-
業種・地域から探す
続きの記事
セルロースナノファイバー
セルロースナノファイバー(CNF)は植物からとれるセルロース(パルプ)を化学的・機械的処理により数ナノ-数十ナノメートルに微細化したナノ繊維。幅100ナノメートル以下にほぐしたセルロースをナノセルロースといい、サイズや由来原料によって種類が分かれるうちの一種だ。"ナノ"まで解繊した機能性材料として実用化が進む一方で、強度を目的とした構造材料では" ナノ"まで解繊しないセルロースとしての利用が広がっている。
未来を創る-静岡発の挑戦!/森と海の恵みがひらく 脱炭素社会プロジェクト
【執筆】静岡大学 農学部 ふじのくにCNF寄附講座 特任教授 西村 拓也
私たちはいま、森と海の資源を生かした新しい材料づくりに挑戦している。目指すのは「持続可能で脱炭素な社会」。地域資源を”見える化”し、誰もが体感できるかたちで未来を拓(ひら)こうとしている。静岡県産の木材を使って開発したコンセプトカー「しずおか・もくまる」から始まった取り組みについて紹介する。
木のクルマから始まった挑戦
-
静岡県産の木材を使用する
バイオ材料は地球にやさしい素材だが、収益モデルが見えにくく、普及が進みにくいという課題がある。そこで静岡大学は静岡県、トヨタ車体らと連携して、まず静岡県産の木材を使い、さまざまな材料開発を行った後、それをコンセプトカー「しずおか・もくまる」として開発した。
-
コンセプトカー「しずおか・もくまる」
しずおか・もくまるは実際に公道を走り、多くの人に見てもらっている。街角で出会った人々からは「本当に走るのですね」「木のぬくもりを感じるクルマなんて初めてです」といった声が寄せられ、多くの温かい反応と驚きのまなざしをもらっている。このリアクションに大きな手ごたえを感じている。
やはり「見る・触れる・体感する」ことが共感を生み、バイオ材料の可能性を広げる大きな力になる-そう強く実感している。展示会やイベントなどで、もくまるに直接触れると、木の香りや質感を五感で感じてもらうことができ、その体験が人々の記憶に残る。単なる技術説明では届かない心に、体感が確かな説得力をもたらしている。
この実績を基盤に、私たちは静岡を社会実証の舞台として、森と海の恵みを見える化していこうとしている。地域の人や企業が地域の資源、地域の技術に関心を持ち、共感が広がることで、バイオ材料の普及と二酸化炭素(CO2)削減の好循環が生まれると信じている。
静岡から世界へ-革新的な技術開発
私たちの研究開発は森と海の資源を最大限に生かすことを目標にしている。その中心には①森林DXによる資源の見える化②海洋資源からの新セルロース抽出③セルロース材料の実用化-といった革新的な技術がある。
①森林DXによる資源の見える化
森林を3次元(3D)で可視化し、伐採や運搬にかかるコストやCO2排出量を見える化。無駄を減らし、使われてこなかった木材を有効活用する。さらに、データを観光やアプリケーションと結びつけ、森の価値を多角的に発信する。例えば、森林データを活用したバーチャル体験を市民に提供することで、自然を守る意識を高める効果も期待している。
②海洋資源からの新セルロース抽出
ホヤからセルロースを抽出する木材由来より低炭素な技術を開発した。ホヤは沿岸に多く見られる海洋生物だが、これまではほとんど利用されてこなかった。そのホヤを資源として活用することで、CO2排出量を大幅に減らし、天然素材に新しい可能性を加える。海と森がつながる、資源循環の新しい形を描いている。
③セルロース材料の実用化
自動車などに使えるように、強度ある接合技術や内装に耐えられる耐光性を確立し、実用レベルに進化させる。木やセルロースは美しい素材だが、光に弱いという課題があった。これを技術開発で解決し、振動については用途に応じた最適な接合方法を探る。こうして工業用途に耐える新素材へと生まれ変わる。
これらに加え、開発した材料のライフサイクルCO2排出量を厳密に測定し、第三者検証も導入。静岡県の店舗や車両に実際に導入して効果を見える化するなど、社会実証にも積極的に取り組んでいく。数字で裏付けられた成果を発信することで、安心感と信頼性を高めていきたいと考えている。
広がる事業化ビジョンと地域連携
開発した材料は日用品から自動車部品、観光分野まで幅広く応用できる。「持続可能性」「高機能性」「脱炭素」「資源循環」といった社会のニーズに応えるため、産学官が連携して標準化と実証を進めていく。
すでに多くの企業や機関が参画し、このプロジェクトを新しい事業へとつなげる流れが生まれている。例えば、地元の林業事業者が森林DXを利用して作業効率を高めたり、自動車関連企業が新素材の部品化を検討したりするなど、具体的な展開が始まっている。観光業界からも「木と海を感じられる体験コンテンツとして活用したい」という声が寄せられている。
静岡発の挑戦が日本へ、そして世界へと広がっていくことを目指している。私たちは地域で培った技術と知恵を、国際的なモデルとして展開できる未来を描いている。
持続可能な価値創造の発信地へ
-
-
県産木材射出材料による自動車ボディー -
-
パルプ射出材料による内装部品 -
-
紙糸を用いたFRPによるボックス
私たちの挑戦は単なる研究開発ではない。森林資源の可視化によって必要な木を効率的に伐採し、新たな工法や材料を開発。金属に代わる接合技術や、美しさと耐久性を兼ね備えた素材をつくり出す。
しずおか・もくまるの実績が示すように、社会に”実物”を提示することは導入を強力に後押しする。私は素材そのもののストーリーや体験価値をブランド化し、静岡を「持続可能な価値創造の発信地」とすることを目指している。
この取り組みは地域に新たな雇用や教育の機会を生み、若い世代に「未来を創る仕事」を提供することにもつながる。森や海に関わる人々の誇りを育み、地域全体の活力を高めていくことも、私たちの大切な目標となっている。
日本最大級「セルロース展示会」-10月開催/静岡県富士市
このプロジェクトは皆さんの暮らしと地球の未来をより良く変えていく挑戦だ。1台の木のクルマから始まった小さな一歩が、やがて大きなうねりとなり、持続可能な社会を築く力になると信じている。10月16、17の両日、富士市産業交流展示場「ふじさんめっせ」(静岡県富士市)で開催される「ふじのくにセルロース循環経済国際展示会」に「しずおか・もくまる」を出品する。128社・団体が出展する日本最大級のセルロース展示会で、静岡から始まる脱炭素への歩みを、ぜひ体感してほしい。
詳細はホームページ(fujinokuni-cnf-2025.com)、問い合わせは静岡県経済産業部産業革新局新産業集積課(trc@pref.shizuoka.lg.jp)へ。
