-
業種・地域から探す
カーボンニュートラルに貢献するポンプの役割
エネルギー消費の削減
ポンプは発電所の補機、水道などの生活インフラ、プラントでの産業インフラ、船舶やロケットなどの推進装置、消防、水害対策、医療装置などを支える、現代生活になくてはならないものである。ポンプの動力源はほとんどが電気で、国内の総消費電力量のうち約3割はポンプによるものとの調査結果がある。
ポンプは国内でも約120年前には既に設計理論の基礎が構築され、多くの産業に使われてきた。産学官によって性能や信頼性の向上が進められてきたが、この30年ほどのコンピューターの発達や数値解析技術の発展により、ポンプの運転範囲の拡大と効率の向上が図られてきた。
図1は遠心ポンプの流量に対する圧力や効率の変遷を示している。1970年代には当時までの経験やデータベースに基づく設計を実施していたが、流体シミュレーションが設計に使われるようになると飛躍的な効率の向上が図られ、かつ広い範囲で安定した動作を実現できるようになった。また、2000年代にコンピューターを利用した設計最適化が構築されると、さらなる効率向上が図られた。図1の例ではポンプ効率は70年代に比べ約12%向上したことになり、ポンプ本体の電力消費量も著しく低減されている。
以上のように、ポンプの消費電力はモーターなどの駆動機や電力変換器などポンプシステムの効率に依存している。そのためポンプを含む多くの要素の損失を低減させることで、今後も国内のエネルギー消費削減に大きく貢献することができる。
水素エネルギー普及への貢献
5月に富士スピードウェイ(静岡県小山町)で開催された「スーパー耐久富士24時間レース」では、世界で初めて液体水素を燃料にしたトヨタ自動車の水素エンジン車が完走した。トヨタ自動車は数年前に水素ガス搭載の水素エンジン自動車を開発し、レースなどで多くの実績を重ねていたが、燃料を水素ガスから液体水素に変えることで体積当たりのエネルギー密度を上げて満充填からの航続距離を約2倍にした(動画)。
液体水素を搭載する水素エンジンでは高圧小流量のポンプが必要であり、シリンダー中でピストンが駆動する往復動形ポンプを開発したことにより実現した。最近、市中でよく見られる水素バスは燃料電池を用いた自動車(FCV)であり、この水素エンジンとは全く構造が異なる。水素ステーションでFCVに水素を充填するポンプは、さらに圧力が高く流量も大きい。
図2に最近開発された往復動液体水素ポンプを示す。貯槽から供給される液体水素は、この液体水素昇圧ポンプにより90メガパスカルまで昇圧され、気化器でガス化後に燃料電池車に充填される。液体水素を直接昇圧するため、ガス圧縮機を用いる充填方式と比較して水素供給能力を3倍に、エネルギー消費量を約10分の1に低減することができる。
これらの高圧小流量ポンプには往復動形式が用いられているが、将来大量の水素需要が期待される発電用のポンプには、大流量で比較的低圧な液体水素が必要となるため、ロケットエンジンターボポンプに適用されている羽根車を回転させて昇圧するターボ形式のポンプが使われる。
図3は2月に発表された世界初の水素発電向け液体水素昇圧ポンプである。一つの羽根車での昇圧量は比較的小さいため、何度も液体水素が羽根車を通過して昇圧する多段形式が採用されている。
液体水素は高い圧力になると体積が減少すること、-253度C以下に液温を保持しないと沸騰してしまうこと、液体から少し圧力を上げるだけでも著しく重さや粘度が変化してしまうことなど、水にはない複雑な性質がある。このためポンプの性能や動的挙動の予測、制御については水のポンプに比べて極めて困難である。これらの複雑な性質を予測し、高度なポンプ設計技術を構築するためには、図1に示すような数値シミュレーション技術の適用が必要となる。筆者らは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究により、「水素キャリアシステムの高性能化と課題解決のための基盤流体技術の構築」というテーマで液体水素の基盤流体技術を鋭意研究中である。
実験、解析ともにかなり難しいことをあらためて実感している。今後さらなるブレークスルーによって、水ポンプと同レベルでの理論や設計技術の構築ができ、社会実装に展開できることを願っている。ポンプの高性能化によるエネルギー消費の低減や、液体水素用ポンプの実用化によるカーボンニュートラルの実現が加速されていくことが期待される。
【執筆】早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 教授 宮川 和芳