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球状歯車の加工技術
【執筆】山形大学工学部機械システム工学科教授 多田隈 理一郎
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球状歯車駆動ユニット
X、Y、Z軸周りに無制限に回転可能な球状歯車は、同一球面上に直交したインボリュート歯形が配置された構造を持つ。これと鞍状(くらじょう)歯車2個とがかみ合うことにより、回転3自由度を実現している。球状歯車に直交する2自由度の動力を伝達する鞍状歯車は、仮想的な切削工具としての球状歯車で削られた円柱の点群を重ね合わせた数値計算で表現される。ここでは、球状歯車と鞍状歯車の加工方法について説明する。
球状歯車 XYZ軸周り無制限に回転
球状歯車とは能動的なボールジョイントとして、ホルダーの球形のくぼみとの転がり摩擦により、滑らかにX、Y、Z軸周りに無制限に回転可能な3自由度歯車機構である(写真)。球状歯車単体の歯面は、インボリュート歯形をX軸周りに360度回転させた歯面形状と、Y軸周りに360度回転させた歯面形状とを重ね合わせた形状を持つ(図1)。
このように球状歯車の外面である同一球面上に配置された、直交したインボリュート歯形と、鞍状歯車(図2)とがかみ合うことにより、鞍状歯車からの「回転(通常の平歯車と同様の、ピッチ軸周りの回転)」と「ねじり(ロール軸周りの回転)」の2軸周りのトルクを伝達する。二つの鞍状歯車からそれぞれ伝達される、これらの2軸周りのトルクを組み合わせることで、球状歯車のX、Y、Z軸周りの回転3自由度を実現することが可能となる。
球状歯車の外形は、媒介変数表示の数式を用いて描画が可能な、通常のインボリュート歯形二つを直交させて重ね合わせることで、表現できる。しかし、それとかみ合わせて動力を伝達するための鞍状歯車は、球状歯車を仮想的な「切削工具」と見立て、それで削られた円柱の「点群」を重ね合わせた面(サーフェス)として、数値計算で表現される外形を持つ。そのため数式で一意に表現することは困難な形状となっている。
このような鞍状歯車が必要となる理由は、球状歯車とかみ合わせて、前述の「回転」と「ねじり」の2軸周りのトルクを伝達するための差動機構にある。球状歯車に動力を伝達するには、球状歯車と同様に「同心円状の極構造」を持つ歯車でないと、球状歯車の極とかみ合うことが困難となる。そのため「極を避ける動作」をしながら球状歯車に直交する2軸周りのトルクを伝達しなければならず、3セット以上の差動機構が必要となる。
すなわち、球状歯車と同様に「同心円状の極構造」を持つ鞍状歯車を、差動機構により直交する2軸周りに回転させる(図3)。これにより球状歯車に動力を伝達する。そのような差動機構付き鞍状歯車を2個用いることで、受け側の球状歯車は、X、Y、Z軸周りに無制限に回転可能となる。
このような幾何学形状を持つ球状歯車と鞍状歯車は、ともにニッセイ(愛知県安城市)で製作されている。ニッセイは歯車や減速機のメーカーであり、その加工技術を用いて金属製の球状歯車と鞍状歯車の切削加工を行っている。
図1の球状歯車の寸法は、モジュール3ミリメートル、ピッチ円直径108ミリメートル、歯数36である。図2の鞍状歯車の寸法は、モジュール3ミリメートルピッチ円直径54ミリメートル、歯数18である。
すなわち、鞍状歯車が360度回転するたびに、球状歯車は180度回転することになる。このため常に「球状歯車の極」と「鞍状歯車の極」とがかみ合う。その結果、鞍状歯車は差動機構により、ロール軸・ピッチ軸周りに無制限に回転しつつ、球状歯車の極を避けることなく、球状歯車に動力を伝達できる。
このように2セットの差動機構により、鞍状歯車2個でそれぞれ「回転」と「ねじり」の2軸周りのトルクを球状歯車に伝達する。
球状歯車内部 メカトロ機器を収納
X、Y、Z軸周りに無制限に回転させるときには、球状歯車駆動ユニット全体を四つの能動ジョイントとその内側の二つの受動ジョイントを持つ6リンクパラレルマニピュレーターに置き換えた運動学を解くことで、4個のモーターを制御している。
球状歯車や鞍状歯車については、2015年当時、山形大学工学部機械システム工学科の学部4年生だった阿部一樹氏(現・大阪大学助教)が提案し、筆者と現・大阪大学の多田隈建二郎教授との共同で開発した。
最初のモデルは、5軸マシニングセンター(MC)とボールエンドミルによる切削が容易な工業用プラスチックであるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を用いて製作した。その後、総合商社の兼松とニッセイとの共同研究により、金属(アルミ合金)製の、より耐荷重性・耐久性に優れた球状歯車と鞍状歯車が製作された。
写真のタイプの球状歯車駆動ユニットは、縦275ミリ×横275ミリメートルのスペースに配置可能であり、その総重量は7・5キログラムである。
この球状歯車はロボットアームの関節機構や、カメラの首振り機構などへの応用を想定しており、さまざまなサイズの球状歯車の設計・開発を進めている。球状歯車の内部に、さまざまなメカトロニクス機器を収納した上で、X、Y、Z軸周りに無制限に回転させることが可能である。今後はこの特徴を生かした用途を、開拓していく予定である。
