-
業種・地域から探す
開発・実用化が進む 新薬最前線
高齢化社会の進行に伴い、医療のニーズも高まる。特に認知症やがんといった加齢とも関連が深い疾患においては、新薬の開発と実用化が求められる。エーザイと米バイオ医薬品大手バイオジェンと共同開発したアルツハイマー病(AD)治療薬「レカネマブ」は、病気の原因に働きかける注目の新薬だ。またアステラス製薬は、競争が激しいがん領域において新たな治療薬の実用化を進めるとともに、研究開発力の強化にも乗り出す。
認知症治療薬 米で承認取得
エーザイとバイオジェンが開発を手がけたレカネマブが、米食品医薬品局(FDA)から正式承認を取得した。レカネマブは症状の進行を抑制する効果が認められており、病気の原因に働きかける医薬品の承認取得は世界で初だ。日本での承認取得や、高齢化に伴う介護の課題の改善への貢献にも期待がかかる。
レカネマブは早期のAD型認知症患者を対象とした治療薬。現在使われている医薬品とは働きが異なり、脳内に蓄積して病気の原因になるとされるたんぱく質「アミロイドベータ(β)」を除去し、症状の進行を抑制する効果が期待されている。エーザイの内藤晴夫最高経営責任者(CEO)は「ADの根本病理に関わる治療薬を開発し、まず米国で適応とされる当事者に届けられるのは大きな喜び」と強調する。
レカネマブによる治療はこれまでの臨床試験の結果から疾患の進行を平均約3年遅らせると推定される。認知症のうちアルツハイマー型は6割を超えるとされる。また日本の介護関連費用のうち約半分がADに関連するとされ、家族による無償介護や労働機会に与える影響などを合わせると経済損失は年間10兆円以上ともいわれる。レカネマブによる治療で健康寿命が延伸することで、介護の課題の解決に貢献することも期待されている。内藤CEOは「レカネマブは医学的価値に加え、介護負担軽減という価値もある」と自信をみせる。
現在レカネマブは日本や欧州のほか、中国やカナダなどでも申請中。日本では今秋までに厚生労働省が承認の可否を判断する見込みだ。承認取得となった場合に必要となるのが、検査と診断の体制だ。実用化が先行する米国では、専門医や病院ネットワークへの働きかけや治療に関するトレーニングを実施するなど、承認取得を想定した準備を進めてきた。
日本ではまず、診断に必要な検査体制の構築が求められる。レカネマブによる治療には、アミロイドβの蓄積を調べる陽電子放射断層撮影(PET)検査が必要になるが、現在国内ではアミロイドβの蓄積を調べることを目的とした「アミロイドPET検査」は保険適応外だ。
現在、軽度認知障害(MCI)を対象とした適応の追加申請がされており、エーザイの中浜明子執行役は「レカネマブと同時期の保険収載を期待している」と説明する。またアミロイドPET検査を実施できる施設は現在50施設程度のため、全国で検査可能な施設を拡大していくことも重要だ。
早期AD患者数は2032年には世界で約2億4000万人に上るとされる。エーザイは、そのうちレカネマブなどの認知症治療薬の投与対象となる患者は約300万人と想定する。特に高齢化が進む主に先進国にとって、レカネマブは早期ADの治療を大きく変え、介護負担の軽減を実現する可能性を秘めた革新的な医薬品だ。医療や介護の問題解決に大きく貢献する医薬品として、日本でも承認取得後にいち早く患者に届けるための体制づくりが求められている。
がん治療薬 選択肢広がる
がん患者は世界で増加傾向にあり、治療のニーズが高い。治療薬の開発でさらに治療選択肢が増えることが求められる。アステラス製薬は主力とするがん治療薬のグローバル競争力を高める。
主力製品の一つで抗体薬物複合体(ADC)の抗がん剤「パドセブ」は、米メルクのPD―1阻害剤「キイトルーダ」との併用療法が1次治療としてFDAから迅速承認を取得した。1次治療とは手術ができないがん患者に対して行う最初の抗がん剤治療。より多くの患者へ早期から投薬が可能になるため、製薬企業にとって新薬開発において重要な位置付けとなる。パドセブが1次治療として承認取得したのは初めてで、米国での使用がさらに広がりそうだ。
米国で承認されたのは局所進行性または転移性尿路上皮がんで、かつ抗がん剤「シスプラチン」が不適応の患者への治療として用いられる。対象となる患者は米国に約8000人いると推定される。現在進行中の臨床試験における有効性の検証により、迅速承認から継続的な承認となる見込みだ。
パドセブは21年に米国で正式承認を取得し、その後日本や欧州など販売地域を拡大している。またアステラス製薬が重点戦略品に位置付ける製品の一つで、24年度には欧州や日本、中国でも1次治療として承認申請を行う予定だ。さらに多くの患者に対して、治療選択肢が増えることが期待される。
承認申請中のがん治療薬候補も実用化の期待が高まる。同社が胃がん治療薬として開発する「ゾルベツキシマブ」は日本で承認申請を行ったほか、FDAから優先審査指定を受けた。優先審査指定とは、画期的な新薬の早期の承認を目的に審査期間を短くする制度で、米国での実用化の期待が高まる。
がん領域では新薬創出の加速を狙う取り組みも進む。同社は三井不動産が運営する「三井リンクラボ柏の葉1」(千葉県柏市)内に、がん微小環境研究オープンイノベーション拠点「TME iLab」を10月に開設する予定だ。同施設は国立がん研究センターをはじめ、研究機関や先端医療施設と近接しており、こうした機関との連携を深めることで創薬力の強化を狙う。難治性がんにおいて課題とされているがん微小環境の知見獲得やイノベーション創出につなげる。
アステラス製薬はTME iLabにおいて、がん微小環境の特性の解明や、治療法選択に利用可能なバイオマーカーの特定といった研究を加速させる。細胞の分子を解析する最先端の空間情報解析装置を導入して同施設の利用者が使えるようにしたり、社内外研究者と議論を交わしたりすることで、革新的な研究開発を支える環境を整備する。アステラス製薬と研究機関が持つ知見を組み合わせ、イノベーションによるさらなる新薬の創出を目指す。