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産業ロボで用いる歯車の特性 機械産業のコア技術、重要性高まる
専用減速機構で高度な要求に対応
歯車にはたくさんの種類があり、また種類の違いにより歯のかみ合い理論が異なる。全ての歯車の技術およびその進化を紹介しようとすれば非常に大変なことになるので、ここでは産業用ロボットに用いる歯車のみに求められる技術とその進化を述べる。
産業用ロボ用減速機は汎用減速機と異なり、ひとつの減速機に大減速比、高ねじり剛性、高伝達精度、小バックラッシ、小ロストモーション、高耐衝撃力、高モーメント剛性と高耐曲げモーメント能力、大中空、小型・軽量などが求められている。これらの要求を満たすために専用減速機が開発された。波動歯車装置や、ピンを内歯車の歯とし、トロコイド曲線を外歯車の歯形とするサイクロイド機構を用いた「ピン歯車装置」が代表的だ。これらの減速機も産業用ロボの進化により、開発当初より大きく進化してきた。今後、産業用ロボのさらなる進化により、これらの減速機に対する振動・騒音・効率・伝達精度などに関する性能と、負荷能力の要求はますます厳しくなるだろう。
アームの正確性に寄与
産業用ロボットアームの先端は目標位置へ正確に移動できるようにする必要がある。まず減速機に高回転精度(小回転伝達誤差)と小バックラッシが求められる。そのため歯車を製作する際には、歯車や関連部品を精密に作る必要がある。またマタギ歯厚やオーバーピン径寸法で、歯と歯の間のバックラッシを厳しく管理することも必要となる。伝達誤差はロボットの位置決め精度を悪化させるとともに、ロボット振動を引き起こす一因ともなっている。バックラッシは減速機の制御不感帯領域を作ってしまうため、できるだけ減らす必要がある。
また産業用ロボの性能を向上させるためには、ロボット関節は小型・軽量・コンパクトに設計する必要がある。そのため大速比減速機と小型・高速モーターの組み合わせという設計思想でロボット関節は設計されている。大速比減速機の使用により小さいモーターで大きなトルクを出力させることもできる。この思想は産業用ロボ分野だけではなく、FA機械などの機械設計にも幅広く使われている。そして「Gear―Head」と呼ばれるように、技術者たちにも親しまれている。
高いねじり剛性で伝達誤差減らす
産業用ロボの振動低減は設計者にとって非常に重要な課題の一つだ。ロボットの回転振動を低減させるには、減速機に高いねじり剛性が必要となる。高いねじり剛性でロボットの回転振動の固有周波数が高くなるため、ロボットは振動しにくくなる傾向がある。また高いねじり剛性を持つことにより、ロボットのねじり変形も減るため、ロボットの回転精度が高まる。伝達誤差とねじれ角度を減らすことにより、ロボットの振動低減効果も得られる。
産業用ロボは片持ち梁のように設計されているので、運搬する重りの重さおよび減速機の自重によりロボット関節に高い曲げモーメントが荷重されている。この曲げモーメントに耐えられるようにするために、減速機の主軸受に高剛性のアンギュラ玉軸受か円すいころ軸受が使用されている。また波動歯車装置の場合には、クロスローラー軸受が開発・使用されている。クロスローラー軸受の使用により、減速機のコンパクト・軽量・小型化設計もできるようになる。
主軸受に高い曲げモーメント剛性も求められている。ロボットの先端軸に荷重がかかると、アームはたわんでしまう。アームのたわみを減らすためには、主軸受に高い曲げモーメント剛性が必要となる。そのため、産業用ロボを設計する場合には1から5、6軸まで減速機のサイズを徐々に小さくしている。これによりロボットアームのたわみが最小になるように設計できる。ロボットの1から3軸はピン歯車装置を、アーム先端に近い関節には軽量の波動歯車装置を使用する設計も行われている。
また産業用ロボの安全性向上や外観をきれいにするために、モーターの駆動・制御用ケーブルはロボットアームの中空穴に配置されている。そのため、減速機に対しても中空穴が求められる。ケーブルを通しやすくするために、大中空にできる減速機が親しまれている。
ロボの性能向上とともに技術発展
機械の小型・軽量化と伝達能力の向上は互いに矛盾している課題だ。産業用ロボ用減速機の設計にもこの矛盾が存在し、解決が求められている。すなわち、減速機の小型・軽量・コンパクト化が求められる一方、減速機に負荷能力の向上も要求されている。この矛盾を解決するために、減速機の設計方法と製造技術を常に進化させなければならない。産業用ロボの進化に伴い、ロボット関節用減速機そのものの進化もやり遂げた。現在の減速機は開発当初のものと比べると、構造設計や製造技術の面において大きく進化しており、振動・騒音・効率・伝達精度などの性能、負荷能力と信頼性の面においても大きく向上している。
1980年代には産業用ロボの開発により、波動歯車装置やピン歯車装置に大きな発展チャンスと市場をもたらし、減速機も大きな進化を遂げた。近年進む、電気自動車(EV)、電動バイク、電動飛行機など機械の電動化や大型ドローン、空飛ぶ車などの開発は歯車産業にさらに大きな発展・進化のチャンスをもたらしてくれるだろう。
薄肉歯車の強度解析と振動抑制が課題
今後、大型ドローンや空飛ぶ車の開発により、歯車の軽量化と信頼性に対する要求がさらに厳しくなり、歯車性能に対する要求も一段と厳しくなると推測できる。また歯車はさらに複雑な薄肉構造になり、かつ高速で使用される可能性が高い。複雑な薄肉構造の歯車は高速回転すると、遠心力と歯面荷重の作用で歯や薄肉リムとウェブは複雑に変形するだろう。さらに複雑な変形は歯車の歯面接触強度、歯元曲げ強度および歯車の振動・騒音特性に複雑な影響を与えてしまう。
こうした影響を正確に求めるために、三次元有限要素法を用いた複雑な数値解析が必要であるが、汎用CAEソフトでは複雑な影響を簡単に解析できない。そのため、薄肉歯車の強度計算と振動解析問題はほとんど解決されていない。特に遠心力の影響を考慮した薄肉歯車の強度と振動解析に関する理論研究は筆者以外、ほとんど行われていなかったのが現状である。
しかし、空を飛ぶ大型ドローンや車の設計には薄肉歯車の使用は必要不可欠だ。これらの飛行機械の信頼性と性能を向上させるためにも、薄肉歯車の強度、振動と騒音に関する理論研究を続けていかなければならない。
歯車産業は機械産業の基盤であり、歯車技術は機械産業の発展を駆動する極めて重要なコア技術の一つである。今後も深く歯車に関する研究や開発を広げていく必要があるだろう。
【執筆】
島根大学 総合理工学部 機械・電気電子工学科 教授 李 樹庭