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3Dプリンティング技術
3次元(3D)プリンティングは当初ラピッドプロトタイピングと呼ばれ、デザインの検証や試作品の作製が主たる目的であった。そのため材料の物性よりも外観、造形精度や取り扱い性に重点が置かれていた。しかし、最近ではCADデータから3Dプリンターで直接最終製品を製造しようとする割合が4割近くまで拡大し、材料の性能、機械的物性や長期の信頼性が重要になってきている。その取り組みについて、材料の視点から現状と動向を俯瞰(ふかん)し、今後を予測する。
3Dプリンティングの世界的な動向と今後の展望
【執筆】 横浜国立大学 総合学術高等研究院 客員教授 萩原 恒夫
3Dプリンティングとその分類
3Dプリンティングは正式にはAdditive Manufacturing(AM)と呼ばれ、ASTMインターナショナルが定義する7種類のAM方式とともに、レーザーによる金属粉末焼結法(PBF)と切削の組み合わせ、指向性エネルギー堆積法(DED)と切削の組み合わせ、樹脂押し出し法(MEX)と切削の組み合わせなどのハイブリッドタイプを加えて表のように分類されている。しかし、最近ではこれらに分類できない新しい積層造形法が次々に開発されている。
3Dプリンティングの現状
米調査会社ウォーラーズ・アソシエイツによると、2023年の全世界の3Dプリンティングとその関連市場は約3兆円規模であり、装置は約6500億円、材料は約5500億円、3Dプリンターによるモノづくり関連サービスは約1兆8600億円であった。
大型で高価な産業用3Dプリンターの販売は、年間約3万台前後であり、最終製品を直接製造しようとする流れから、樹脂粉末および金属粉末のPBF機が市場をけん引している。
長い間、光硬化性樹脂の販売が首位を占めていたが、最終製品を直接製造しようとする流れから、20年を境にPBF用の熱可塑性樹脂粉末が取って代わり、その差は拡大した。23年に販売量は約1万5000トン、販売額にして2000億円規模に達し、全材料の4割近くに至っている。
次いで材料押し出し法の材料は23年に1000億円規模に拡大している。これはアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(ABS樹脂)などの汎用熱可塑性樹脂とともに、高性能樹脂材料やカーボンファイバーなどを含む複合材料の普及が進んでいるためと考えられる。金属材料も拡大し、1000億円規模の市場に成長している。
産業用3Dプリンター市場は材料の種類と量の増加、ソフトウエア機能の拡充、周辺サービスの充実などで、今後より成長していくものと予想される。一方、数十万円以下の、いわゆる低価格の3Dプリンターは23年末現在、推定累計1000万台販売されている。これらは個人的な利用にとどまらず産業用途でも広く利用され、3Dプリンター市場を下支えしている。
産業向け3Dプリンターの国内外の市場動向および技術動向
産業用の3Dプリンターは、製造を意識して多ビームなどによる高速化・大型化・高性能化・自動化が進行している。また自動化とともに、造形後の後処理にも改善・改良が進んでいる。
熱可塑性樹脂造形では、米HPなどのインクジェット利用による高速な粉末床溶融装置「マルチ・ジェット・フュージョン」や、国内外でダイレクトペレット式材料押し出し機が急速に発展している。
基幹産業である自動車産業に本格的に利用されない限り、「AMの真の成功はない」とまで言われている。現状ではトヨタや日産が、カスタム部品や保守部品などのレガシー部品の一部をAMで製造していることが知られている。本格的導入に向けては、例えばトヨタがSOLIZEと共にHPの「ジェットフュージョン」を導入し、ラインの部品生産を指向して取り組みを開始したところであり、3Dプリンティングによる最終製品製造の本格的取り組みが始まった。
次に最終製品を3Dプリンターで製造するという観点から、各方式別の動向を述べる。
1 粉末床溶融結合法(PBF)
熱可塑性樹脂のPBFは、(微)結晶性ポリマーが溶融し再び結晶化する間の温度領域(プロセスウインドー)を利用する方法のため、長い間ポリアミド(PA)12やPA11が支配的であった。
最近ではアスペクトなどの努力により、PA6、PA66、ポリオキシメチレン(POM)などのエンジニアリングプラスチック(エンプラ)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、フッ素樹脂のPFAやポリエーテルケトンケトン(PEKK)などのスーパーエンプラの利用が可能となっている。写真1にアスペクトのPPSを使用した造形物の例を示す。
さらには、自動車産業向けで要望の強かったポリプロピレン(PP)粉末の利用は、アスペクトが先行し粉末材料と造形プロセスの開発を行ってきた。最近では独BASFがPP粉末に参入し、市場が活発化している。
米コリビウム・アディティブ(旧GEアディティブ)は、独コンセプトレーザー、スウェーデンのアーカムなどを買収して、航空機エンジンに搭載する部品を3Dプリンティングにより作成してきた。
例えば20個の部品で構成されていた燃料ノズルを、積層造形による一つの構造体に置き換えることで耐久性を向上させた。これとともに、製品のトレーサビリティーやサプライチェーン(供給網)の単純化を進めている。また、プロペラエンジンで使用されているギアボックスは、レーザーPBF方式を活用することで800個以上あった部品がわずか12個になり、5%の軽量化とともに20%の燃費向上に結び付けている。
2 材料押し出し法(MEX)
米ストラタシスの造形室温度制御の特許が切れ、比較的低価格機でもエンプラからスーパーエンプラまでの広範囲の熱可塑性樹脂の利用が可能となり、市場が一気に拡大している。また造形速度・精度は年々向上し、米エッセンティウム(現Nexa3D)などから5ー10倍速機が発売されている。
工業用途や複雑な造形物には、オーバーハングの支持のためのサポートが必要である。米アクアシス、独ベランドなどが、材料に応じた水溶性サポート材を発表している。
また、米マークフォージドをはじめとして、カーボンファイバーなどの繊維で補強したMEX造形が大きく成長し、高強度・軽量を生かしてドローンなどの最終製品の部品に供されている。
MEX造形用フィラメントに、金属粉やセラミック粉を練り込んだものが実用化され、金属部品やセラミック部品を手軽に得られるようになってきている。
一方、国内のエス・ラボやエクストラボールドのほか、海外の多数社から樹脂ペレットを直接造形する大型装置が次々に市場投入され、回収樹脂の利用をはじめ、大型造形品の製造に展開している。これらは必要に応じて造形後切削と組み合わせることにより、最終製品レベルとすることが可能となっている。写真2に米3Dシステムズの「タイタン」による大型造形物の例を示す。
仏エアバスは、ストラタシスの装置で写真3に示すようなエアバスA350WXBの非構造部品を、ポリエーテルイミド(ULTEM 9085)材で製造することにより、サプライチェーンの効率化とコスト競争力を高めるとともに、航空機製造プロセスにおける材料消費と廃棄物の削減に成功している。
3 液槽光重合法(VPP)
VPPは高精細・高精度で大型の造形物が容易に得られることから、工業製品の試作、特に筐体(きょうたい)の試作を中心に発展してきた。米カーボンのDLPを利用する連続引き上げ方式による高速造形の発表を契機に、規制液面方式(下面照射)機で最終製品を製造しようとする試みが進んでいる。
この液状光硬化性樹脂としては、ウレタンアクリレート系が主に用いられる。高耐熱、高靱性(じんせい)のものが得られやすいが、収縮や反り歪みが比較的大きいため、小さな部品などを短時間で得る目的に使用が開始されている。
独ヘンケルなどの海外および国内メーカーが、それぞれ自社の強みを生かして材料開発を進めている。そのことから、VPPでABS樹脂性能以上の材料物性を達成し、最終製品を精度よく製造できる日も近いと思われる。
写真4に、筆者が関与するイタリアDWSが発表した、ABS性能を上回る造形物の例を示す。
4 結合材噴射法(BJT)
インクジェットによるBJTでは、金属粉末を樹脂バインダーで固めて立体形状とし、脱脂・焼成して金属部品を作製する。装置は米デスクトップメタル、マークフォージドから発売され、コリビウム・アディティブ、HPなどから装置が発表されている。金属部品の簡便な製造が身近になりつつある。
5 指向エネルギー堆積法(DED)
DMG森精機により開発された、レーザーによるDEDと切削を組み合わせて最終製品を精度良く製造する方法は、日本の切削機メーカー多数社が追随して、一つの世界が形成されてきた。その後、アーク放電を利用するなどのいろいろな造形方式が開発され、さらにその造形物に切削を組み合わせることで最終製品としている。
◆3Dプリンティング市場と技術の展望
3Dプリンティングはその技術の進化とともに市場を拡大してきた。家電、医療、宝飾、自動車、航空宇宙、建築、ヘルスケアなどの多岐にわたる製造業分野で、応用が着実に進んでいる。樹脂や金属はもとより、セラミックスなどさまざまな材料が使用され、3Dプリンターで直接製品を製造することが進んでいる。
また、3Dプリンティングは製造業のデジタル変革(DX)化を推進するとともに、オンデマンド生産を可能にする重要な技術として位置づけられる。さらに、サプライチェーンの利点や持続可能な製造プロセスとして、環境負荷低減の観点からも期待され、より一層発展するものと考えている。