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自動車部品のめっき技術と新しいISO規格
ミリ波アンテナ対応のエンブレム
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写真1 島状形態のインジウムスパッタリング膜
■電波透過金属膜
たいていの自動車のフロント中央部には、メーカーやブランドの顔とも言うべきエンブレムが設置されている。現在、多くの自動車メーカーのフロントエンブレムには、青みがかった銀色の光沢外観、すなわちクロム色が付与されてそのブランド価値を表現している。
クロム色外観は、プラスチック素地に合計厚さ数十マイクロメートル(マイクロは100万分の1)の装飾用銅/ニッケル/クロム多層めっきを施すことによって得られる。プラスチック素地へのめっきは、美しい外観と耐食性、耐摩耗性を与えるとともに、部品の著しい軽量化やデザインの多様化を可能にする表面処理として、自動車部品をはじめ広い分野で使われている。
一方、衝突防止から自動運転までを見据えた技術革新は、エンブレムの表面処理の仕様にまで変化を及ぼしている。
自動運転の実現のためには車体周囲のセンシングが重要であり、夜間や悪天候下での障害物検知に優れたミリ波レーダーが普及し始めている。車体前方に向けたミリ波レーダーのアンテナはフロントグリル中央のエンブレムの裏側に配置されることになる。そのために自動運転車のエンブレムは、メーカーのブランド価値としてのクロム色の光沢外観とミリ波透過性能をあわせ持つ必要がある。
金属膜を電磁波が透過するためには、金属膜の膜厚が電磁波の侵入深さより小さいことが必要である。しかし、ミリ波の一般的な金属への侵入深さは数百ナノメートル(ナノは10億分の1)のオーダーであるため、その約100倍の数十マイクロメートルの厚さを持つ装飾用銅/ニッケル/クロムめっき膜はミリ波を透過しない。そこで、厚さ数十ナノメートルで島状形態のインジウムスパッタリング膜が、めっき膜に代わって、自動車エンブレムの表面処理として広く用いられるようになってきた(写真1)。
このような自動車部品、特にエンブレム用の電波透過金属膜の仕様についての日本提案の国際規格、「電波透過用製品の装飾金属コーティングの性能表示法測定法」(ISO5154)が2022年に発行された。この規格では、金属膜の性能として電波の対象周波数帯域と金属膜の電波透過損失、金属膜の色調、材質と製造プロセスの記号表示を規定した。一方、将来の仕様変更を想定して、これらの皮膜特性の「合格値」を品質として規定することは、あえて行わなかった。
車載電子機器のノイズ低減対策
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写真2 めっき膜のピール試験
■電磁波シールドめっき膜とその密着強度
日本提案の二つ目のISO規格、「電磁波シールドめっき膜の性能表示法と測定法」(ISO7582)が23年2月に発行された。
ノートパソコンや携帯電話などの電子機器のプラスチック製筐体を対象とした電磁波シールドめっきとして、厚さ1マイクロメートル程度の無電解銅/無電解ニッケル2層めっきが、1990年代から広く用いられ、08年にはISO規格も制定された(ISO17334)。ここでは電気伝導度の高い銅皮膜が電磁波シールド特性を担い、耐食性の高い無電解ニッケル皮膜が銅皮膜の変色を防止する。また、30メガヘルツ以上の比較的高い周波数を対象としているので、1マイクロメートル程度の薄い銅皮膜でも十分にシールド効果を発揮する。
一方、車載電子機器の筐体には、ノイズ低減を目的として、比較的低周波の電磁波に対する高いシールド効果が求めらる。そのためのめっき皮膜には、より高い電気伝導度と透磁率を持つ厚い皮膜が望まれるため、従来仕様の無電解銅めっき膜では不十分になってきた。そこで、例えば磁性膜として実績のあるパーマロイ(鉄・ニッケル合金)めっきを厚付けして適用しようとする動きが始まっている。
新たに発行に至った電磁波シールド用めっき皮膜の規格、ISO7582ではこれらの動向、すなわち広い周波数領域での高いシールド特性と、それを達成するための厚付け磁性めっき膜を規格の適用範囲に含めた。対象電磁波の周波数帯域とシールド特性、めっき膜の密着性・基板材料・主成分元素・製造プロセス・厚さを対象として、これらの特性の記号表示法を規定した。ただし、今後の発展が予想される技術であるため、標準仕様はまだ確定していない。そこで、皮膜特性の「合格値」を品質として規定することをあえて行わなかったのは、電波透過金属膜の規格と同様である。
また、ISO7582ではめっき皮膜の電磁波シールド特性および密着性の評価法を規定した。車載部品にはポリブチレンテレフタレートなどの難めっきエンジニアリングプラスチックが使用されているため、めっき膜の密着性を定量的に評価する方法の標準化も求められている。ところが、電磁波シールド用無電解めっきの従来のISO規格では、密着性評価法として定性的な手法のみが規定されていた。そこで、ISO7582ではピール試験(引き剥がし試験)を密着性の評価法のひとつとした。めっき膜のピール試験の様子を写真2に示す。
めっき皮膜のピール試験法は、米国試験材料協会(ASTM)規格に規定され、日本産業規格(JIS)では、プラスチック上の装飾めっきの規格の中で試験法として示されている。しかしISO規格には規定されていない。
そこで次の課題として、ピール試験方法のISO規格提案を目指すこととした。提案の準備として、プラスチック上のめっき膜のピール試験の適用状況、試験条件についての国際アンケートを行うとともに、同一ロットの素地とめっき膜を用いてピール試験を行う国際ラウンドロビン試験を22年度から開始した。これらの活動によって集積した知見に基づいて23年度中のISO規格原案の提出・審議開始を目指している。
【執筆】元 大阪産業技術研究所
ISO TC107(金属・無機コーティング)国内対応委員会 委員長
藤原 裕