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歯車産業
歯車ポンプ静音化の試み
【執筆】 都立産業技術高等専門学校 准教授 瀬山 夏彦
歯車は動力を高能率に伝達できる機械要素であるが、歯溝に送液を蓄えて歯のかみ合いによって押し出すようにすれば、ポンプとしても使うことができる。こうして作られる歯車ポンプは、簡単な機構でさまざまな流体輸送に対応でき、高い圧力にも耐えられる。一方、運転時の騒音が他の形式のポンプよりも大きいとされており、騒音対策が課題となっている。そこで、当研究室は歯車ポンプの騒音・振動対策をテーマとして研究に取り組んでいる。ここでは、その内容について紹介する。
仕組みと騒音の要因
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図1
一般に歯車装置は歯車箱の中に歯車が入っていて回転している。では図1のように歯車の歯先をぴったりとケースで覆い、歯車歯溝の空間を閉塞(へいそく)し、かみ合い部分の前後に吸い込み口と吐き出し口を開けてやるとどうなるだろうか。
歯車が回転すると、ケースと歯溝で閉塞された空間が一方から反対側へと移動して行く。歯溝の空間は歯のかみ合いが始まると、相手歯が進入してくるので失われる。ここにあった送液は出て行かざるを得なくなるが、吐き出し口を設けてあるので、押し出された送液はここからポンプ外に出て行く。
一方ポンプの反対側では、かみ合いが終わった歯が互いに離れて行くため、歯溝の空間が新たに生じる。ここに吸い込み口から入ってきた送液が入り込み、歯車の回転によって吐き出し側へ運ばれる。
歯車の回転は連続であるが、歯は一定周期ごとにかみ合いを繰り返している。吐き出し側と吸い込み側の圧力差が回転抵抗を生み、負荷となって歯にかかり、歯の微小な弾性変形が繰り返し発生する。歯が変形すると正しいかみ合いを阻害することになり、振動の原因となる。また、送液の吐き出しは歯のかみ合いごとに生じるため、吐き出し圧力にも脈動がある。脈動はポンプに接続された配管を微小に膨張させたり元に戻したりして振動させることになるので、これも最終的に騒音の原因となる。
さらに、図1においてまさにかみ合っている歯と歯の間に閉じ込められた送液は、空間の体積の変化に応じて圧縮膨張を強いられる。ところが液体は一般に圧縮膨張できないため、ポンプの部品には大きな力がかかり、その変形が振動騒音を生む。これを“閉じ込み”と言い、一般的にはポンプケース側面に逃げ溝を設けて、この歯と歯に挟まれた空間を吐き出し側につなげることで回避する。
振動抑制の取り組み
こうして発生した振動は、歯車ポンプとそれに接続した諸要素をゆすり、最終的に機械の周りの空気を振動させることで騒音となる。だとすれば、歯車ポンプの騒音を抑えるには歯車と吐き出される送液の振動を抑えればよい。
またはある程度の振動発生は仕方ないとして、これが雰囲気に伝わる前に減衰させればよいことになる。
以上より、歯車ポンプの静音対策のアプローチは、(1)歯車のかみ合い振動を低減する、(2)吐き出される送液の圧力脈動を小さくする、(3)閉じ込みを回避する、(4)振動伝播経路を遮断する、などが考えられる。これまでの取り組みの中でこのうち(1)(2)(4)を試み、現時点では(1)(2)において効果が得られたので、ここで紹介したい。
(1)歯形修整の好適化
歯車のかみ合い振動は、負荷による歯のたわみによって幾何学的に正しいかみ合いから誤差が生じることが関わっている。
そこで、歯のたわみが見込まれる分だけ、歯の形状(歯形)を補正してやればよい。
歯形に故意に補正を与えることを歯形修整と言い、動力伝達用歯車ではしばしば行われている。その形状は幾何学的に正しい形状から歯先を少し逃がす形状が良いとされている。
問題はどの程度補正するかを決めることである。歯車の回転角度と荷重、たわみ量の関係を力学的に計算する理論については、昭和30—40年代に盛んに研究されていて、現代では有限要素解析によって計算することもできる。
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図2 -
図3
有限要素法を用いると計算量が膨大になるので、本研究では石川二郎、明山正元、歌川正博各博士といった歯車の大先達の文献に示されていた理論を歯車ポンプに援用し、他の制約条件も考慮して歯形修整量を決定した。具体的には図2においてH(歯形修整深さ)を5マイクロメートル、L(歯形修整長さ)を6・891ミリメートルとした。そしてポンプ内の歯車を、歯形修整をしたものと、しないものに入れ替えて運転騒音を計測した。
その結果、図3のように歯形修整を施すと高速運転時に騒音が減少した。また直接耳で聞いた印象も同様であった。
ここで重要なのは、たった数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)の形状差が騒音に影響することである。これは静音化の要求が厳しくなるにつれ、より高精度な加工の需要が増えるであろうことを意味する。圧力が高いほど歯の変形も大きくなるので、この方法はより高圧のポンプではさらに効果が期待できると考えている。
(2)特殊歯形歯車を用いた脈動低減
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図4 -
図5
次に圧力脈動の低減の試みについて述べたい。脈動は歯溝の空間が歯のかみ合いによって周期的に変動することが原因であり、その空間が小さいこと、つまり歯が小さければ良いと思われた。ところがそうすると歯車1回転あたりの送液の輸送量(吐き出し量)が減ってしまう。そこで私の出身研究室で扱っていた特殊歯形歯車、インボリュート・サイクロイド合成歯形歯車に着目した。
これは一般的なインボリュート歯車とサイクロイド歯車の「いいとこどり」を狙った歯車で、強度が大きい特徴がある。強度余裕を用いて背が高い(歯たけが大きい)歯を設計すれば、歯溝体積が大きく、1歯あたりたくさんの流体を運べることになる。得られた吐き出し量の余裕を用いてモジュールを小さく(歯を小さく、歯数を多く)設計すれば、脈動が小さく、吐き出し量は従来並みのポンプができるのではないかと考えて試作した(図4)。そして圧力脈動を測定してケース内径の等しいインボリュート歯車のポンプと比較した。
図5に示す吐き出し口の圧力脈動波形のとおり圧力の変動率が小さくなり、もくろみ通りの結果を得ることができた。
サブマイクロメートル級の高精度求める時代へ
最後にせんえつながら今後の歯車ポンプについて考察したい。今歯車ポンプに大きな変化をもたらしつつあるものと言えば、やはり自動車の電動化であると考える。
特装車や建設機械の油圧源として用いられる歯車ポンプの動力源には、エンジンを用いている。しかし電動車やハイブリッド車(HV)ではエンジンが無いか、動いていないときがあるので、ポンプを電動で動かすことになろう。自動車用モーターは高速化が目指されており、歯車ポンプは現在より高速で運転されると予想される。そしてエンジンがないので歯車ポンプの騒音が目立ってしまう。このため騒音低減の要求が一層厳しくなろう。
現在の歯車ポンプは吐き出し量を確保することを意識した設計の歯車であることが多いが、将来は吐き出し量は運転速度で稼ぎ、低騒音化のためにあえて小さな歯に設計することに変化するかも知れない。
また前述したとおり数マイクロメートルの形状の違いが騒音に影響するので、より高精度な製作方法が求められることになろう。このほかにも、高速運転がキャビテーションや流体関連振動などの不都合を招かないかも検討しなければならない。
こう考えると歯車ポンプが直面している課題はたくさんあり、将来の要求に応えられる技術を生み出せるよう、今後とも研究に取り組みたいと考えている。末筆ながら、本研究に使用した試験歯車ポンプの製作にご協力いただいた大東工業(東京都荒川区)様に御礼を申し上げる。
