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コンクリート構造物の長寿命化
橋梁の長寿命化の必要性が叫ばれて20年程度経過した。この20年に深層学習などの人工知能(AI)技術が目覚ましく発展し、AIによるコンクリートのひび割れ抽出といった話題も聞かれるようになった。また、社会的な変化から建設DX(デジタルトランスフォーメーション)やイノベーションが求められるようになった。橋梁の長寿命化は補修・補強の材料や方法の開発が重要だ。その方法の選定の基準となる劣化要因の推定には、前段階である調査・診断の技術開発が重要である。
AIを活用したコンクリート構造物の調査技術
【執筆】鳥取大学 工学部 社会システム土木系学科 准教授 江本 久雄
変化する社会とコンクリート構造物
わが国では高度経済成長期に多くの社会資本が整備された。2024年現在、人口減少や建設分野の技術者不足、地方自治体の存続危機などにより、人中心で健康的な社会の実現が求められている。そのためには、コンクリート構造物を社会環境に合わせて持続的に活用していく必要がある。調査・診断技術の定量化かつ効率化を求めるために、イノベーションを起こす重要性が増している。ここでは、建設DXの中からAIによるコンクリートの浮き判定に関して紹介する。
技術者不足の改善と点検の効率化
コンクリート構造物の健康状態を判断するために、健全度判定を実施する。健全度は0点から100点といった数値で表示したり、4段階の区分で判定したりする。14年の道路橋定期点検要領の改訂によって区分で判定されるようになった。
点検要領によると、判定の基準は道路橋の「機能や耐久性」を基準に実施されている。この判定を実施するために、近接目視点検を行う。技能のある点検者によって「ひび割れ」や「浮き」などの変状を確認し、診断可能な専門知識のある技術者が判定する。
技能のある点検者は橋梁の設計者ではなく、橋梁点検の技術を身につけた技術者である。さらに、構造形式は時代とともに多岐にわたり、点検のポイントが異なる。
そのような中、専門の点検者でも見落としや記録漏れといったバラつきの発生が考えられる。また、点検者は変状に関して全てを網羅する必要がある。しかし、点検技術者の不足や効率的に変状を調査・記録する方法には課題がある。
点検技術者の不足は、長崎大学インフラ総合研究センターの「道守」や岐阜大学工学部附属インフラマネジメント技術研究センターの「ME養成講座」などの点検技術講習会によって解決が試みられている。変状の調査・記録については、近接目視点検によって人の目や音でひび割れや浮きを調査している。
なぜAIなのか
ここでは、浮きの変状に着目する。浮きを調査する方法は、点検ハンマーによる打音試験や赤外線サーモグラフィーによる調査がある。簡便で環境条件によらないため、点検ハンマーによる調査がよく行われている。
点検ハンマーによる調査は、点検者が打音を聞き分け、手に伝わってくる振動などで「浮き」の有無を判断している。打音はコンクリートの品質や点検者のたたく力の大きさ、たたく位置などによって変化する。そのため、点検者が「浮き」判定できるかどうかは、経験を経て技能として身につけるものである。いわゆる熟練の点検技術者が判断をする職人技である。これ自体はわが国の誇れる技能だが、現実には点検者不足により効率的な点検の確立が求められている。
一般的には、物事を判断するために現象を解析し、その原理原則に基づき定式化することによって評価する。ところが先に述べたように、打音試験には多くの未知数が存在する。このような対象には、現在の技術ではAIによる判定が有効である。ただし、AIは万能ではなく、現象が解析でき原理原則が分かるまでの補助的な支援であると考えるべきだ。
自己符号化器による浮き判定
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打音データの録音の様子
浮きの変状を把握するための打音データには、写真に示す健全部と欠陥部における点検ハンマーによる打撃時の打撃点近傍の可聴音を録音する。他の手法としては、振動や赤外線が挙げられる。
実際には、浮きの変状数は健全な箇所に比べると多くなく、打音データ数としては健全なデータ数が圧倒的に多くなる。
そのため、機械学習による学習では、学習データの偏りによって正しく学習できない。そこで、自己符号化器(Auto Encoder)という方法を用いる。この方法は、機械学習の中でも教師なし学習に分類され入力データだけを用いて学習させるものである。これにより、例えば浮き判定が健全である場合だけを過学習させることで、異常値が入力されると出力値は異なってくることを利用し、浮き判定の適用を試みる。
自己符号化器では中間層のニューロン数を入力層および出力層に対して少なくし、ニューラルネットワークを構築する。自己符号化器のネットワークモデルを図1に示す。
この状態で学習を行わせたとき、入力データは入力層と中間層の間で圧縮され、中間層と出力層の間で復元される。この圧縮過程をエンコードと呼び、復元する過程をデコードと呼ぶ。そして、入力層で学習させたデータで出力層を再現できるような生成モデルができる。また、入力された値と出力された値が等しい場合、中間層において圧縮されたデータはそのデータの特徴を表すデータであると判断できる。
本研究では、自己符号化器の特性を利用して健全部の打音データで学習を行い、入力されたデータが再現できれば「健全部」、そうでないなら「劣化部」であると判断することで異常検知を行い、出力値における入力値に対する異常度を求める。
この時、入力値が健全部のデータである場合、出力値も同様に健全部のものであるため異常度は小さくなる。一方、入力値が劣化部のデータである場合、出力値は健全部のデータに近い値が出力されるため、異常度は大きくなる。この異常度に基準値を設定することで、打音データの識別を試みる。異常度の評価方法を図2に示す。
AI活用がもたらすイノベーション
AIによって、人と会話をしているようなやりとりができるようになり、言語の翻訳で自然な文章を生成できるようになった。これは文章を解析するというよりも、言語モデルに文章を学習させることで実現できるようになっている。
建設分野においても、これまで実現できなかったことに適応し、「モデル」にデータを学習させることによって、評価や分類ができるようになる。もちろん、実現象の真理の追究は本質を知るために重要である。その結果、定量化や効率化、さらには、評価基準の伝承につながり、長寿命化のイノベーションにつながっていくことを期待する。
【参考文献】江本久雄,馬場那仰,浅野寛元,長瀬大和:AI手法による打音検査の浮き判定の検討,AI・データサイエンス論文集,Vol.1,No.J1,pp.514‐521,202.