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産業立地
産業立地への熱い視線
【執筆】 専修大学 経済学部 教授 長尾 謙吉
立地に熱い視線が注がれている。グローバル化の進展に伴い「どこで」への関心は薄れてきた。しかし、近年の政治経済情勢のもとでは、生産やサービスを「どこで」生み出し「どこにどのように運ぶか」が切実な問題となっている。国内への立地選定にあたり自社内外の事業所とのつながりが重視され、一般的な立地条件の良さだけでなく個別事情との適合性が重みを増している。地域の産業振興と経済社会の持続性にとっては、人に着目することがますます大切になるだろう。
立地動向と立地地点の選定
国内での立地動向を経済産業省による「工場立地動向調査」を活用して確認したい。
「国内回帰」が熱く語られていたリーマン・ショックを迎えるまでの2000年代後半(05年から08年)は工場立地件数が年間1500件を超えていた。20年代は年間1000件には届いていないので、多いとは言い難い。しかし、日本立地センターの調査によると、新規事業所立地計画を有する企業数は増加しており、計画はしつつも不確実性の高まりや建設費用の高騰が「慎重さ」を招いていると考えられる。
24年についての工場立地動向調査から「立地地点の選定理由」を見ると、「本社・他の自社工場への近接性」「市場への近接性」「地価」「人材・労働力の確保」「関連企業への近接性」「工業団地である」という項目が上位に並ぶ。
20年代を通して「本社・他の自社工場への近接性」が第1位であり、ほかの上位項目も大きな変化はない。近年ではこれらの項目が重視されていると考えてよいだろう。
続いて工場立地動向調査での「海外立地と比較しての国内立地選定理由」を見ると、少ない回答数をもとにしているが「市場への近接性」「関連企業への近接性」「良好な労働力の確保」「国・県・市・町・村の助成・協力」があがっている。
海外立地については、低賃金労働力指向がなくなったわけではないが、国内市場の縮小傾向もあり成長市場を求める指向が強まっている。国内立地は量的な意味での市場指向は難しいものの、特定セグメントの市場や質的な意味で開拓していく市場という意義は有している。
事業所間の相互依存と国内立地
旧来的な立地理論は資源や市場へのアクセスについて輸送費を軸に検討してきた。工場立地動向調査によって示される「本社・他の自社工場への近接性」や「関連企業への近接性」は、サプライチェーン(供給網)だけでなく研究開発における学習や共同作業という面で近接性が必要になるということである。
距離で示されるような地理的近接性とともに、国内では言語・意識・認知の違いが生じにくいという認知的近接性も近接性には加味される。
今日、巨大企業に限らず多くの企業が海外で事業を展開している。国境を越えて活動している多国籍企業は、決して“無国籍”企業ではない。日本に起源を持つ企業にとって、日本が開発拠点、市場開拓の試金石、製造のマザー工場などホームベースとしての価値を持っている場合は多い。『オズの魔法使い』のラストシーンにある「わが家が一番 (There is no place like home)」であり続けられるであろうか。
国内立地で最も注目されているのが、半導体関連産業である。熊本県菊陽町に立地する台湾積体電路製造(TSMC)の子会社JASMと北海道千歳市に立地するラピダスが大きな話題となり期待が高まっている。25年9月に十勝地域での食関連事業を数カ所訪問した後に、千歳市内の食品加工工場2カ所を訪問した。
千歳市は臨空型であることと、近接する札幌市を含めて北海道市場の中心に位置することを生かして、11の工業団地を造成し280社を超える多業種の企業が立地している。ラピダスに関連する企業も進出しつつある。一方で、交通混雑や人材確保の難しさなど、「負」の側面も生じつつあるようだ。
東日本大震災から15年たった。11年3月11日は、台湾に出張中で、いくつかのサイエンスパークや大学などを訪問した。政府主導の開発や米国のシリコンバレーとのインターローカルなつながりで著名な新竹サイエンスパークをはじめ、台湾にはいくつかのサイエンスパークが展開している。
TSMCを筆頭に台湾発祥の先端産業系の企業の事業所が立地するとともに、日系企業も半導体関連企業を中心に立地している。サイエンスの知識はグローバルに展開しやすくなってきたが、実際にモノやサービスを生産するエンジニアリングの実践には試行錯誤や修正を含むローカルな取り組みが求められ、近接立地のもと集積する傾向が見られる。
地域の産業振興と経済社会の持続性
日本では、かつて臨海か内陸かを問わずに整備された工業用地への立地が活発であり地方分散を導いてきた。しかし、相対的に安価な労働力を活用する生産拠点となってきたところは、業務が海外移転したり機械に代替され産業活動を持続できずにいる。旧来的な立地理論は単一事業所での展開を前提とし、かつ費用削減を重視しているので、私たちに今日的な展望を導いてくれるわけではない。
筆者の前任校のゼミナール学生は、「立地を学んでリッチ(rich)になろう!」をゼミのキャッチフレーズに使っていた。立地を考える場合に費用削減だけでなく市場の開拓をはじめ価値を生みだす観点を持つことが大事である。価値を生みだし持続性を高めるには、土地区画や交通インフラという物理的な側面だけでなく、人に注目する必要があるだろう。
都市・地域経済研究では、「産業が先か、人が先か」という「卵が先か、鶏が先か」問題に悩まされてきた。米国では、人が集まり都市・地域に産業が盛んになるという論調が強くなってきた。日本では産業による就業機会が人を引きつける傾向が強いこともあって、人に軸をおく議論が低調である。人の大切さについて、視察を通じて二つほど事例を紹介したい。
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「鶴岡サイエンスパーク」研究開発を支える検査機器
24年暮れの仕事納めに山形県の鶴岡サイエンスパークを訪問した。同パークは慶応義塾大学先端生命科学研究所を誘致することによって幕を開けた。最先端のバイオサイエンスで世界へ羽ばたくことを目指しているが、スタートアップ企業の輩出地として注目されている。慶大で中心的役割を担った冨田勝教授は「夢中は努力に勝る」を強調されてきた。育成する人材像は、受験勉強の延長的な「コツコツ努力でこなす」ではなく「夢中になること」によって突破口を見いだしていくタイプである。クモの糸に着目した素材の開発や健康な人の「献便」を元にした腸内細菌の研究は注目を浴びている。
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「燕市磨き屋一番館」マイスターに磨き技術を学ぶ技術研修生
新潟県の燕市は、輸出用洋食器生産が盛んで、プラザ合意後は円高不況を象徴する地域として取り上げられることが多かった。当地の磨きに関わる技術と技能の蓄積は目を見張るものがあり、米アップルのiPod(アイポッド)裏面の鏡面磨きはよく知られている。26年2月上旬に職人を育成する燕市磨き屋一番館やいくつかの企業を訪問した。燕市磨き屋一番館は燕市により設立され企業の協同組合によって運営されている人材育成組織である。写真にあるように、技術研修生がマイスターの元で3年間研磨を学び育っていくための施設である。当施設は小池地区の産業団地群の中にある。旧農地に造成された工業団地は隣接地に拡大していき、生産・流通・学習を担う場となっている。燕市の企業では、芸術工科系の大学を卒業した人をはじめ若い人を見かけることも多かった。各地の産地では生産の縮小と高齢化を耳にするので、モノづくりに取り組む人を引きつける興味深い事例であった。
大都市圏のサイエンスパークやインキュベーション施設では、相互学習の機会やコミュニティー醸成の仕掛けなどを運営主体が提供しているところもある。革新的な知見を生みだす土壌づくりである。立地に選定され、かつ持続性を高めるには、物理的条件とともに個々の案件に応じたサービス、そして人を育てていく仕組みの場を提供していくことが大事になるだろう。
*本稿作成にあたり、専修大学社会科学研究所による研究助成「地域・産業・金融からみた日本の経済成長の低成長の要因分析」と「日本の低成長の要因分析とその処方箋としての科学技術・産業政策」(ともに代表者=中村吉明)による調査と意見交換から得た知見を活用した。
