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COP28/気候変動政策は経済政策
非国家主体の主導的役割重要
気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)が2023年末に開かれ、化石燃料からの脱却などに合意して閉幕した。日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)の会員21社26人は、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイのCOP28会場を訪ねた。海外要人との対話から「気候変動政策は経済政策でもある」と強烈に感じて帰国した。
気候リスク、企業評価項目に
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COP28では各国の気候変動政策が経済政策となっている
JCLPは持続可能な脱炭素社会の実現を目指す企業グループであり、政策提言などに取り組んでいる。加盟249社の総売上高は169兆円だ。
気候変動は、政府だけで解決できる問題ではない。私たちのような企業や自治体、NPOといったノン・ステート・アクター(非国家主体)の主導的な取り組みも求められる。
JCLPがCOP28に「参加」と言っても、交渉に出席するわけではない。世界中の非国家主体がどのような考えを持ち、どのように気候変動問題に向き合っているのかを理解することを目的に参加した。現地では、米国の前気候担当大統領補佐官のジーナ・マッカーシー氏、財務長官気候変動担当補佐官のイーサン・ジンドラー氏、元世界貿易機関(WTO)事務局長のパスカル・ラミー氏などと面会できた。
ロイズ保険組合やグラスゴー金融同盟(GFANZ)との対話では、過去にない変化を感じた。保険の契約や投融資の審査で、「気候リスク」が企業評価の項目に入りつつある。なぜなら台風や洪水や猛暑、寒波などの気象災害が、企業財務にダメージを与えているからだ。自社の事業所が被災するだけでなく、サプライチェーン(部品供給網)の寸断による損失も生じており、気候変動は無視できない経営問題となっている。金融機関にとって、気候変動による業績悪化が懸念される企業との取引はリスクとなる。
そして金融機関はリスクの定量評価を求めており、多くのベンチャー企業や格付け会社が膨大なデータを集め、人工知能(AI)などを活用して分析し、数値化しようとしている。いずれ、リスクを放置するような企業との取引は見直しや契約中止の対象となるだろう。
やはり可視化と開示が重要となる。企業にとっても被害額を予測できれば対策の優先順位が決まり、さまざまなステークホルダーに対してリスクの最小化に努めていると伝えられる。
筆者の感覚では、定性的な情報で“付け足し”のように評価するESG(環境・社会・企業統治)評価は終わった。企業評価において気候リスクは必須となり、比重も高まりつつある。企業もリスクに対応することで、気候変動の脅威にさらされても存続している将来像を示せる。
成長の起爆剤 海外から資金呼び込め
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世界中の非国家主体の考えや気候変動問題への向き合い方を把握するために参加した
もう一つ、今回のCOPで各国の気候変動政策が経済政策となっていると実感した。各国政府は企業に二酸化炭素(CO2)排出削減を求めるが、産業育成も後押ししている。企業側も政府に「こういう政策であるべきだ」と訴えているのだろう。政府と産業界が手を取り合い、経済を活性化させながら脱炭素を進めている姿が見えた。
代表例として、欧州連合(EU)が26年から本格運用する「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」が上げられる。CBAMは気候変動対策に“不熱心”な国からのEU域内への輸入品に対して課徴金を課す制度。課徴金はEU企業を対象とする排出量取引制度「EU―ETS」の炭素価格を基準に決める。EU域内から規制の緩い国へ生産拠点が流出し、世界全体の排出量が減らない“カーボンリーケージ(炭素漏れ)”を防ぐ狙いがある。
同時に産業保護政策でもある。EU域内の企業は、EU―ETSによって炭素価格の支払いや対策コストが生じている。規制の緩い国の企業は費用負担が少なく、競争で有利となる。EU域内の企業には不公平であり、CBAMによって緩い国から輸入品に課徴金を課すことでコスト競争から域内企業を守る。
米国もインフレ抑制法(IRA)に自信を持っていた。IRAは、物価上昇の抑制とともにエネルギー安全保障、気候変動対策を強化する目的があり、気候変動分野に10年間で総額3960億ドルをつぎ込む。22年8月に成立し、23年から運用が始まり米国の排出量は急角度で下がることが見込まれる。同時に国内総生産(GDP)や雇用も生まれ、経済効果も出る。
IRAはスピード感があり、発表後から資金投入までが早く、投資が活発化して効果が現れている。また、取り組んだ企業にとっては10年間の税控除は、大きな“ご褒美”だ。面会したマッカーシー氏の言葉を借りると「税控除を獲得しないのは損と思わせるくらい、魅力的なパッケージ」という。表現を変えるなら、「気候変動対策は後回しでいい」と思われてしまう政策ではない。
アプローチは違っても気温上昇を1・5度Cに抑える目的は共通だ。欧州は規制型、米国はインセンティブ型ではあるが。成果を出している。また、気候変動政策は経済成長と密接であり、欧米で資金の争奪戦が起きている。日本もこの競争に参加しないと経済面で後れを取るため、スピード感を持って推進してほしい。経済界も、スピードを上げる方法を考えてもいいのではないか。日本でも経済成長の起爆剤となる気候変動政策によって、海外から巨額の資金を呼び込めるはずだ。
【執筆】
三井住友信託銀行 ESGソリューション企画推進部 フェロー役員
(日本気候リーダーズ・パートナーシップ 共同代表)
三宅 香
米ウエストバージニア大学を卒業後、1991年にジャスコ(現イオン)へ入社。MBAを取得後、17年にイオン執行役。19年からJCLPの共同代表を務める。22年に三井住友信託銀行へ入社。23年から同社フェロー役員として企業の脱炭素化を支援する。