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地域を“みず”から守る“流域治水”―北上川下流河川事務所における取り組み
北上川下流河川事務所(宮城県石巻市)では、北上川・旧北上川・江合川・鳴瀬川・吉田川など総延長約214キロメートルについて、河川整備計画に基づき河川管理・改修・維持に関する事業を進めている。また、気候変動に対応した流域治水を推進するため、流域治水パトロールの実施や流域治水プロジェクト、特定都市河川指定による流域水害対策計画の策定などを進めており、流域内のあらゆる関係者が協働した治水対策の実現に向けた事業展開を図っている。
過去から続く治水事業
当事務所が管轄する北上川水系、鳴瀬川水系には、江戸時代からの長い治水の歴史がある。北上川下流域、鳴瀬川流域には大崎耕土に代表されるように肥沃な低平地が広がる一方、これまで幾度となく水害に見舞われており、さまざまな策を講じて水害の克服が試みられてきた。
例えば北上川では、江戸時代に新田開発や舟運を目的として現在は迫川(旧北上川の支川)と江合川(同)を北上川に合流させた。明治時代以降は新河道として北上川や新江合川の開削や北上川分流施設の整備が行われ、現在の北上川下流域が形成されている。
そして、鳴瀬川でも江戸時代に新田開発を目的として、支川の吉田川において、元禄潜穴工事による品井沼の干拓が行われた。明治時代以降は吉田川サイフォンによる高城川流域と鳴瀬川流域の分離などが行われ、現在の鳴瀬川流域が形成されている。
気候変動による水害の激甚化・頻発化と流域治水への転換
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無堤部を活用した農地貯留
北上川、鳴瀬川では種々の治水事業が実施されてきたが、近年は気候変動の影響により水害が多発しており、特に鳴瀬川水系では「平成27年関東・東北豪雨」「令和元年東日本台風」「令和4年7月豪雨」と近年立て続けに3回の大きな水害が発生している。
このように、気候変動による豪雨が増加すると、河川管理者による河川整備などの治水事業により地域の安全・安心を確保することはもとより、あらゆる関係者で取り組む治水対策である“流域治水”が重要となる。江戸時代から北上川、鳴瀬川の流域全体で治水に取り組んできた歴史はまさにそのものであり、当事務所ではこの歴史を継承し、さらなる推進に向けて施策の検討を進めている。
流域治水の実践
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流域治水オフィシャルサポーターによるイベント -
流域治水パトロール実施状況
①流域治水プロジェクトの策定
流域治水を計画的に進めるため、北上川水系、鳴瀬川水系では2021年3月にそれぞれ流域治水プロジェクトを策定している。
本プロジェクトは、河川管理者による堤防整備や河道掘削など河川整備に関するメニューとともに、流域内の自治体が実施する下水道整備や居住誘導などのまちづくりに関するメニュー、マイタイムライン作成などのソフト対策を行う。さらに農地で実施する田んぼダムや山地域で実施する森林整備など、関係者が協働して浸水被害を防止する計画をしており、定期的な流域治水協議会の開催を通して、当プロジェクトの着実な実施を進めている。
②地域との連携
当事務所では地域と進める流域治水の取り組みとして、地域の課題と地域で取り組む治水対策の相互認識を図ることを目的としている。流域治水パトロールは22年から鳴瀬川水系吉田川にて「流域治水パトロール」を実施している。具体的には、河川管理者などの行政機関と地域住民が一体となり、水害に関する地域の課題箇所、地域で実践する河川敷におけるヤナギの芽刈りや無堤部を活用した農地貯留などの治水対策について、現地で意見交換を行う。
また、後述する吉田川、高城川の特定都市河川指定を踏まえた流域治水のさらなる推進や、地域に大きな水害をもたらした「昭和61年8月の豪雨」の経験を風化させないこと、防災意識の向上を目的として、流域治水オフィシャルサポーターによる「流域治水キックオフイベント」が23年8月5日に開催された。本イベントでは、当事務所で進める流域治水に関する講演、炊き出しや地域の高齢者施設による避難訓練などが実施された。
このように、流域治水の推進には地域住民の流域治水に関する理解と、プレーヤーの一員ということを認識してもらうことが重要である。今後も当事務所と地域が一体となった取り組みを実施する予定である。
いのちと生業を守る治水対策を推進する特定都市河川への指定
鳴瀬川水系吉田川では、流域治水を具体的かつ機動的に議論・検討するため、吉田川と宮城県が管理する高城川水系高城川は、特定都市河川浸水被害防止法(以下、法とする)第3条に基づき、23年7月18日に特定都市河川の指定を行った。
指定後は、同年8月に法第6条に基づく流域水害対策協議会を行政機関だけでなく、民間の流域治水オフィシャルサポーターなども構成員とする形で設置し、法第4条に基づく流域水害対策計画の策定を進めている。
本計画には、農林水産省東北農政局で進められている国営農地防災事業や地域で実施する田んぼダムの取り組み拡大、ため池の活用などの農業分野との連携をはじめ、地域住民・企業と連携した河川環境、森林の維持管理による良好な水循環環境の創出、そして吉田川における流域治水対策の代名詞の一つである「いのちと生業を守る流域のサポート」を盛り込む予定である。計画に記載された事業が完了すると、吉田川、高城川流域では水害に対する強靱性と地域の持続可能性の創出が期待される。
おわりに
「地域を“みず”から守る流域治水」の実現には、地域住民や流域に立地する企業などの協力が不可欠である。北上川下流河川事務所は、河川管理者として河川整備に努めるだけではなく、北上川水系、鳴瀬川水系の特色を踏まえた流域治水を推進している。今後も流域の全員が一致団結し、気候変動にも屈しない、安全・安心に生活ができる流域の実現を目指して取り組んで参りたい。
【執筆】
国土交通省 東北地方整備局 北上川下流河川事務所
所長 斉藤 喜浩
