとプーリーを連結させて多自由度に駆動しており、極めて巧緻な動作が可能である。当該特許の存続期間終了に伴い、類似技術を応用したものが他社から販売されはじめている。
筆者は脳神経外科や小児外科など、さらに狭所・深部での手術を行うための小型手術ロボットの開発を行っている。そのために導入したのがコンプライアント機構である(図1)。
同機構では、動作に伴い機構のフレームが弾性ヒンジとして変形を生じ、動力を伝達・変換することに大きな特徴がある。これにより、所望の動作を極めて小型、軽量、清潔、無騒音に行える。
ただし、従来とは大きく異なる機械的構成・特性を有することから、現在も筆者らは探索的に新機構の設計、解析、評価を行い、導入している。図2に示す手術ロボットツールは、同機構を応用し、直径が2ミリメートルと世界最小でありながら、ダビンチと同じ自由度を実現した。
手指リハビリテーションロボット
リハビリテーションでは、デバイスは身体に直接的に装着され関節運動を支援するため、安全性への配慮が重要である。かつ運動時に動作を阻害しないため小型・軽量である必要がある。図3に示す手指リハビリテーションロボットSMOVE(スムーブ、写真提供=メグウェル、三松)は、コンプライアント機構を応用し、手指の関節を対象に遠隔に配置した一つのモーターを駆動することで手指の開閉運動を支援する。
同機構により、装着部を小型・軽量とし、脳卒中患者らが装着したまま物品を扱う訓練ができる。また、機構が内包する柔軟性は、過度の負荷を抑制し、患者の手指を安全に、かつさまざまな物品を効果的に把持・操作するために役立つ。
本体には精密な筋電位センサーを搭載しており、重度の患者でも手指を動かしたい意図を検出できるのも大きな特徴である。そのためSMOVEを用いれば、神経回路の促通を促すニューロリハビリテーションをロボットで実践することができる。現在、国内の五つの医療機関で脳卒中患者らを対象とした臨床試験を行っている。
国内メーカーの新規参入期待
医療ロボットは、産業ロボットとは異なる特性を有すると理解されるが、人間の近傍での動作、滅菌洗浄性などはロボットの用途拡大に伴って一部は他産業でも求められており、そのギャップは徐々に埋まりつつあるのではないか。医療機器事業新規参入への大きな障壁は薬事承認とよく認識されるが、それだけではない。臨床ニーズ、医療経済、法規制の観点から機器仕様を決定し、非臨床試験・臨床試験により有効性を示す研究開発過程を俯瞰(ふかん)的に捉え、実行しなければならない。
そのためには、医学、工学の領域にとらわれない横断的な課題解決型の研究開発が重要であり、他組織との積極的な協力、また人材教育も必要であろう。そのため開発期間は一般の製品と比較して長くなるが、上市した後の製品ライフサイクルも長いといわれる。
ここで紹介した手術やリハビリテーションの事例に限らず、医療ロボットの分野は多くの新たなニーズの宝庫である。筆者がまだ学生であった25年前に比べて、臨床現場での期待度、理解度は極めて高くなったと感じており、医療ロボット導入への機運は高まっている。優れたロボット技術を有する国内企業の新規参入に期待したい。
【執筆】
九州大学大学院 機械工学部門
主幹教授 荒田 純平